天邪鬼が笑う(2)
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その日の晩、寝間着に着替えていた緋村は隊服を箪笥にしまっていた。明日から早速旅籠への潜伏任務に入る事が決定したのだ。監察の山崎と行動を共にし、女中として中へ入る事となる。
そうなれば真撰組とばれない為に、地味な着物を着て旅籠の人間に馴染んで生活をしなければいけなかった。
当分着る事にはならないであろうそれを丁寧にしまって、重々しいため息を一つだけこぼした。
目をつむれば頭にちらつく沖田の腹が立つ顔。
――まあ花嫁修業の一環だと思えば良いジャン☆
「人ごとだと思って~……!!!!」
先ほど近藤と土方から任務に関しての詳細を聞いてきた。内容は全て理解出来ても、何故自分がわざわざ女らしく振る舞い任務をしなければいけないのかだけは納得出来なかった。数年前まではそんな事少しも言われた事が無かったのに、最近になって急にこれだ。松平が噛んでいるのは分かっている。
「私に対する松平様の考え方もそろそろ改めさせなきゃいけないな」
栗子を可愛がるのは分かる。緋村だって栗子とは仲良くさせてもらってる。性格も明るくて、笑顔は華やかで、話しているととても楽しい。例え娘じゃなくても可愛がりたくなるが、自分はそれとは全くの正反対なのにどうして、と緋村は疑問を抱いていた。やり甲斐はあるが、時に殺伐とした内容に手も染めなければいけない物騒な職についている自分が、何故松平に可愛がられるのか。自分に特別な何かでもあるのだろうか、と顔をぺたぺたと触ってみた。
「何やってんの糸ちゃん」
「ひぃっ!!」
音もなく背後に現れた山崎に大きく肩をびくつかせた。
「この前は簡単に気づかれちゃったからねー。今回はリベンジしてみたよ」
「完全に気配を消されたら気づける訳が無いじゃないですか!!」
アハハと山崎は笑いながら、明日から着てもらう着物を彼女に渡した。色が少し地味な、しかし柄は町で流行りのものだった。これを着て普通に振る舞えば町娘としても馴染めるだろう。
「……凄い嫌そうだね」
「凄い嫌ですよ。女らしく任務にあたるってどういう事ですか。どうやれば良いんですか」
近藤と土方の前ではお断りの態度を見せてみたものの受理される筈がなかった、彼女は苦笑いを浮かべている山崎に、少しだけ愚痴をこぼしだす。それはとても珍しい事であり、よっぽどこの任務が面倒だと思っている証拠だった。
「女らしく、って言われたら難しいかもしれないけど、これって糸ちゃんにしか出来ない事だからさ、仕方ないっちゃー仕方ないんだよ」
「でも何で最近になって急に…」
「そりゃ数年前の糸ちゃんと今の糸ちゃんは全然違うでしょう?現場でどう動けば良いかも分かってるし、実力だってついてきたし、何より幼さが抜けたよね」
それは緋村にとって中々衝撃的な言葉であった。
幼さが抜けた。自分は周りにそう思われていたのか、と。
確かに屯所に来たばかりの彼女はまだ18歳かそこらだった。特殊な事情は抱えていたにしろ、パッと見て真撰組の隊士だと思ってくれる人間は居なかっただろう。
今でこそ定着してきて、沖田が不在の時は一番隊の副隊長として働ける様にもなったし、近藤からの信頼も厚い。入隊したばかりのあの少女はいつの間にか大きくなっていたのだ。
「色んな意味で大きくなれてる?」
「充分だよ」
顔つきだって、写真を見比べれば一目瞭然だった。今の彼女の方が大人の顔つきをしている。
輪郭も首も細くなって、よく見れば体も女性らしいシルエットになっているのに本人は全く気づいてないだろう。
「まあ、ハッキリ言うとですねィ」
「ひいっ!!!!!」
スパーンと大きな音を立てて障子を開けて部屋に上がり込んできた沖田に、驚いた彼女がまた悲鳴を上げた。夜、(一応)女性の部屋に男2人が上がり込むなど一般的意見では如何なものかと思われがちだが、この3人には生憎そんな色っぽい空気は一切無い。寧ろいつもの事なので彼女だって構えたりしないし、寧ろ“構える”という意味もよく分からないだろう。
だが今晩の沖田は一味違った。隊服のスカーフをしゅるりと音を立てながら取り、彼女の前に座っていた山崎を蹴飛ばした。
「何すんですか沖田さん!!」
「隊長、乱暴は駄目ですよ」
いじめられっ子を救う学級委員長の如く彼女が注意するが、沖田は聞く耳を持たず、空いたその場所であぐらをかいた。
目の前に彼女を見据え、まるで品定めする様にじっと視線を向け続けていた。何が起こるか分からない彼女は黙るしかなく、沖田からの視線に居心地の悪さを感じつつも黙っていた。もちろん山崎も、蹴られた所をさすりながら成り行きを見守っていた。
やがて沖田の手が動いたと思ったら、風呂上りでまだ少し濡れていた彼女の髪を一房すくい取った。最近のびてきたので、首の真ん中あたりで毛先がピョンピョン跳ねるのが彼女の最近の悩みだった。……とかいう話をしている場合ではなくて。
スカーフが巻かれていた胸元は大きくはだけて、そこから香るのは微かな汗の匂い。普段気にした事もないが、これだけ至近距離で、しかも突拍子のない行動をされると急にセンサーが沖田を中心に張り巡らされて、細かい事が気になって仕方なかった。
優しく微笑んでいる沖田の顔からはなんの思惑も感じられない。ただ忘れていたが、この沖田総悟という男、仕事はサボルし上司である土方には生意気な態度を取るし部下はおちょくるしで日常点は最悪だが、黙って微笑んでいれば王子なのだ。
それをまざまざと見せつけられている現実に、彼女は声が上ずった。
「た、隊長?」
「数年前に比べりゃ、あんたは随分変わりやした」
髪の毛に神経など通っていないが、沖田が優しく撫でてくれているのは何故か分かった。
「俺とそんなに歳も変わらねぇ女が、こんなむさっ苦しい所でよく頑張ってまさァ。入隊したばかりの糸は、それはもう泥にまみれたジャガイモでした」
「ひどっ!」
「いや、ジャガイモというよりレンコンでしたねィ」
「何でわざわざ泥水に埋まってる野菜を選んだ!?」
何が言いたいかは分からなかったが、けなされている事は取り敢えず分かったので言い返してみた。いつもの沖田ならそこへ更に腹立つ言葉を被せて、面白がって彼女の怒りを煽るが、今日は何故かそれが無い。優しげな笑みを崩さない。
「まあ素材は良いと思ってやしたが、まさかこれ程になるとはねィ…」
「はい?」
真剣に訳が分からなくなった彼女が眉をひそめる。何だこの馬鹿隊長は一体何が言いたくて何を企んでいるんだ、という思惑で頭がいっぱいになる。しかし沖田は怯まない。
「つまり、別嬪さんになりやしたねって事でさァ」
「…………べっぴんさん?」
「町を歩いてる女共よりよっぽど綺麗ですぜィ。このまま一生黒の隊服を着せるには勿体ない」
「…隊長?」
「かと言って外に出せば男共が群がってきやすからねィ、このまま屯所で、いや寧ろ一番隊にずっと居れば良いんでさァ」
「ずっと…ですか?」
「まあそれも俺が一番隊を離れたら、糸も一緒に連れて行きやすけどねィ」
「それってどういう………」
「……………口説かれてみてどうでィ」
「え?これ口説かれてんですか?」
素っ頓狂な声を彼女が出せば、沖田の王子オーラがため息と共に一気に崩れた。鈍感というレベルではなかった。
髪からも手を離した。
「無知。あんたは無知すぎるんでィ」
「隊長は何がしたかったんですか」
「口説いてみたらどんな反応するかな、と…」
「いや~王子様オーラが今日はよく出てるなあぁとは思ってましたけど、口説かれてる実感は全然無かったですね。って言うか私ゆくゆくは三番隊に異動届け出そうかなって思ってましたし」
「マジでか」
「でも大丈夫ですよ。沖田隊長が一番隊に居る限りは私も居ますよ(仕事さぼるから私が責任持って見張っておかないと)」
「それを聞いて安心しやした。……あれ?俺が口説かれてる?」
おふざけはここまでにしておいて、沖田はいつもの気だるげな雰囲気に戻り、明日から別任務で動く彼女の頭をガシガシと強く撫でた。
「とにかく、幅広く使える人材になったって事でさァ」
「そう、ですか…?」
「いつまでも餓鬼んちょのままの女なんて居ねぇ。女々しくなれとは言いやせんが、俺たちに持ってない武器を生まれながらに持ってんだ。使わないとバチがあたりまさァ」
「でも私色仕掛けとか出来ませんよ…?」
とか言いながら“上目遣い”という技を自然と会得し今まさに披露しているが、本人が気づいてなければ意味はない。
「誰もそんな事しろなんて言ってねぇっての」
「はぁ…」
「まあ頑張りなせェ」
静かに沖田の手が離れていった。
