天邪鬼が笑う(3)
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肩がこれ以上ないぐらいビクついた。完全に油断して周りの気配を読むのを忘れていたのだ。振り返らなくても分かる、これは銀時の声だった。
「だって弥生ちゃんが聞き上手だから」
確かに邪な想いは無かったが、土方から直々に教わった職務質問のスキルがここで発揮されるとは思わなかった。さながら今の緋村は役人に見つかった指名手配犯の様な心地だ。
「…ったく……で、あんた弥生さんだっけ?悪ぃが、今の事は…――」
顔をのぞき込まれ様としているのは分かった。背後の銀時の香りがぐっと近づいたのだ。これはヤバイと感じた彼女がすかさず取ったのは大きな御盆で、すぐに顔を隠した。
「黙ってれば良いんですよね了解しました(裏声)」
「………何この子」
「弥生ちゃんよ」
「いやいや、そういう意味じゃなくてね?何で顔隠されてる訳?そして何で裏声な訳?」
「貴方とは顔も見たくない、普通に口もききたくないという現れよ」
「俺等初対面なんですけど!?」
「(初対面じゃないですよ坂田さんー!)」
心の中でこっそりと訂正をいれる。
「あーあ、弥生ちゃんに嫌われた。中々やるじゃない」
「おかしいな、涙が出てき…あっ!逃げやがった!!」
隙をついた彼女が銀時の横をすり抜けた。ちゃっかり料理も持って、目指すは2階の奥の部屋。
どんなけ窮地に立たされていたか皐月は知らないが、仕事を頑張る姿勢に彼女は満足そうに頷いた。
「いやぁ、凄い子だわ」
「何で逃げたんだ?」
「坂田さんとは喋りたくないっていうあらわ…」
「俺の心を傷つけてそんなに楽しいか!?」
「あっぶなー……!!」
料理を運び終え、ため息と一緒に声まで出てしまった。近くに御盆が無ければどうなっていた事か…。もしもの時は可哀想だが銀時に拳の一発ぐらい喰らわせて寝ててもらおうと物騒な事を意気込んだ時、階段が軋む音が聞こえた。それは2階から3階へ上がっている。
妙に気になった彼女は、3階へ続く階段の下までやって来た。2階の喧騒とは違い、3階はとても静かで全く違う空気が流れているのが此処からでも分かった。
3階は宿泊用として貸し出してる訳ではなく、普通に広間として利用している客が多い。皐月から聞いた話、忘年会シーズンになれば幾つかの団体が入ってくる事もあるし、普段は使わない時もあればよく分からない客が話し合いの場にしている時もあるのだとか。
貸し出し名簿を見せて貰い早速屯所で代表者名の照合をしてもらったが、数人だけ仮名を使っている者が居た。まず攘夷志士だろうという近藤と土方からの見解が先ほど山崎に入ったらしい。
料理を運ぶフリをして早速上へ行きたいが、生憎今は宿泊客で手一杯。新人である彼女が仕事を無視して3階へ行こうものなら、周りに不審な目で見られるだけだ。
はやる気持ちを抑えてすぐに厨房へ戻る。料理上手な新八は助手としてすっかり戦力の一つに数えられていた。流石だなぁ、と感心しながら美味しそうな焼き魚を出来るだけ御盆にのせていると、既に骨だけになっている鯛の姿があった。
そして隣にももう一皿。
その隣に更にもう一皿。
最後にもう一声の一皿。
「……?」
不思議に思った彼女が視線を右にずらすと、シュレッダーの如く出来上がったものを自身におさめている神楽の姿があった。
「――っ!!!!」
突っ込みたいけど突っ込めない!緋村は咄嗟に背を向けて顔を隠すが、その行動に気づいた神楽が「どうしたアル」と声をかけてきた。
「(何で食べちゃってるの神楽ちゃんー!!)」
「お前も一緒に食べるアルか?」
「(何で!?)」
相手が緋村である事も知らず、神楽は尚もつまみ食いの共犯者になろうぜと誘ってくる。
「腹減ってんだろ姉ちゃん、ほら、美味しそうなご飯がこんなにあるネ」
「(お客さんに出すやつだから食べちゃ駄目でしょ!)」
「一緒に共犯者になろうヨ~」
「(目立つ行動はしちゃ駄目なんだってばー!)」
声に出したいのに出せないこのもどかしさ。
しかし救世主は突然現れた。
「あ!神楽ちゃん何やってるの!!」
厨房から出てきた新八が神楽の悪行に気づき出てきたのだ。神楽が怒られている間に彼女はすかさずその場から離れたのだった。
「うぉおおい!!!これお客さんに出すやつだよ!?どうすんの!?」
「よっしゃ、私が今から吐いちゃるネ」
「それで解決すると思ってんのかァアアア!!!」
今日は幾度となく「あっぶなー!」と叫びたくなる場面があった。謀らずとも銀時と接触してしまったのを皮切りに、万事屋3人が何かと彼女の道にしゃしゃり出てくるのだ。
しかしそれは仕方ない。
銀時達だって依頼でこの旅籠で働いているのだから、顔を合わせる事ぐらいはある。
一歩間違えると危険な任務なだけに、知り合いがいるとやりにくい事この上無かった。
「はあ…疲れました……」
「そうねぇ、疲れたわねぇ」
皆が寝静まりつつある11時頃。女中達にもようやく一息つける時間がきて、彼女と皐月は従業員用の離れの縁側に足を投げ出して休んでいた。明日には銀時に正体がばれるのだろうとうっすらと思いながら、煎れたばかりのお茶を飲む。屯所とは仕事の種類が全く違うので、慣れない分これはこれで疲れた。改めて山崎のタフさを思い知る。
「(そう言えば山崎君はどこに行ったんだろ…)」
「ねえ、弥生ちゃんは結婚してないんだよね?」
「ゲホッ!!」
ここはお決まりの行動として咽せておいた。気管に入ってしまったお茶が気持ち悪かった。
「け、結婚ですか?してませんよ」
「へー、勿体ない」
「急に何でそんな事…」
「さっきの反応が気になっちゃって」
「さっき?いつの話をしてらっしゃるんですか」
色恋沙汰に一片の興味も無い訳ではないが、自分自身が絡む色恋には興味が無い、寧ろ気づかない、恋って何それオイシイノという段階に踏みとどまっているのだ。
「私が浮気調査の依頼を頼んでるって話よ。弥生ちゃんの反応がさー、年頃の女の子の割には薄かった気がして」
「そうですか?別に興味が無い訳じゃ………あ!別に皐月さんの話がつまらなかったとかそういうのじゃなくて……!」
もしかして不快感を与えてしまったのかと彼女は一瞬焦ったが、皐月が言いたいのはそうでは無い。彼女が親身になって話を聞いてくれようとしていた事ぐらいはすぐに分かる。
「フフフ、違う違う。弥生ちゃんぐらいの良い子だったら、恋人が居てもおかしくないなと思ってね」
「居ませんよ」
「またまたぁ。言い寄ってくる男の1人や2人は居るでしょう」
「言い寄る…………?」
そう言われて頭に思い浮かんだのは沖田を始めとする屯所の面々。仕事で困った事があれば「助けてくれ~」とすり寄ってくるし、お腹がすいた時には「握り飯作ってくれ~」と言ってくるし、任務で無意識に男前な一面を見せてしまったものなら「養ってくれ~、俺達を幸せにしてくれ~」等と縋り付いてくる。
これは言い寄られてると言って良いのだろうか。
いや、意味としては違う。違うが、全く違うとも言い切れない気もした。
「あらまっ!考えちゃうという事は沢山居るのね!?」
「う~ん……でも言い寄られてるとは全然違う気が…」
「罪な女だわ~」
本人を差し置いて楽しそうに盛り上がっている皐月を見るとどうでも良くなってきたので、肯定も否定もしないでおいた。緋村自身が屯所の面々を恋愛対象として見ていない、という事実があればそれだけで充分だ。
「旦那さんへの浮気容疑が早く晴れる事を祈ってます」
「さぁ、どうなのかしらあの人」
可愛らしく頬を膨らませる彼女を見ていると既婚者には見えない程の無邪気さがあった。自分にそういった一面が無い分、また身近に皐月の様な人間が居ない分少し新鮮だった。
皐月さんは面白いなぁ、と呟けば笑われてしまう。
貴女も充分面白くて魅力的よ。
そう言われて、悪い気はしなかった。
