夜から貴女へ
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沖田ならピンバッジを忘れていった事に気づいてくれている筈。場所を割り出す時間を考えて、応援がくるまで早くても後15分…。
キツイ。それが正直な感想だが、取りあえずここは逃げ切るしかない、せめて情報の一つや二つは掴んで。
「幕府のお偉い様がこんな場所に居て良いのですか?捕まえちゃいますよ」
「威勢が良いね。そもそも、その格好はどうした」
「ホストに転職です」
「笑わせる」
「だってお給料は全部上の方が持っていっちゃうじゃないですか」
「そうか」
「どうして天人と取引なんかを?」
「簡単な話さ」
男は、この世の全ては金で出来ていると豪語した。嫌な響きが倉庫の中を揺らす。
彼女とて幕府の人間という職について誇りを持った事はないが、真撰組という組織に居る自分には満足している。自分のすべき事、守らなければいけない者がこの頃明白に見えてきた。それはもうお金で買える筈のない尊いものばかり。
哀れな人だ、と彼女は目を細めた。
自分の職に誇りを持てと強要はしない。ただ立場を考え、金儲けをするなら他にもっとやり方があるだろうと言ってやりたかった。犯罪に手を染めてまでお金が欲しいその物欲が理解出来ない彼女にとって、この潜入捜査はここで打ち切りだった。
「どうだい、君もこちら側にくるか」
「結構です、私この安月給で満足しているので」
「残念」
交渉決裂だ。そう言われたと同時に刀を抜いた彼女が周りへ一閃。4人の動きは封じたのも束の間、厄介にも銃が頬をかすめた。
「あっぶなー!!!」
叫びながら地面を蹴って天人の親玉へ斬りかかる。咄嗟に受けとめられ力負けしそうになる。全て計算通りだった。
重心を右へずらし懐へひざ蹴りをくらわして相手が前のめりになった時、素早く懐へ手をのばして奪い取ったのは”高天原”を揺らがしていた例の薬だ。
「もらっていきまーす♪」
最後に刀の柄で首の後ろを突いて、一つの場所にとどまらない様に駆けながら刀をふるった。幸い拳銃を扱っている人間と天人が素人なのか、的外れな場所ばかりに弾丸が突っ込んでいる。しかし油断は禁物だ。
「(掴んだ情報の数は少ないけど、ここら辺で退散しないとやばいかも…)」
どうにかして9人目を斬りつけた時、遂に左腕に銃弾がかすり、スーツが破けて薄皮から血が滲んでいる。
「数撃ちゃ当たるってか」
一瞬動揺してしまった隙をつかれ、幕臣が遠慮なく上から刀を振り下ろしてきた。そのお陰で一旦銃弾は止んだが、周りからの殺気と目の前の凶刃が重くて仕方ない。弾いて距離を取ればまた銃弾の的になってしまう為、今は劣勢であっても鍔競り合いを続けるしかなかった。力をいれるせいで血が徐々に流れ出してきたが止血する暇などない。
「この前の一件……あれには関係ないのですか?」
「一件…?」
「高天原であった溝鼠組の件です。あの時も狂死郎さんにしつこく付きまとった溝鼠組の若親分が、揉め事を起こした挙句何者かに懲らしめられたみたいですけど」
「溝鼠組とは関係ない。あそこは次郎長が統括する組だ、幕府だからといって下手に手を出すと痛い目を見るぞ」
「そうですか、なら私が貴方達を痛い目にあわせないと駄目みたいですね」
薬は奪った。パイプ役になっていた幕臣の姿も確認した。溝鼠組との一件とは繋がりがない。
それ以上の情報をこの状況で望むのは危険だった。
「お前みたいな美人に懲らしめられるなら本望だな」
「思ってもない事言うなっ、つの!!」
力を振り絞って押し切った後は、後はもう積み重なっているコンテナに逃げ込む為全速力しかなかった。
「ひゃー、こんなピンチ久しぶり!」
今以上の窮地に追いやられた事は過去何度もあるが、やはり度合いは決められない。命の危機というのはどんな状況であれ危機に代わりはない。左腕は傷むが、仲間が来てくれるまで逃げるしか生きる術はなさそうだ。
幕臣に真撰組の緋村糸と知られた以上、相手は本気で自分を殺しにかかってくるだろう。そして死体となった彼女を前に、真撰組へ涙ながらにこう伝えるのだ。
助けたが間に合わなかった。
この場に居た理由などどうにかして付けれるだろう。監視カメラが無い場では生きている者の発言こそが全て。死人に口なし、彼女は生きて脱出しなければせっかく掴んだ情報もパーだ。安月給が殉職手当てになるのだけは嫌だった。
「(そもそも受け取る家族が居ないし)」
上手く隙をついて隠れこみ、なるべく息を殺して待つしかなかった。全速力で逃げたので肺が破けそうなぐらい痛い、細く長い息では酸欠を起こしそうだが、幸い敵が派手な足音を立てて走りまわってくれているのである程度の呼吸音はそれで消せた。
聞かされていた情報の全てが間違っていた訳ではないが、幕臣が絡んでいた事はこれからの任務にも支障が出来る。もしかしたらこの一件は、上からの圧力で揉み消される可能性が高い。そして自分が殺されて、昇給になる可能性も。
周りに気配をはり巡らせながら、もう一度溝鼠組の事件の事を思い出した。
あれは確か黒駒勝男が狂死朗に対して持ちかけたビジネスの話がもつれた結果だ。そこへ颯爽と3人のホストが現れて助けたと調書にはあったが、全ては謎のまま。まあ大きな事件にもならず、あれから溝鼠組は大人しくしているのでさして気にしなくても良い。既に土方が独自で調べているだろう。
となると、今回はお決まりの天人と幕府の秘密のいけない関係。めんどくさい事この上ない事件に首を突っ込んでしまい今更ながらため息をついた。
それよりもパトカーの音が全く聞こえない。倉庫に響き渡るのは彼女を探す大勢の足音だけ。
「さて、困ったな…」
沖田と山崎は既に動いてくれている筈だ。たまたま高天原に居た万事屋一行は大人しく帰っているだろう。なんやかんやと彼等を巻き込んでいる自覚がある彼女は、今回は素直に帰れと万事屋に言いたかった。一気に跳ね上がった危険度に、女の子である神楽を巻き込める筈もない。
でも、坂田さんなら来てもらっても大丈夫かも。
そう思ってしまった自分に、しばし驚いて固まった。
来てもらっても大丈夫?彼は一般人なのに?どうして態々危険な場所に呼ぼうとしてるの?
心の中で疑問点を上げるが、その答えが分かりきっている彼女は更に混乱した。
「(何で頼ろうとしてるんだ、私は…)」