青空の下の防犯カメラ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
メルちゃん事件の翌日、大量の書類に囲まれながら緋村が布団にくるまり眠っていた。
あの後屯所に戻った瞬間、まず土方からありがたい怒鳴り声を頂き、近藤から「心配したんだぞ」と少し叱られ、高天原と倉庫内で起こった事の全てを話してから、自室に戻り筆を取った。
休む暇もなく、目の前につきつけられた書類は土方の怒りをおさめる為の反省文などなどだ。1日ちょっとで終わる量ではないと諦め、もぞもぞと布団に潜ったのは午前3時。いつも6時頃には目を覚ますが、今日は流石に30分過ぎても目を開けなかった。
しかし彼女の睡魔と関係なく定期的になるアラーム音。甲高いそれに、庭におり立っていた雀も驚いて数羽飛んでいってしまった。
「んんー……」
今日は残念ながら非番ではない彼女は、疲れた体に鞭打って目ざまし時計に手をのばす。6時35分と示されている時刻を恨めしそうに睨むが、そこはもう諦めて布団から出ようと努力した。
最近は少し冷えてきたので、布団から出るのは中々時間がかかる。
しかし今日は妙な違和感があった。
布団がやけに温かいというか、自分の温もり以外の何かが隣りに居る気がするのだ。
思わず横を見てみれば、確かに小さな山が出来あがっている。
「!?」
急ぎ布団をめくり上げれば、そこには水色の綺麗な長い髪を思う存分ホラーっぽくボサボサに見立てて眠っている、1人の人間の姿があった。
朝から響き渡った彼女の大絶叫に、また雀が数羽空へと飛んだ。
「フン、相変わらず良い腕してるわね緋村サン。私に右ストレートかましてくる女なんてそうそう居ないわ」
「人の布団に勝手に潜り込むなんて、さっちゃんさんこそ良い根性してますね」
「さっちゃんで良いっつってんだろコノヤロー」
朝の食堂で、隊士の中で唯一の女性である緋村の隣にはまた女性。
赤いフレーム眼鏡をかけてもくもくと納豆を練っているが、その格好は身軽に動ける忍姿だった。元・お庭番衆の肩書きを持ち、今は松平公のお抱えの隠密として働いているM女こと、始末屋・さっちゃんである。
2人が並んで座る向かいに、新しい女入隊者ですかィ、とからかいながら沖田が座った。
「助けて下さい沖田隊長」
「黙って始末されなせェ」
「え。私を始末しに来たんですかさっちゃんさん」
一体何の目的か聞いていなかった緋村に、沖田からの思わぬ爆弾発言。呑気に納豆を練っているさっちゃんに「どうなんですか」と横から強く肩を揺らした。その拍子にトレードマークの眼鏡が床へと落ちる。
「落ち着きなさい緋村サン、今回は始末が目的じゃないわ」
「ですよね、良かったー」
「寧ろその逆。貴女の護衛としてここに来たのよ」
「護衛?なんでまた私なんかを」
「あら、身に覚えがあるんじゃなくって?」
「話の腰を折るようで申し訳ないけど、アンタそれ糸じゃねぇから。机に置いてる只の醤油だから」
眼鏡をかけないと周りも明日も見えないさっちゃんは、醤油に尚も話し続けた。
「昨日の一件、貴女が倉庫で出会った人物は表世界では一応“仲間”よ。けれど見られてはいけない姿を見てしまった“仲間”が居る。……それが緋村さん、貴女なのは分かる?」
「だからそれ醤油だってばさっちゃんさん」
「相手は暗殺者の1人や2人は雇えるぐらいの人間よ。口封じの為に貴女を殺してくるとも限らないわ。それで松平様から護衛の任務を言い渡されたって訳。暗殺者には暗殺者を向けるのが一番でしょう」
「暗殺者には、暗殺者……」
案外話しが大きくなっていた事態に彼女は少なからず動揺した。
確かに昨日の夜、彼女は倉庫の中で見てはいけないものを見てしまい、殺されかけたりもした。だが命はなんとか助かって、出来事の全てを上司に報告して、そしてこの結果だ。別に、護衛をつけてくれと頼んだつもりで言っていないが、真撰組をまとめている松平は近藤経由の報告に危機感を持ったらしい。
「松平様の計らいとでも思っておいたら?きっとここ数日で仕掛けてくる。逆に言えばこの数日を乗り切れば一安心ね。油断さえしなければ大丈夫よ」
「別に良いのに……狙われたら返り討ちにするまでです」
「とっつァンは近藤さんと一緒でお前には甘いですからねィ」
「………それは否定できません…」
今回のさっちゃん派遣の真意を分析すると、おそらく純度100%の心配という気持ちの中に「幕府の輩が口封じをしてくるかもしれない」という可能性が1、残りの99は「真撰組の大事な紅一点に何さらそうとしてくれとんじゃゴルァ」という親心の筈だ。それが鈍感な彼女も気が付いているのだから、松平の緋村に対する心配性ぶりは異常である。
心配されるのがあまり好きではない緋村にとって、さっちゃん自身に悪態をつく訳ではないが、正直に言う所余計なお節介だと感じていた。露骨に溜息をつく彼女の横で、さっちゃんは無表情のまま納豆を練り続け醤油に話しかけている。
「まあ大人しく守られておきなさい、ね?」
「醤油を?醤油を守る気なのさっちゃんさん」
**********
実際、暗殺者に狙われた事など生まれてこのかた一度も無い緋村にとって、自分に護衛がつくのも勿論初めてだった。仕事上何度か護衛についた事はあった。いざ逆の立場になってみると、あまり居心地の良いものではないなと感じたらしい。
極力外は歩くなとさっちゃんに言われたものの、彼女にも仕事はある。なので、せめて1人にならないように、こうして(昼寝中だった所を蹴り起こした)沖田をつれて見回りの為に歌舞伎町へ足を向けていた。
「はぁ…」
「良いじゃないですかィ。女は黙って守られておきなせェ」
「こういう時だけ女扱いしないで下さいよ。っていうか私を守ろうとしてくれてるのも女の人ですけど!?」
「相手は暗殺のプロでさァ」
お前とはまた住む世界が違う、と沖田に言いくるめられ彼女は何も言葉を返せなかった。
沖田は例の幕臣の顔を倉庫で見つける事は出来なかった。しかし外の世界で何度か見た事はある。
「……こんな昼間っから暗殺なんてされるもんなんですかね?」
「さあ」
「って言うかさっちゃんの視線をひしひしと感じるんですけど。一体どこから見てんだろ?」
立ち止って辺りを見渡すが、視線の出所までは掴めない。もしかしたらビルの上かな、と空を見上げながら数歩下がった時、道の脇に置いてあった青いポリバケツに踵が当たってしまった。それと同時に中から「いたっ」という聞き覚えのある声。まさかと思い、引き攣った顔で蓋をあけようとすれば、沖田の強烈な飛び蹴りによって数メートル先にバケツが吹っ飛んでいってしまった。
「な、何やってんですかアンタ!!あの中には(きっと)さっちゃんさんが居るのに!」
「M女にはこれぐらいのツッコミが丁度良いんでさァ」
「今のツッコミですか!?」
「ベタにバケツに隠れるたァ、只のツッコミ待ちじゃないんですかィ?」
沖田のツッコミが炸裂した所で、彼女は遠慮なく吹き飛ばされたさっちゃんの元まで急いだ。
「さっちゃんさん大丈夫―?」
「刺客よ…!刺客が現れたわ!」
「は?今のは刺客じゃなくて沖田たいちょ…」
う、とまで言おうとした時、べっこり凹んだバケツから何本かのクナイが勢いよく飛び出してきた。油断していたも何も、中に居るのはさっちゃんなので完全に気を抜いていた彼女の頬を1本が思い切りかすった。気のせいでなければ髪も数本ハラハラと落ちた。
「始末屋さっちゃんがお相手するわ」
「はぁ!?だから今のは…っ!」
今度はさっちゃん自身が握っていた短刀で斬りかかってきて、思わず唾と一緒に言葉も飲み込んだ。鞘から少し抜いた刀身で受けとめていなかったら間違いなく心臓を串刺しにされていた。二日間連続で心臓を狙われるピンチに陥る事などそうそう無い。
「私を殺す気ですか!」
護衛としてついている人間が、護衛すべき筈の人間を殺す等聞いた事もない。
しかし焦っている彼女とは裏腹に、いつだって冷静なさっちゃんは尚も短刀を押し続けてくる。
「目を覚ませさっちゃ………あれ?眼鏡は?」
「眼鏡?そんなもの遠い過去に捨てたわ」
その瞬間、腰元に潜ませていたクナイを至近距離で投げつけられ、咄嗟に足元に転がっていたバケツの蓋ででそれを受けとめた。
「捨てたって、何処に捨て…た………」
弱弱しく語尾が下がると共に、彼女の視線も下がる。バケツから何かが転がり落ちたのが見えたのだ。
それは見間違いでなければ、さっちゃんの赤い眼鏡ではなかっただろうか。きっと沖田のツッコミの衝撃で割れてしまったのだろう。
「沖田隊長ォォオオ!!」
「ハーイ」
「日曜某アニメの子どもみたいな真似はやめて下さい腹立つ!」
「覚悟ォォオオ!!!」
「わ、ちょ、さっちゃんさん!私だってば!」
「緋村を狙う全ての輩は始末する様に松平公に言われてるから何も心配しないで」
「今まさに自分自身で手をかけようとしてんですけど!!!」
「俺が新しい眼鏡を買ってくるまで頑張りなせェ」
「他人事ですねぇ!?」
隊士の動きとは全く違う、俊敏な動きをしてくるさっちゃんの攻撃を何とか一つ一つ弾きながら、少し後ろで呑気に「頑張れ~」と応援している上司を睨んだ。今回眼鏡が壊れたのは沖田による可能性が非常に高い。
「百均で売ってやしたかねィ……おい、視力はいくつだ」
「私の視力は今も昔もG(ぎん)よ」
「そんな視力聞いた事もないですけど!?」
さっちゃんさんは確か近視でしょう!?あら、私の事よく知ってるわね、でもそろそろ終わりよ。アンタ眼鏡無くなったら声まで判別出来なくなるんですか!?
言葉のやり取りの間も、金属と金属がぶつかり合う音が響き渡る。真撰組隊士と忍の奇妙な一騎打ちを沖田だけが楽しそうに眺めていて、やがて近くの百均に足を向けた時だった。
急に右腕を掴まれたと思ったら、あっという間に彼女が絡みついてきた。そしてニコリと笑いながら沖田を見る。
完全に部外者感を出しているが、彼も紛れもなく関係者である。
「私達、今日は見回りのペアですよね。つまりは運命共同体ですよね」
そして、彼女が近くに居るというだけであっという間にさっちゃんの攻撃対象になった沖田にもクナイが投げつけられてしまったのだった。
