待てど笑い
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「ふぁ~ぁ………」
ためらいなく大きな欠伸を町中でこぼしながら、銀時は跳ねに跳ねている銀髪をかきながらおっちらと歩いていた。買い物帰りなのか、コンビニの袋がその手には持たれている。
晴れた江戸の町、銀時は真撰組隊士2人とすれ違う。もちろんそれは緋村ではないので銀時の興味はまるで無し。だが彼等が話題にしていた内容に思わず足が止まる。
「今日の沖田隊長と緋村のあれ凄かったよなー」
「中々白熱してたな。しかし緋村もよくやるよ…」
「やっぱ一番隊に所属してるだけあって沖田隊長に全く退いてなかったぞ…」
「まぁあの後の副長の怒鳴りっぷりも凄かったけどなー」
「あぁ、それは言えてる」
でも凄かったなアレはー、と言いながら去っていく隊士。
……アレって何だ?
銀時は怪訝そうな顔をして振り返るが、談笑しながら歩いている隊士の背中はもうずいぶんと遠い。彼等が話していたアレとはなんなのか…。
「(ってか何気にアイツの名前入ってたくね?)」
聞き間違いでなければ、確かに何度か緋村という名前が出ていた。
話の概要はよく分からないが、一番隊のあのツートップが何かをやらかしたというのは何となく察する事が出来た。
しかし想像だけは何も進まず、一体何をしでかしたか具体的には分からぬまま万事屋へと足を向ける。ブーツで土を踏みながら、至って平和な町を通っていれば、一軒のドラッグストアから見知った人物が1人出てきたのに目を見開かせた。歩き出していた足も再び止まる事になる。そうすれば袋片手にレシートを見ながら出てきた人物もパッと顔を上げて、銀時の存在に気がついた。
神の思し召し。彼女の鈍感さは快調であるが、互いに引き合う運だけは持ち合わせているらしい。
「あれー、こんにちはー」
さっきすれ違った隊士のように同じ隊服を着ている彼女が、ニコリと笑って銀時に挨拶をする。平和な光景そのものである。
しかしこの偶然に一番喜ぶであろう銀時の表情はどうも優れていなくて、それどころか眉間に皺が寄り口はこころなしか引き攣っている。それに気がついた彼女が「どうかしましたか?」と尋ねてみる。
「どうかしましたか、ってお前……」
「?はい」
様子のおかしい銀時の前まで近寄り、首を少し傾ける彼女。
「な……なんだその傷………」
「え?傷?…あぁ!これですか!」
「お前何やってた訳!?」
銀時がわなわなと震えながら人差し指を彼女の顔に向ける。当の本人はきょとんとした後すぐに笑い飛ばしているが、女性にとっては死活問題と言っても過言では無い事が彼女の身に…いや、顔に起こっているのだ。
白いモチ肌の右頬には何かに引っ掛かれたような傷跡。よくよく見てみれば、左目の横は赤く腫れているようである。
女性が顔にこんな傷を作ってしまうようなイベントなど、果たして日常にあるだろうか?
顔が変形するほどの怪我ではないが、見てて痛々しいに変わりは無い。しかしの所、怪我をした本人がケロリとしていて見かけた銀時の方が騒いでいるというのはおかしなものである。
「やだなぁ、こんな怪我は日常茶飯事ですよ」
「日常茶飯事!?」
「まぁ気になさらないで下さい」
いつまでもニコニコ笑っている緋村はどうやら本気で怪我の事を気にしていないらしい。まあ確かに真撰組という職業上、彼女の言う通り怪我は日常茶飯事かもしれないが、若い女がおおよそつけようのない場所に怪我をされては、何故か銀時の方が戸惑った。彼女が持っている袋から湿布や包帯などといった救急セットが見えていて、銀時のその視線に気付いた緋村が「いま丁度湿布切らしてて、だから買いにきたんです」と困ったように笑っていた。
いつもは傷一つないその顔に、今日は特別痛い跡がある事に銀時は顔をしかめる。
「……」
「(あれ?何か怒ってるのかな…?)…あの……じゃあ私はこれで失礼します。湿布買いにきただけなので」
「ちょい待て待て待て……」
自然な流れで解散しようとしていた彼女の腕をしっかりと銀時が握る。そして半ばずるずると引っ張るように近くの公園に向かい歩き出した。全く意味の分からない彼女は頭の上に疑問符を飛ばすが、特に抵抗する理由もないので大人しくしてるあたり何とも彼女らしい。だが突然腕に電気のように走った微かな痛みに小さな悲鳴をこぼした。町の声に掻き消されても不思議ではない小さな声だったが、何故か銀時の耳にはしかと届いた。
「ワリィ、強く握りすぎたか?」
勢いで軽く謝ってみたものの、そんなに強く握った覚えはない。いえいえ大丈夫ですよー、と再び笑っている彼女を連れてひとまず公園内のベンチに座らせる。
「ここ線香花火したところですね」
覚えていてくれた事にらしくもなく顔が赤くなりそうであったが、それを何とか抑え、隣に腰を下ろした銀時はおもむろに腕を出せと言う。それはさっきまで彼が握っていた腕の方であった。
「腕ですか?………はい、どうぞ」
隊服を肘近くの部分まで躊躇いなく捲った彼女は、綺麗なその腕をこのお天道様の下で晒す事になるかと思いきや、そこにも真新しい大きな痣があった。内出血を起こしているのだろうが、まだそれは青というよりも赤く腫れているように見える。どう見ても今日出来たばかりの傷であった。さっきはこの部分を銀時が触れてしまったせいで彼女に痛みが走ったのだろう。
顔と腕に出来たこの傷の数々…。刀の傷ではない。腕の傷は打ち身のようにも見える。傷と彼女の顔を交互に見やりながら、銀時は脳内に浮かび上がったこの傷の理由を何度も振り払おうとしていた。
「………お嬢さん喧嘩でもしました?」
「!何で分かるんです!?」
「喧嘩したのか!!!?」
「はいっ!しました!」
「そんな爽やかな笑顔で言う事じゃねーから!!!」
まさか当たってしまった銀時の予想。顔の傷の原因がそんな物騒な内容だとは思わず、なんとも捻りのないツッコミしか出来ない。
「誰と喧嘩した訳!?」
と聞く銀時に対し、
「沖田隊長です」
と純粋無垢な笑顔を向ける彼女。「恐ろしい子!」と銀時が叫んだ。
「あのサド王子とよく互角に戦えるな…」
「喧嘩って言ってもあれは稽古の延長線上です。今日は只木刀じゃなくて模擬刀でやり合っただけの話ですよ」
「それ笑顔で言うような事じゃねーから!」
ここでようやくさっきの隊士達の話の内容に合点がいった。アレという言葉が指していたのはこの事なのだろう。確かにここまで傷が残る"喧嘩"なら話題にもなる。
まあ銀時の隣に居る彼女は、今回の事がそんなに話題になっているとは微塵も知らないだろう。
「いたたた…」
「……」
湿布を貼って、やりにくそうに包帯を肘部分に巻いている彼女を銀時は黙って見やる。
数日経てば彼女についた傷も治りはじめて跡も残らないようになるだろうが、こうも無頓着すぎるとこの先怖いものがある。我が身の大切さが分かっているようで分かっていないというか、戦うという能力には長けていても、今一危機管理がなっていない。
そう考えれば考える程、なんとも言えないモヤモヤが銀時の胸に巣食った。