待てど笑い
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彼女が苦戦している包帯をスッと取って、慣れた手つきでそこに巻いていく。
そんな銀時の雰囲気が少し違う事に気が付いた彼女は、直球に「何か怒ってます?」と尋ねた。
「いや、怒ってねぇけど…」
「じゃあ何でそんな不機嫌そうな顔してるんですか」
「元々だ」
「私何か失礼な事しちゃいました?」
「失礼な事って言うかねー…」
「あ、やっぱり何かしでかしちゃいました?」
思わず出てしまった本音に彼女は食いついた。銀時が「しまった」という顔をしても既に遅く、彼女はその真意を知るが為に言葉を待っている。ひたすらに向けられている視線が何やら居心地が悪かった。
「何ですか、言って下さいよ。気になるじゃないですか」
「そんな大した事じゃないので気にしないで下さい」
「何で急に敬語?」
「………」
「…ねー坂田さーん……坂田さんってばー!」
「………」
「気になるじゃないですかー!」
坂田さんってばー、と態と大きな声で彼女が言えば徐々に周りの視線も2人に注目しだす。只でさえ公園のベンチで真撰組隊士とプー太郎が座っていて、尚且つ怪我の手当てをしているという摩訶不思議な場面なのだから、注目は止まる事を知らずどんどん広がっていく。
「おま!コラッ!メッ!静かにしなさい!」
「だったら教えて下さいよーー!!!!」
「だぁーーっ!!分かった!言えば良いんだろ言えば!」
「最初っから大人しくそうしてれば良いものを……」
まるで取り調べの最中かのような会話であるが、何故か包帯を巻いてもらった身分である彼女が「それで?」と偉そうにふんぞり返っている。
「何が気にいらないって言うんですか」
「いや、気にいらない訳じゃなくてですね……」
「……じゃあ何ですか」
「………」
「教えてくれたって良いじゃ……――!!!!」
「分かった!!!分かったから大声は出すなァァア!!!」
「ふぅ…往生際の悪い人ですね。洗いざらい吐いて下さい」
「これ何の取調べ!?」
職業病というか何と言うか、ついつい強気になってしまうのは仕方ない。さぁさぁ話して下さい、と迫る彼女に、銀時は観念するかのようにため息を吐く。が、どうやって彼女に伝えれば良いものか頭を悩ませた。
"女なんだから喧嘩するな"?
「(でもこいつは真撰組な訳であって、戦うなってのが無理な話だしな…)」
"沖田と構うな"?
「(いやいやこれは只の嫉妬であって…)」
"顔に傷は作るな"?
「(一番まともか?でも何処に傷を作ろうがこいつの勝手だしなぁー……)」
「……ちょっと坂田さん、結局なんなんですか!」
焦らされ過ぎたせいか、怪訝そうに銀時を見上げる彼女を見て場違いにも可愛いと感じつつ、頭に浮かんだ良い言葉をすんなりと言った。
「あんま無茶すんなよ」
彼女の大きな目が、少しだけ見開かれた。
結局銀時が何を言いたいかと言えば、上記の想いそのものであった。女なんだから喧嘩するな、と言えば偏見のようにも聞こえるがそれが本心なのだから仕方ない。沖田と構うなと思ってしまうのは、あの上司が色々と茶々を入れてくるからそう思う訳で、顔に傷を作るなというのは只の銀時の願い。痛々しく見える傷が好いてる相手の顔に出来るのは、普通に考えてみれば面白くもなんともない。
だがこれらの気持ちを言ってしまうには少々2人の距離が足りないというか、彼女が一方的に鈍感すぎて発展する芽を望めなかったのだろう。だから、全ての気持ちをひっくるめて「無茶するな」と銀時は言った。これで充分であった。
「喧嘩なんかで毎回こんな傷作ってたらキリねぇぞー?」
それは銀時の言う通りである。彼女はその言葉をどう受け止めたのか、一瞬呆けたものの、器用に巻かれていく包帯に目を落とし「……はい」と呟いた。
「っうし!出来た」
「おぉ…!凄い。お上手ですねー…」
しっかりと巻いてくれた包帯に感心しつつ、彼女はペコリと頭を下げたのだった。
「じゃあ、またな」
「ありがとうございました」
それから2人は公園で別れ、各々の帰路につく。買った商品が袋をガサガサと言わせながら、彼女は銀時に背を向けて歩き出した瞬間から腕を組み、眉間に皺を寄せながら屯所へと向かう。それはまるで何かを考えているかのようで…。
「んん?」
それは屯所に着いてからも続き、門番に「どうしたー?」と聞かれてもロクに耳もかさず自室へと戻る。特に深刻な出来事が彼女の身に降りかかった訳ではない。ただ、外に買い物に出掛けて、銀時と会ってしまっただけの事。たったそれだけ。しかしその数十分の間で彼女に何かが起こったのは事実。
「(んー…?何だろ、何か……)」
「おい緋村、居るか?」
「あ、はい!」
しかし突然廊下から声がかかり、聞き慣れたハスキーボイスだと思えばそこには不機嫌そうな土方の姿が。
「……何でしょう」
「道場の修理するぞ。付き合え」
「………」
「今朝の事を忘れたとは言わせねぇぞ。お前に拒否権なんてものは無い」
「何ですか。朝の事をまだ根に持ってらっしゃるのですか」
「ったりめーだ」
だが土方がこうまで不機嫌になるのも仕方ない話であった。
今朝の彼女と沖田の喧嘩の代償が、まぁ本人達にだけに降りかかるのなら良しとしよう。土方としては、銀時と一緒で"女が顔に傷を作るのは如何なもんだ"と思う性質なのだが、その話はひとまず置いといて、周りが受けた被害について説明しよう。
まず、木刀と模擬刀が数本折れて台無しになってしまった。他には戸が蹴破られて使い物にならなくなっていたり、神棚に置いてあった陶器もほぼ割られてしまった。最早、喧嘩の跡というよりも強盗と争ったような跡なのだ。そしてそれを止めるべく割り込んだ一番隊の隊士達にも負傷が少々……。
「と、に、か、く、来い」
「はいはい…」
「はいは一回!!!」
「ヘイサー!!!」
「何その腹立つ返事の仕方!?イエッサーの方がまだマシなんですけど!」
「ささ、行きましょうか副長」
お前この頃総悟に似てきたな。やめて下さいそんな不名誉発言。
そんな事を2人で話しながら道場に向かえば既に呼ばれていた沖田の姿があった。
「遅ェぞ糸」
「すいません、包帯やら何やらを買いに行ってたもので…」
因みに朝喧嘩していた2人だが、そのキッカケも覚えていなければ、尾を引くような険悪なムードも一切無かった。両方が淡々とした性格なのか、後腐れのない喧嘩は終わり方としては一番好ましいパターンである。が、被害としては如何せん目をそらす事は出来なかった。
「……で、俺達は何をすりゃー良いんですかねィ」
「取りあえず割れた陶器の破片を一つ残らず拾っとけ。木刀の破片とかもな」
「足の裏を怪我したら大変ですもんね」
「戸の修理は業者を呼ぶしかねぇから、それまでに道場内だけはテメー等で責任もって片付けな」
「あーハイハイ…人使いの荒いマヨラーでィ…」
「ハイは一回だバカヤロー」
「ヘイサー!!!」
「何その挨拶!?一番隊で流行ってんのか!?」
しっかり掃除しないと殺すからな、と恐ろしい言葉を残し土方が去っていった所で「やれやれ」と肩をすくめたのは沖田。
「土方さんはどうやらご立腹のようでィ」
「何ででしょうね。喧嘩なんて今に始まった事じゃないのに…」
彼女の言う通り一番隊内は何かと血気盛んで、一番喧嘩が多い物騒な隊なのだ。仲は良いのだが、その関係が一時期壊れれば今朝のような喧嘩がたまに勃発する。その度に色々壊されていく屯所内。もはや反省する気すら起こらない程、それはイベント的な感覚であった。
「この前の喧嘩の時はそんなに怒ってなかったような気もするんですけどねー……」
箒で板の隙間を掃く彼女がしみじみと呟いた。
「今回はちと被害が多すぎたな」
「ですね。神棚の陶器はやり過ぎちゃいました」
「っとにお前はバチ当たりな奴でさァ」
「隊長。さも私がやってしまったような口ぶりですが、陶器が割れたのは隊長のせいですからね。隊長が投げ捨てた木刀の柄が神棚に当たって、陶器が下に落ちて割れたんですから」
「過去の事は忘れろ」
「忘れちゃいけない事もありますー」
「……まぁ、」
「?」
「色々壊したっつー事に対して怒ってるのかもしれやせんが、今回はホレ、お前が」
「?私?何ですか?」
「怪我したろィ」
「!あぁ、その事…」
ちりとりで肩をトントンと叩きながら沖田が言う。
「あのヤローは心配性ですからねィ、喧嘩なんかで傷作ってちゃー世話ねぇと思ってんでさァ」
「アハハ、本当に心配性ですねぇ」
「まぁそれはお前が"女"だからっつー話もあるだろうな」
「やっぱりデスカ」
副長は何だかんだ言って甘いですよ、と緋村。副長として彼女を"女"として特別扱いをしている訳ではないが、ひょんな事ででる甘さに最近彼女も気がついてきた。
「副長は優しすぎますよ」
「そうかぁ?」
「またまたぁ。隊長が一番よく分かってるくせに」
軽く笑いながら言ってみれば「うるせェ」と沖田が口を尖らせた。
「それより、怪我の方はどうなんでィ」
「これぐらいどーって事ないですよ。数日も経てば跡形もなく綺麗に治ります」
「そうか」
「それにしても隊長はやっぱり強いですよねー。避け切れなかったからこんなに傷がついちゃいましたよ」
「……俺だって結構傷が出来てんだけど…」
「え、ホントですか。ごめんよ」
「それが上司に対しての正しい謝り方?」
互いに腕を磨きあっているお陰で実力は日々伸びている。だからこそこんなに被害が出た訳で、土方としてはそれが嬉しいような悲しいような…。
「ちゃんと湿布とか貼りましたか?」
「山崎にしてもらった。お前は?」
「えぇ、ちゃんとして頂きましたよ」
腕まくりをしているので彼女の肘部分が少し見える。そこには綺麗に巻かれている包帯があり、正しい処置をしてもらえたという事がよく分かった。恐らく医療隊士にやってもらったのか…、という沖田の考えは見事に粉砕される事となった。
「坂田さんに」
坂田…?サカタさん?サカタ産?え、何それ新しい産地?
混乱に満ちた沖田の脳内で思わず踊っているのはアホの坂田師匠であった。