夜から貴女へ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
男女賑わう声が所せまし行き交う様子は、彼女がこの前スナックすまいるで遭遇したどんちゃん騒ぎに似ていたが、高天原の方が少し品があった。それでも、楽しそうなのに変わりはない。
店内の端の方に寄り、ボーイのふりをしてあちらこちらに視線を飛ばす緋村の目に、今の所不審者はうつっていない。耳につけているイヤホンからもこれといった緊急的な指令は無い。
こうやってスーツを着て、後ろで手を組み仕事をしている様子は、普段の隊服と違って神楽の目には格好良く見えて仕方なかったのだろう。神楽は新八から奪い取ったカメラで、柱の角から緋村の写真を数枚撮った。
「神楽ちゃんそれどうする気…」
「糸ファンに売り付けるネ!」
「そんな人たちが居るの?って、凄い身近に居たの思い出した…」
「?」
今頃控室でぐーたらとさぼっているオーナーを思い浮かべて、新八は溜息をついた。
仕事の邪魔にならないように緋村と同じく隅に寄りながら、狂死郎の様子を観察してみる。
それはもう立派に仕事をしていて、女性客が満足したように酒を煽り話に花が咲いている。
彼自身も母親に理解を得てから、以前よりいきいきとしている様に見えた。これなら心配も無さそうだね、と目を合わせて笑いあった時背後に立つ1人の気配。神楽からカメラを取りあげて、勝手にデータフォルダの写真を見てきたのは沖田であった。己の部下が何枚かうつってるのを発見して「肖像権は守ってもらおうか」等と言ってくる。
「真撰組だけ糸を独り占めするなんてずるいアル!写真の一枚や二枚でケチケチするなヨ!」
「独り占めなんて誰もしてません~って言うかしたくもありません~」
「なら万事屋に寄こせヨ」
「それは無理な話でさァ」
俺達の仕事の邪魔するなら帰りなせェ、といつもさぼってばかりの沖田に言われても何も響かないが、熱心に仕事に励んでいる彼女を見れば、今日は退散した方が良いのかもしれないという気もしてくる。
いつも新八達に向けているのとは違い、相手の容姿だけではなく中まで探ってくるかの様な目線は、思わず女性である事を忘れてしまうぐらい鋭かった。惚れ惚れするぐらい模範的な勤務態度ではあるが、新八と神楽と目が合えば、すぐに警戒と表情を解いてにこやかに笑い手を小さく降ってくれた。
「ヤベ、あいつ俺に気があるんだ、困りやしたねィ…」
「あんたの頭の中が困った状態だよ」
どこまでも不真面目な態度を貫く沖田の補佐代わりに、きっと彼女が選ばれたのだ。そうでなければ、女性がホストとして潜入するなど聞いた事もない。
――沖田隊長、万事屋さんの邪魔をしてはいけません、すぐ持ち場に戻って下さい、どうぞ
「了解しやした、どうぞー」
――って何処に行く気ですか!!
「倉庫に保存してるドンペリを飲みに?」
――どこを持ち場にしてんですか!あ!ちょっと!!!
彼女の制止も聞かず、沖田はのんびりと歩きながら店の奥へと消える。
あまりに緊張感のない隊長に、彼女は腕を組んで周りを探る視線が二割増しに鋭くなった。御立腹の様である。
不甲斐ない上司を持つ者として、彼女の苦労が分からなくもない新八が今日で何度目になるか分からない溜息をこぼした時、幾つかのワイングラスが割れる音が店内に響き渡った。
騒がしかった声は嘘みたいに止まり、甲高く割れた音の余韻だけが耳に残る。緊急事態か、と彼女も新八達も身構えたが、どうやらボーイがトレイから落としてしまっただけで、数秒後には何事もなかったかの様にさっきまでの賑わいが戻って来た。
内側に隠していた短刀に手をのばしていた彼女がホッと息を吐いたのも束の間、入口の方から女性の金切り声が聞こえ、数十人という柄の悪そうな天人がゾロゾロと入ってきた。
数日前、資料として渡されていた写真の天人と顔がほぼ一致して、彼女は奴らと対峙する様にして立っている狂死郎の隣へついた。客の誘導は店の人間がしているので、ここは彼の護衛についた方が良いと判断した。
真撰組の破天荒コンビと山崎がここに派遣されたのは、この柄の悪そうな天人達を検挙する為。歌舞伎町を利用し薬をさばいているという情報は掴んだのだが、証拠が取れず、踏み込めずに地団太を踏んでいた状態で高天原から協力の許しが出たのだ。店としてもしつこい天人を一掃してもらえるし、真撰組としては犯罪を起こされる前に検挙出来る。互いに損は無い関係で、この潜入捜査に踏み切った。
捜査を始めて3日目、やっと出てきた奴さん達を前に彼女は狂死郎へ静かに話しかけた。
「こいつ等で間違いありませんね」
「ええ、断ってもしつこくやって来るんです。これほど強引に入って来たのは初めてですね…」
「そろそろ力で物を言わせようとしてるのでしょうか……。…でも騒ぎを起こせば役人には引き渡せます。ただ真撰組としては決定的証拠を捉えないと検挙出来ないんです。……狂死郎さん、私のお願い、聞いてもらっても良いですか?」
客の避難がだいぶ終わって、嘘みたいに静かになった店内で彼女は狂死郎の耳に口を近付けて”お願い"とやらを提案した。それを聞いた途端「危ないです!」と目を見開く狂死郎に対し、彼女はニコリと笑った後すぐに鋭い視線を天人達に向ける。
「あぁ?なんだその生意気な奴は」
「どーも~新入りのボーイ兼ヘルプ要員です~」
中世的な顔立ちではあるが、スーツとこの場所のせいで「綺麗な男」として見えなくもない緋村が、目は鋭いまま口元に孤を描いて狂死郎の前に立つ。
店内を見下ろせる階段の上から見える光景は、客やボーイが逃げ去ってガラリと静かなものだ。しかし、たった一人臆した様子もなく噛みついてくるホストを前に親玉らしき天人はいやらしい笑みを浮かべた。
「お前根性あるな」
「それはどうも。ですがお引き取り下さい、高天原は薬に手を染めません」
「"薬”つったら聞こえは悪いが、こらぁ医療用のものだ。人体に悪い影響は無いどころか、体調が良くなるイイ薬なんだよ」
「へー、そうなんだ」
「お前が試しに飲んでみるか?」
「飲んだらどうなるんです」
「イイ思いが出来んだよ」
「俺達と一緒に遊ぼうや可愛い兄ちゃん」
「ああ、そうなんですか」
飄々と言葉を受け流す彼女の事を”真撰組隊士"とはまだ気付いていないらしい。攘夷派との繋がりもあると土方が言っていたこの輩達を、どうしても逃がす訳にはいかなかった。
「じゃあ私もついて行っちゃおうかな」
天真爛漫な笑みと共に出てきた大胆な申し出に、一瞬天人達の動きが止まった。まさか誘いに乗ってくるとは思わなかったのだろう。
一ホストにしては肝が据わってる様子に嫌な勘が働いた。
「……テメェなにもんだ?」
「ここの従業員ですが、何か?」
「………ホストってのも物騒になったもんだなオイ。懐に隠してやがんのは何だ」
「あら~見つかっちゃった~」
せっかく彼等のアジトまで行ける所がまさかの大失態。しかし彼女は顔に笑みを張りつけたまま取りだした短刀を床に滑らせる。それは柱の角から行方を見守っている新八達の足元まで届く。
彼女が武器を持っていないと確かめた瞬間、天人達は「ついてきな」とだけ言い残し踵を返す。思わず作った小さなガッツポーズは、新八達からしか見えなかった。
「ちょっとどうするつもりですか!」
小声で狂四郎が彼女を止めた。
「アジトに乗り込んで壊滅させてきます。それよりお願いします。まずは1人で行ってくるんで、沖田隊長達に伝えて頂く件は任せましたよ」
真撰組としてこの好機を逃す気が無いらしく意気揚々に無線を置いて襟を正し、天人達の後に続いた。
「ではちょっくら行ってきます」
狂死郎そして角に居た新八達に可愛らしく手を振ってから、緋村はこの場を後にした。
3人の間に流れる、微妙なこの空気感。それを読まずに入り込んできたのは、倉庫に引っ込んでいた沖田であった。
「やけに静かですねィ」
「何やってたんですか沖田さん!緋村さん行っちゃいましたよ!?」
「マジですかィ。でも大丈夫でさァ」
「大丈夫って…」
何を根拠に言っているかは分からないが、取りあえずこの余裕ぶりを見る限り心配は無いのだろう。
どうやって彼女の後を追うのかと聞けば、胸元についてるピンバッジにGPS機能がついてるとの事。山崎が今それを調べているらしく、抜かりない流れに思わず沖田を見直したのも束の間、欠伸をしながら呑気に出てきた銀時の一言で場が凍りついた。
「控室に誰かのバッジ落ちてっけど、あれ誰の………って何?この空気?え?俺なんか悪い事言っちゃった?」
「…………山崎、位置確認出来やしたかィ」
――えーっと……あれ、糸ちゃん、まだ高天原の控室に居ます?
「……土方さん達に応援要請お願いしやーす…」
え、どうしてですか、と無線から聞こえる何も分かっていない山崎の声だけが、妙に平和な色を帯びていた。