そして一つ進む
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「はあ、メルちゃん」
「そうです。メルちゃんです、可愛いよね」
救急車の中で簡単に処置を受けた緋村は、騒動のあった倉庫を背に、黒駒の愛犬であるメルちゃんを膝にのせて防波堤に座り海を眺めていた。事後処理は合流した土方達に任せてあるので、心が落ち着くまで少しだけ海風に当たる余裕があるのだ。
右に神楽(ホスト仕様)左に新八(ホスト仕様)を従えている彼女は、自分もホスト仕様である事を忘れ「何だかいつものお二人じゃなくてドキドキしますね」と呑気に笑っている。つい数十分前までピンチだった人間の言葉とは到底思えない。
人懐っこいメルちゃんが何故ここに居るのかというと、黒駒勝男が率いる溝鼠組が事情を説明するまで彼女が預かっているのだ。
彼等曰く、散歩してたら困っているホストが居たので助けただけ、が専らの主張らしい。その調子じゃだいぶ時間はかかるだろう。
本当は、黒駒は彼女への借りを返しにきたらしい。一体何の話か頭を悩ませたが、どこかで見た事のある顔だと思えば溝鼠組の若頭で、そして一度だけ朝の公園で会った事があった。
あの時は二日酔いで頭があまり覚醒していなかったが、確か犬が逃げてきて、そして持ち主へと返した。それが黒駒勝男とメルちゃんだったのだ。
その礼を返される割には度が凄すぎると彼女が言ったのだが、彼等のシマで最近荒しをしているのが今回の組織だったらしく、一石二鳥やと言って彼はさして気にしていなかった。
幕臣は逃がしたが、接触する機会はいつだってある。検挙するまでに証拠を集めてじわりじわりと追い詰めてやろう、と穏やかな海風を浴びながら彼女は誓った。
「犬に先越されるとは流石に思わねーわな」
「ああ、坂田さん。事情聴取は終わりましたか」
「何が事情聴取だ、俺達は巻き込まれた被害者な訳、アーユーオーケィ?」
よく言うよ自分から巻き込まれに行ったくせに、と新八は心の中で突っ込んだ。
新八が気を利かせ、僕達も土方さん達に事情を説明してこよう、と神楽を誘って立ちあがった。銀さんの説明だけじゃ誤解されそうですもんね、とごく自然にそんな言葉が出る新八は出来る子だ。キング・オブ・空気が読める少年。
メルちゃんもつれていかれ、両隣が空いた彼女の左に銀時が座る。足を投げ出して「あー疲れたー」と満天の星空を見上げながら呟いた。
「ケガはしてませんか?」
「俺が行った時にはもう敵はボッコボコだったもんでね」
「それは良かった」
「あ?」
「ケガされちゃったら、困ります」
だって、貴方は一般人だから。
口にこそ出さなかったものの、笑った顔は大層情けないものだった。
あの時、銀時が来るのではないかと思ってしまった自分が酷く女々しく情けなかった。頼るのはまず己の腕、そしてその後に仲間だ。それなのに真っ先に浮かんだ銀時の姿に酷く混乱した。おとぎ話のヒロインじゃあるまいに、ピンチに誰かが助けにきてくれる環境を望むのがそもそもの間違いなのだ。
しかしそれは彼女の言い分として、銀時にも言いたい事は色々ある。
「ピンバッジ忘れるとかお前バカなんだろ」
「言い返す言葉もありません……」
反省文何枚書けば許されると思いますか、と眉尻を下げて上目遣いを無意識に駆使している彼女だが、ここは心を殺し「知るか」と冷たく突っぱねた。反省しろ、とも言った。
「…なんか今日の坂田さん荒れてますね、どうされました」
「別にー」
「あ、そうだ。志村さん達がおっしゃってた依頼は何とかなりましたか」
「グランドマザーの事か?ま、引き続き調査ってとこだな…。そうだ、後で高天原にも連絡しとけよ」
「そうですね…。狂死郎さんにもご迷惑をかけてしまいました」
そういうのは”御迷惑”じゃなくて”御心配”って言うんだけどな、とは訂正しなかった。
再び夜の海を眺め始めた彼女の横顔から視線を落とせば、先ほどまで血が流れていた左腕が目に入った。縫合する程では無かったのが幸いで、数日後には剣道の稽古もしていいらしい。
「ほんっと危機感ねぇなあ」
「よく言われます」
「これが心臓だったらどうすんだよ」
「それ私も思いました」
「………」
注意を呼びかけてもどうにも手ごたえが感じられない。この危機感の無さ、そして余裕な態度は一体なんなのか。ケガまでしといて呑気にあははと笑い海を眺めるこの態度は一体なんなのか。
「絶対大丈夫って思ってましたから」
「そりゃ立派な希望なこって」
「……やっぱりツンケンしてますねー…」
顎に手を当てて、どうしてですか、と眉間に皺を寄せ細くした目を銀時の顔に近付ける。ここでいつもの彼なら反射的に体を反らすだろうが、今はそれを仏頂面で睨み返せるぐらい、少し怒っていた。
「どうしたんですか一体」
彼女には彼女の言い分があった。
そして銀時には銀時の言い分が、これだ。
「ケガするからだろうが」
とても我がままで自己主張の塊な言葉。それでも誰の言葉よりも怒りに溢れてて、そして心底心配したという色が含まれていた。
生憎鈍感な彼女がどこまでそれに気付けたか分からないが、思わぬ言葉を真正面から言われて、一瞬波の音も消えた。目が少し見開くのが分かった。
「自分でおこした事にゃ違いねぇだろうが、ケガしてたら世話ないだろ」
そしてそろそろ離れて下さい限界です、と何故か敬語で畏まって言った銀時は、彼女の額をグッと押しやった。やはりあそこまで近付かれるのは色んな意味で限界だったらしい。
そんな銀時の心理を知る筈もなく、額に手を置かれたままの状況で彼女は突然ふき出した。
「あははっ!坂田さんってホント面白いですね」
「あぁ?」
「私は真撰組ですよ、仕事上ケガをするのが当たり前です」
「お前なー…」
この手をどけて拳骨の一発でもくらわしてやろうかと考え離した時、嬉しそうに笑う彼女と目があった。心の準備をしていなかっただけに、それは近付かれる時より破壊力があった。
「でも、ありがとうございます。そんな風に思って下さる方が居て私は幸せ者ですね」
湿った海風を押しのけて、かつてない程の良い空気がやって来た。拳骨用にと握っていた右手が解かれれば、銀時の意思とは関係なく自然に彼女の右頬へ触れた。
「坂田さん…?」
夜の海色に似た黒真珠に、自分がどういった顔でうつっているのかは分からない。と言うよりもそこまで考える余裕がない。
ただその後はもう考えるというよりも、自然に空気の流れに任せていけば誰しもが察する。
だが彼女は一筋縄ではいかなかった。
「あはは、口説かれてるみたいですね」
「……………は?」
いやいや口説かれてるみたいじゃなくて口説いてるんです。銀時の為にも、誰か彼女にそう教えてやって欲しかった。
「いや~格好が違うとやっぱ雰囲気もガラリと違いますねぇ。坂田さんホストとしてやっていけるんじゃないんですか?」
「はぁあぁああ!!!??」
「そんなに驚かなくても…自信持って下さい!!」
「そこに驚いてる訳じゃ………!!ちょ、お前マジでか……!」
「泣く程喜ばなくても~」
「嬉し泣きじゃねぇよ!!!!!」
顔を覆って「駄目だこいつバカだ」とぶつぶつ呟く銀時を、頭にクエスチョンマークを飛ばす彼女が純粋無垢な顔でのぞく。
「じゃあ悲し泣きですか?大丈夫ですよっ、自信持って下さい!」
「頼むからお前喋らないで。これ以上喋られると銀さんのハートはもう元通りになれない」
「?何言ってるんですか」
ホント面白いなあ、と言いながら彼女はお尻についていた砂を払って立ちあがる。潮の匂いが新鮮に感じられて、大きく深呼吸をした。
隣の銀時はブロークンハートだが、今回の騒動はそれなりに終わりがきた。やる事は残っているが、それでも一つの危機から解放された心はやけに軽い。全ては一件落着だ。
「坂田さーん、自信持って下さいよー、坂田さんならきっと歌舞伎町一のホストになれますって」
「話の主旨が変わってんだよバカヤロー!!」
怒鳴りながらではあるが、ようやく顔を上げて自分を見てくれた銀時に彼女は笑った。優しくて暖かな笑顔だ。
「今の坂田さんかっこ良かったですよ!」
急に触れられて、ちょっとドキッとしました。
照れた様に笑い肩をすくめれば、パトカーの方から沖田が彼女を呼ぶ声がする。そして颯爽と走り去ってしまった。
瞬殺KO、第一Rでノックアウト。ある意味、神楽の正拳を顎で受けるより破壊力がある言葉に銀時はしばし固まった。
空では、星がきらきらと笑っていた。
