夜から貴女へ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
**********
1枚書き上げるのに30分を要するとして、30枚なら…いや、休憩の時間を5枚ごとに5分もらうとするなら、食事の時間と睡眠の時間も含めて、えーっと……。
「うん、全然終わんなーい!」
遠くを見つめた目で死んだような笑顔の緋村が歩きながら夜空を仰ぐ。前を歩く天人が「うるせーぞ」と睨んだ。
しかし彼女はそんな視線で怯む筈もなく、頭の中は計算式でいっぱいだった。
彼等のアジトに乗り込む所までは良かったが、追跡用にと付けていた筈のピンバッジが無いのに気付いた時のあの絶望感。
人目につかない為に暗い路地裏を歩いていたというのに、「うわぁぁあああしまったぁあ」と大声で嘆く彼女の悲鳴は無残にも響き渡り、親玉らしき天人に睨まれたのが数分前。屯所に居る鬼の睨みの方がよっぽど怖いので、彼女はやはり怯む事なく順調に嘆いていた。
「(絶対土方副長に怒られる…!顛末書を何枚書けば良いの…!)」
単身で敵に乗り込んだ恐怖より、今は土方からの説教の長さの方が恐ろしかった。
一行は路地を抜け、海に面している巨大な倉庫が立ち並ぶ場所にたどり着いた。昼間は確か貿易の場として賑わっていて、何隻もの船が海を渡ってここまでくる。緋村自身、幕臣が天人と貿易をする際に護衛として任務にあたった事がある。夜はこれだけ不気味な空気を出す場所なのかと、周りを見渡しながら呑気に思った。いかにも、な場所に、警戒せざるを得ない。
「……で、取引先は?薬を売買するなら、あんた達だけじゃ商売成り立たないでしょ?」
「…この中だ」
錆び付いた倉庫の扉を数人で開けた先には、更なる闇が広がっていた。しかし、よく目を凝らしてみれば数十人という数の影が見える。あれは天人ではない、人間の影だ。
攘夷志士か、それとも幕府の裏の人間か、と知らず知らず探った視線を投げかけてる内に唯一の退路であった扉を閉められる。
「(やば、退路確保出来なかった…)」
一瞬自分の姿も分からないぐらい世界が黒くなったが、誰かがブレーカーを上げた事により高い天井につけられている灯りがついた。
倉庫の中は外と同様コンテナが無造作に積み上げられていて、現在は主に使われていないのだろう。埃っぽい空気に思わず鼻がムズムズした。
「あの人たちが相手?」
「ああ」
「ふーん」
「お前、ここまで来たらもう表の世界には戻れねぇぜ」
「分かってて来てるから大丈夫」
元々表の世界といっても、光輝く日常を送っている訳ではない。寧ろこんな物騒な毎日ばかりだ。危険な事に首を突っ込もうが関係ない。
そんな潔い態度の彼女を相手が目ざとく見つけ、誰だそいつは、とでも言いたげに睨まれた。
「(なんか今日睨まれてばっかり)」
肩をすくめておどける彼女に、こちら側の親玉が一歩前へ出た。すると相手も代表として1人が前へ。互いに数メートルという距離を保った。
「(さて、攘夷志士か、幕臣の人間か…それともヤクザ組?だったりして)」
何度か書類上で目を通した事のある「溝鼠組」のいざこざ。新聞には簡単にしか書かれていなかったが、あれだけ大きな組が騒ぎを起こしたというなら、こちらもまだ把握してない程の裏があるのだろう。
そんな余裕をこいていた緋村に、思わぬ声がかかる。
「あなたは確か……」
彼女も聞いた事がある声だった。互いに睨むだけの時間が続く。
思い出せ、思い出せ、アイツは確か…!
脳が1人の人間を弾きだしたと同時に体の中で警告音が響く。素早く近くに居た天人の刀を奪いすぐに抜刀術の構えを取れば、周りも彼女の殺気に気付いて遅れながらも武器を取る。凶刃の切っ先を小さな体に存分に向けられている彼女は、らしくなく腹黒いニヤリ顔を作った。
「まさかこんな所でお会いするとは」
「全くだ」
あれはいつだったか。それまでは思いだせないが、以前幕臣の警備でついた時確かこの男も居た。そうだ、確か護衛についていた人物の部下にあたる人間では無かっただろうか。
「お前ら、そこにいるのは真撰組の人間だぞ」
早速ばらされて彼女の顔が歪み、周りに緊張が走った。天人の親玉があまり動揺していない所を見ると、途中からうすうす気づかれていたのかもしれない。懐に仕込んでいた短刀にも気付いた程だ。
攘夷志士が薬に絡んでいるからこの調査を続けた筈なのに、何処でどう間違えて幕臣との繋がりを見つけてしまったのか。大物が釣れ過ぎて、この場に1人しか居ない真撰組隊士では対処の仕様がなかった。人数はざっと見て40人弱。応援がくるまでなんとか踏ん張りたいが、何人かが拳銃を持っているのを見て数発の被弾は免れないと諦めた。