進め女王!
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1日も満たない時間を過ごした2人は、夕焼けが落ちる様子を並んで座って眺めている。下でうごめいているサイレンの音は不思議と耳に入らなかった。
濃いオレンジが空に広がっているのを、そよは顔を上げて見ていた。城から見る景色とはまるで違っていた。空気も風も広さも、外に出て感じた方が想像よりずっと綺麗だと心の底から思えた。もちろん自然だけじゃなくて、神楽にも歌舞伎町の色んな事を教えてもらって、教育上よろしくない場所があったとしても2人は無邪気に笑って歩きまわった。
友達、と呼べる存在が自分に出来るなんて思ってもいなかったそよは嬉しくて小さく笑った。
「そう、私たち友達です。でもだからこそ迷惑かけたくないんです」
「!」
「ホントにありがとうございました女王サン。たった半日だったけれど、普通の女の子になれたみたいでとても楽しかった」
立ち上がり頭を下げてから、そよは神楽から離れていく。
「待つネ!ズルイヨ!自分から約束しといて勝手に帰るアルか!私もっと遊びたいヨ!そよちゃんともっと仲良くなりたい!ズルイヨ!」
神楽の口から"友達"という言葉が出たのが嬉しくて、笑おうと努力すればする程視界がぼやけたが、そよはぐっとこらえて最後は姫らしく凛と背筋をのばす。そして初めて出来た友達を泣き笑いの顔で振り返った。
「そーです、私ズルイんです、だから最後にもういっこズルさせて下さい。…一日なんて言ったけど、ずっと友達でいてね」
その言葉に神楽はどうしても声が返せなかった。当たり前だ、と強く言ってやりたかったのだが、声を出すより先に涙腺が決壊しそうで、泣き顔だけは見せまいと口を噤む。その情けない表情にそよは綺麗に笑ってくれた。また会おうねと心の声がどうか神楽に届く様に、今は只笑顔でお別れを。
「…遅いですね……何処か別の場所に逃げちゃったかな……」
「そしたら緋村切腹だから」
「神楽ちゃぁぁああああん!!早くしないと私殺されちゃうよぉぉおお!!!!」
土方から堂々と切腹宣言を言い渡されてしまった緋村が懸命に姫返却を神楽に叫ぶ隣で、沖田は再びバズーカを担ぐ。恐ろしい事に照準は神楽とそよが居るであろう場所に向いていた。
「駄目です沖田隊長!!!」
「大丈夫でさァ。俺は昔百発百中のスナイパーの友達の友達だったんですぜィ」
「それ最早只の他人です!隊長の命中率とは何も関係ありません!!」
ギャーギャー騒ぐ我が部下に土方が呆れていると、屋根から何かの影が出てきた。目を細めながら彼らが見上げれば、そこには此方を見下ろしているそよが居た。
「今から降りますね」
「え!?ちょ、ちょっと待ってて下さい!私たちがそっちに行きますから!!」
しかし彼女の言葉も虚しく、城を1人で飛び出たそよの行動力は運動力にも比例していて、真撰組が一応立てかけていた梯子に足をかけて易々とおりてくる。そして緋村の前に立ち、礼儀正しく頭を下げた。
「迷惑をかけてすみませんでした…」
「顔を上げて下さい。御無事で何よりです。ね、局長」
「糸の言う通りです。…今は取りあえず城へ帰りましょう」
山崎がまわしてくれたパトカーの助手席に土方が座り、後部座席にそよを乗せてから近藤も乗り込んだ。その間神楽は顔を見せず、車がようやく走り出した頃に、軽々と飛び降りてきた姿がミラー越しに見えて思わず振り返る。沖田と顔を合わせるや否やメンチを切り合う2人の間で、緋村がまぁまぁといった風に宥めている。
小刻みに揺れるパトカーが進む度、胸を圧迫する「ごめんなさい」という気持ちから自然と溜息が出てしまった。
「……きっと色んな人に怒られますね」
「みな心配しての事ですよ」
優しい近藤のフォローにようやく顔が緩んだそよは、窓に流れている江戸の景色をしかと目に焼き付けていた。今度はいつ遊びに来れるか分からないが、もし機会が巡ってきたのなら自分から神楽に会いに行ける様に、建物や道を覚えておこうと思ったのだ。
そよが昔、今よりもずっと幼かった時、緋村糸という女隊士に会う前に先に心を開いた役人が居た。あの時は何分幼すぎたので記憶が入り混じり、出会いも別れも曖昧でよく覚えていないが、いつも優しかった事だけは覚えていた。飽きもせずあやしてくれて、護衛の最中に暇さえあれば話相手になってくれていた。その人物に緋村が似ていたから、そよはあの女隊士に心を開いたのが早かった。
「……土方様」
「はい」
「あの……緋村さんをあまり責めないであげて下さい」
「……と言いますと?」
車は赤信号に差し掛かり、角を曲がる寸前で停車した。
「えっと……緋村さんが神楽ちゃんに言ってたのがたまたま聞こえちゃったんです。”時間は稼いであげるから、姫様と別れの時間をあげる"って…。それって、きっと真撰組の立場からしたら…しょ、職務怠慢とかに…なってしまうんですよね…?わ、私としてはその時間がとても有難かったんです!だから、例えそれが真撰組としてはいけない事だったとしても、私に免じて…許してあげたりは出来ませんか……?」
「あはは、糸ちゃんそんな事言ったんだ」
運転席に座る山崎が笑えば、笑い事じゃねぇよと土方が鋭い声で呟いた。
緋村がした事は"人"としては確かに良い事かもしれないが、真撰組という立場に居るのなら姫を保護するのが仕事。それを自ら突き放すような真似は到底許される筈もなかったし、彼女自身、何かしらの罰が下るのを承知でやったのだ。幾らそよからの懇願があろうと、土方はお咎めなしで今回の事を流すつもりは無かった。
「緋村さんは、私が必ず帰ってくると信じてくれたんです…」
「……近藤さんはどう思ってンだ」
やがて信号が青に変わり、徐々に動き出す車のミラーに角から飛び出してきた神楽が映った。息を若干切らし、そよの乗る車を見つけた途端に小さな腕を目一杯振っている。そよは振り返って、狭い車内を気にする事なく泣き顔で振り返した。泣くまいと強がったが、別れはどうしてもつらくて、その年相応の反応に近藤は優しい笑みを浮かべていた。
しばらくすれば、追い付いた緋村が、同じくして半ベソの神楽の顔を覗きこみ「よしよし」と頭を撫でている様子もかろうじて見えた。そよが好きだった例の役人に似た撫で方に、遂に涙が一筋零れてしまった。
「ありがとう…緋村さん……!」
そよは神楽と、そして緋村が完全に見えなくなるまで手を振り続けていた。
その間に、彼女の処罰は近藤と土方によって決められた。
「……で、どうするよ」
「そうだなあ………俺としては"説教1時間"ぐらいが妥当じゃないかと思うんだが」
笑いながら”説教1時間"という罰を提案を聞いて、サイドミラー越しに緋村達を眺めていた土方も不意に口元を緩めた。
「………俺もそれが良いと思ってた所だ」
その小さな呟きに、近藤と山崎は小さく笑った。
その日の夜、彼女は近藤と土方、と言うよりもほぼ土方から説教を受けた。きっちり1時間あった説教が終われば、心なしかげっそりとしていた緋村だったが「姫様喜んでたぞ」と近藤の優しい言葉に、彼女は驚いた顔を見せたがすぐに口元を綻ばせた。その顔を見るとどうにも甘やかしたくなる近藤は、挙句の果てに「糸は優しいなぁ」と親バカ全開で彼女の頭を撫でる。もう説教が終わった後なので、ゴリラが娘を撫でるその様子に”何も言うまい”と決めて煙草に手を伸ばす。ようやく一段落ついた気がして、一口目のニコチンがやけに美味しく感じられた夜だった。