天邪鬼が笑う(2)
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彼女が近藤から任務の裏の話を聞いた翌日、山﨑は庭で何かを燃やす彼女の後ろ姿を見かけた。背中からにじみ出ている迫力たるや、地獄の業火(たき火)を眺めている閻魔大王の様だった。
声をかけるのも躊躇われたが、同じ苦労人の匂いがして放っておく事は出来なかった。
「お…おはようー…」
「あ、山崎君、おはようございます」
振り返った顔がいつも通りだった事にとても安心して、何を燃やしているのかを尋ねてみた。横にある池では沖田印で育った鯉が今日も元気よく暴れ回っている。
その水飛沫を浴びても消えないたき火は、どうやら一冊のノートらしきものを燃やしているらしい、枝で彼女がそれを突けば火の粉が舞い上がった。
「あー、これはね」
「何?重要文書とか?それなら別にシュレッダーでも…」
「いや、重要文書ではないと思うんだけど……あぁ、でもどうなんだろ、重要だったのかな」
私にとっては全然重要じゃないけどね、と一言こぼした言葉の色は驚く程怒りに満ちていた。
「これは、近藤局長と沖田隊長とその他不愉快な仲間達が作ってくれた、今度の任務の為のマニュアル本だよ」
「マニュアル…?」
どうやら少し鎮まりかけていた怒りの炎が再び勢いを増してきたらしく、肌で感じる恐ろしいオーラに引きつり笑いを浮かべながらも山崎は聞き返した。
「マニュアルの名前は“糸ちゃん頑張って女の子らしくなってね★だーいさーくせーん”……です」
低いテンションで言われるとより一層悲壮感が増している気がした。彼女にとって悪夢とでも言うべき今回の作戦は、近藤達の手によって着々と進められているのだ。何度も断ってはいるらしいが、屯所全体がその作戦の応援体制に入っている様で、最早拒否権は無いに等しい。
特殊なケースなだけにどう励ませば良いかも分からず、取り敢えず炎を見つめる彼女の横に座ってみた。マニュアルは燃やされたが、彼等なら幾らでも代替を出してくるに違いない。逃げ切れない事は分かっているだけに、彼女がついたため息は大きかった。
「はぁあ……」
「まあ糸ちゃんなら何とかなるよ」
「何がどう何とかなるって言うんですかぁ~」
珍しく泣き言を言う彼女の横で山崎も一緒に炎を眺めた。実は自分も、楽しみだ、と思っている1人だとは告白出来ずに、監察の上っ面だけの慰めは10分ほど続いたのだった。
**********
近藤は珍しく真剣に悩んでいた。それはさながら愛娘を嫁に出すか出さまいか究極の決断を迫られている様に。
「なあ、トシ…」
「……………」
「やっぱり俺はお妙さ…――」
「却下」
全てを言い終える前に土方が声で締めた。今回の件で唯一の反対者で、今のところ緋村の一番の理解者である土方が何を却下しているのか。
緋村の潜入捜査と同時に、別件で旅籠に潜伏しなければいけない事案が出てきてしまったのだ。
それも天人達が居る公式のパーティーではなく、浪人達が夜な夜な会合をしていると噂の老舗旅館。ともなれば潜入するこちら側も、それなりに立ち振る舞いを頭に叩き込み、男ならば店の者に、女ならば芸子か女中らしく動かねば簡単にばれてしまう。少人数で潜入している時に正体がばれるのが一番危険だ。
そして今回、それに選ばれた監察と1番隊の数人をどうやって動かし、どういう流れで検挙まで持ち込むかを2人は今話し合っているのだが…。近藤の提案に対し、土方は頑なに首を縦には振らなかった。
「トシ~」
「どう考えても必要ねぇだろうが。緋村は女中として忍び込ませる。キャバ嬢みたいな接客は覚えても意味がない。って言うかあんたあの女に会いたい口実に緋村を使うんじゃねぇ!」
「何を言うんだトシ!俺はただ純粋に糸に酌をしてもらいたいだけだっ!」
「そんな理由なら尚更の事却下だ!!!!」
「あの子は磨けば光るんだよ~、どうせなら任務の一環として女性のマナーも覚えさせてやりたいじゃないかよ~」
「あいつのマナーはしっかり出来てる。兄貴に散々叩き込まれ済みだ」
「人間としてじゃなくて女の子として言ってんだって」
「必要ない!もう充分ついてる!」
別に近藤とて彼女を女性として頭ごなしに否定している訳ではなかった。緋村糸という隊士を屯所の中で一番平等に評価してくれるのは、なんといっても近藤なのだ。
しかし優しい彼は、時に父親視点で緋村を娘の様に見てしまえば歯止めがきかなくなる。トップが決める事は最優先事項なので、土方が折れるのも時間の問題だった。
それに、強く言い切ったものの、彼女に女性としてのマナーや何かがあるかは甚だ疑問だった。
その不安に乗っかってくるかの様に、庭から何か大きなものが水に飛び込んだ音がして、ワッと大歓声が上がった。何事かと2人が庭をのぞいてみれば、そこには一番隊の男共に囲まれ手押し相撲をしている彼女の姿があった。別に今は彼等の休憩なので特に咎めたりはしないが、男の中であの堂々たる彼女の態度はいつ見ても天晴れであった。
しかも何でもアリの手押し相撲は、大人しく2人が手を押し合っているかと思いきや、時に鋭いパンチが繰り出されたりと、決められている範囲から出ないという点がなければ最早只の乱闘だった。
そして彼女は見事に相手の胸ぐらを掴み、「そいやぁ!!」という勇ましいかけ声と共に沖田印の鯉が待つ池へ投げ込んだ。ちなみに日々改良されている沖田印を食べた鯉はピラニア並の攻撃力を持っているとの噂で、落とされた男はぎゃーぎゃー騒ぎながらすぐに出てきた。地上では右拳を天に突き上げている彼女の姿がある。
「ちきしょー!また負けた!」
「これで緋村4人抜きー!!」
「いえーい!挑戦者求む!!!」
男共に全く退けを取らない彼女の堂々っぷりを見て、土方は最早何も言えなかった。いや、これだけは言えるかもしれない。確かに女っぽさは皆無だ、と。
「こりゃ決まりだな」
ニヤリと笑った近藤の顔に腹が立ったが、もう言い返す事は出来なかった。
「糸―、ちょっと来てくれー!」
果敢にも5人目に挑戦しようとしていた緋村を呼べば、どうされました、と走り寄って笑顔をむけられた。あの激しい素行さえなければ普通の女子だというのに…、という想いを抱かざるを得ないぐらいの可愛らしい笑顔だった。
「糸に新しい仕事を頼みたいんだ」
「新しい、仕事……今度の潜入とはまた別という事でしょうか?」
「いや、似たり寄ったりだ。詳しい話は今日の夜にでも話そう。トシと待ってるから俺の部屋まで来てくれないか」
「…分かりました……もしかしてまた潜入ですか?この前話してた旅籠の…?」
「それそれ」
「………………嫌な予感がするんですけど、どうすれば良いですか土方副長」
「悪ぃが、俺にはもうお前を助ける事は出来ねぇ」
諦めろと言わんばかりに首を振られてしまった。背後からは「緋村続きやろぜー」と呑気な男達の声が響いていた。
