天邪鬼が笑う(3)
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一方此方は万事屋に捕まってしまった山崎。誰も居なくなった厨房の端で、どうしてここに居るんだ、と直球の質問を受けてしまう。任務です、と言える訳が無かった。
「そんな事はどうでも良いじゃないですかっ。とにかく、俺が真撰組である事は絶対に周りにばらさないで下さいね!?知っているのはこの店の主人と女将だけなんですから」
「高給取りが転職する訳も無いとくりゃぁ……」
やけに鋭い銀時は全てを分かっているのだろう。しかし敢えて打ち明ける必要も無いので「まぁそんな感じです」と適当に相づちを打っておいた。
「旦那達は依頼ですか?」
「皐月姉に頼まれて浮気調査してるアル」
「そんな簡単に言っちゃ駄目だってば!」
「いや、アイツ自分から言ってぞ。誰だっけ、えーっと……」
銀時が思い出しているのは、顔を隠す変な女。しかも裏声だった。第一印象が強すぎて名前が中々出てこない。
「あの変な女だよ……あー、名前が出てこねぇ」
まさか糸ちゃんの事じゃ、と山崎の第六感が告げる。再び数学的確率を飛び越えるこの2人の引き合いを凄いと素直に感じる事が出来た。
だが彼女は上手くすり抜けた様だ。変なインパクトは与えてしまったものの、名前と顔は銀時の記憶には残っていない。
「山崎さんも良い情報を知ってたら教えて下さいね。僕、一日中皐月さんの旦那さんに仕事を教えてもらってたんですけど、凄い良い人だし、特に怪しい所なんて…」
「甘いネ新八。良い人間ほど浮気に走るもんアル。そもそも良い人間じゃないと浮気する程モテないネ」
ドラマから浮気・不倫・駆け落ちといった類の情報を得ている神楽の脳内は、昼ドラの様なドロドロとした展開を望んでいた。
「浮気してる事を願ってどーすんだ」
「だってつまらないアル」
銀時に突っ込まれ、神楽が拗ねる。そんなやり取りを尻目に、持っている分の情報を山崎は新八に伝えた。
山崎が潜入し始めて数日が経ち、ここで働いている従業員の調べも一応しておいた。その中で、皐月夫妻に浮気に関しては全く怪しい所はない。新八が言う通り、彼は正真正銘の良い人だった。
「ありがとうございます。そうですよね、あれだけ良い人がしてる訳ないですもんね」
「皐月さんにもそう伝えてあげて。じゃ、俺は今日はもう寝るんで」
「僕たちもそろそろ帰ります。また明日」
「うん、また明日。悪いけど、ここの電気だけ消しといてくれない?」
「分かりました」
新八から素直な良い返事がかえってきた所で、山崎は足早と厨房を抜け出した。万事屋と関わっているとロクな事にならない。
すっかり寝静まった旅籠の廊下は真っ暗だった。その暗闇の中で動く一つの気配があった。
「山崎君、大丈夫だった?」
緊張を解いてくれる柔らかい声だった。
「旦那は気づいちゃったみたいだけどね」
「さすが坂田さん。…私の事なにか言ってませんでした?」
「やっぱり糸ちゃんの事だったんだ…」
「あちゃー…怪しまれてるっぽいですね私」
「まあ良いんじゃない?ところで、3階はどう?」
「今入りました」
「そっか……」
「私達も行きましょうか」
3階。入った。
主語がなくともこの2つの単語で彼等の情報交換が終わる。昼間に優しい笑みを浮かべていた山崎も緋村も、空気と目つきをガラリと変える。真撰組としての仕事をこなすには、皆が寝静まったこの時間帯しかない。宿泊客や従業員に被害は及ばないようにと店から重々言われているので、派手な動きが出来ないものの、潜入捜査とは元来そういうものだ。
あくまでも、それは本当にあくまでも女中と男衆としての態度で3階へ続く階段をのぼった。
部屋は全部で7つ。いま使用されているのは5つ。下の階とは違って天井に電球がぶら下がっておらず、足元に点々と行燈が置かれている3階は非常に暗い。情緒があって人気らしいが、彼女は少し不気味に感じて苦手だった。
潜入捜査や、暗闇に紛れるのが得意な山崎はすいすいと前に進み、彼女もかろうじてその後に続く。足音を消して、息を押し殺し、目的地である部屋の前を目指す。
「(山崎君って案外大胆なんだもんなぁ……)」
敵に見つかってしまえば命を奪われるかもしれない情報収集の場で、今回山崎は盗聴器をしかける事もなく、近づける所まで近づいて直接耳で聞いてみようと言い出したのだ。従業員として働いてる内は、そういった大胆さがある方が敵も油断してしまうらしい。まさかこれだけ堂々と仕掛けてくる奴は居ないだろう、と。
いつも表向きでしか活躍した事のない緋村にとって、その辺りの駆け引きは全く分からない。が、暗闇の中でも山崎の背を追うのは安心した気持ちで追えた。頼もしい味方に、少しだけ口角が上がった。
――……、…………、………………。
奥の座敷から数人の話し声が聞こえ始める。内容までは聞き取れない。その場には男しか居ないのか、独特の低い声は周りの物に吸収されてどうしても聞き取りにくいのだ。
だがその奥の座敷こそ彼女達が睨んでいる部屋だ。
ここで攘夷派が会合を行なっているのは間違いない筈。後は決定的な証拠を取って、店には悪いが明日の深夜にでも御用改めをするべく屯所では計画が出来上がっている。ここに居る彼女達だけでなく、屯所で近藤達も今か今かと己の出番を待っているのだ。
角に隠れて耳の神経を集中させる。物騒な単語はチラチラと聞こえてきた。これだけでも充分だが、今夜の突入はまだ早い。決戦は明日。そう思えば2人の緊張も少しだけ高まった。
仮に襖が開いても相手から此方は見えないような死角に潜んだ。これだけ近づいても気付けないなんて相当間抜けだな、と山崎の緊張はあっという間に無くなった。
2人で並んで座り、話し声に耳を澄ます。
やがて誰かが立ち上がる気配がしてゆっくりと襖が開いた。周りを警戒する様な素振りで静かに出てきた1人の人物は下へ続く階段へと足をかけた。その人物を山崎が目視で確認して、彼女も山崎越しにその姿を見た。
それは、良い人である筈の料理長の1人だった。
