進め女王!
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「女王サンは良いですね、自由で」
そう語る目はあまりにも諦めた色をしていた。神楽は串をくわえたまま、ぼんやりと静かに話を聞いていた。
「私、城からはほとんど出た事がないから、友達もいないし、外のことも何も分からない…。……でも、友達みたいにお話を聞いてくれる人も居ましたけど」
「もしそいつが連れ戻しに来たら、私が返り討ちにしちゃるヨ」
「お強い方ですよ?」
「歌舞伎町の女王に不可能は無いアル」
とても頼もしい言い方に、思わずそよの顔に笑みが戻る。しかしそれもすぐに消えてしまった。
「私にできることは遠くの街を眺めて思いを馳せることだけ…。あの街角の娘のように自由にはね回りたい、遊びたい」
自由に生きたい。
たった一言が、妙に心に沁みた。
「そんなこと思ってたら、いつの間にか城から抜け出してしまいました」
何気なく町を歩いている神楽でさえ、そよにとっては羨ましい対象になる。それは例の人物然り。例え危険が隣に居合わせようとも、自由に外を歩ける方がそよにとっては幸せだった。
そんな事を言えば、あの人はきっと困った様に笑うのだろうけど。そよは静かに言った。
「幼くて泣き虫だった私の我侭をいつも優しく聞いてくれてたんです。ここ数年ぐらい顔を見てないけど、きっとあの人なら、幕府の命令で私を連れ戻しに来ると思います」
「………」
「…これ以上、周りの人に迷惑をかけてはいけませんね」
「………」
「でも最初から一日だけって決めていた。私がいなくなったら、色んな人に迷惑がかかるもの……」
――ここから姫を連れ出す自信はありませんが、もしそんな日がくれば、江戸の夕日を見にいきましょう。とても綺麗ですよ
「その通りです。さァ帰りましょう」
「!緋村さん…!」
「……探しましたよ、そよ姫」
そよが振り返った先には緋村の姿があった。しかしそれに驚いたのはそよだけではない。
「!!糸!」
「!!!あれ!?神楽ちゃんまだ一緒に居たの……!?」
神楽はそよの右手首を握り、緋村は左手首を掴む。間に挟まれたそよは真撰組に見つかった事でも混乱しているのに、2人が互いに顔見知りであった事にも混乱した。
「もしかして、そよちゃんが言ってた友達みたいな人って……!」
「あ、それは…」
そよが何かを言いかけた時、背後で土方が「確保!!」と怒鳴ったのが分かった。思わずそよの顔に悲しみの影がさし、一瞬だけ、緋村も我に返り力を緩めてしまった。この手が離れれば、きっと自由。それは真撰組隊士にとって抱えてはいけない優しさだった。
「何やってんだ緋村!!」
一向に動かない彼女に土方からの叱咤が飛ぶ。そんな様子を怪訝そうに見ながら、先に行動を起こしたのは神楽だった。そよを引き寄せて、もう片方の手で持っていた傘を緋村目掛けて振り下ろす。神楽が夜兎である事は知らないが、風を切る音があまりに鋭くて反射的にそれを避けたのは正解だった。そよの手は離してしまったにしろ、直撃していたら大ケガは免れない。一見只の傘で真撰組が負ければ世間の良い笑い者だ。
もの凄い音を立てて地面にめり込んだそれのせいで、咄嗟に後ろに避けた緋村の足元までひびがやって来た。サァーと彼女から血の気が失せる。
「さ…流石万事屋さんの一員ですね……」
「もういっちょ行くアルよっ!」
神楽は一旦そよの手を離し、今度は棒高跳びの原理で凄まじい飛び蹴りが突っ込んできたが、緋村はそれを鞘ごと腰から引き抜いた刀で弾き落とした。その瞬間左手に嫌な振動が伝わる。気のせいでなければ、今のは鞘と刀身にヒビが入った震えだった。
このまま神楽の攻撃を受けていれば必ず刀は折れる。それは緋村にとって勘弁してもらいたい所だが、もう一つ、勘弁してもらいたい事があった。自分の手で、そよの自由を奪う真似はしたくなかった。
神楽の打撃を何とかかわしつつ、緋村は一寸の隙を見つけ一気に神楽の耳元に口を近付けた。何かを神楽に伝えた様で、それを聞いた途端少しだけ神楽の目に落ち着きが戻る。
そして2人は距離を取り、淡々とした目つきで抜刀術の構えを取る緋村と、そよを右脇に抱えた神楽。
「あ、アイツ抜刀する気ですぜィ」
「ぎゃぁぁああ糸ちゃんやめてぇぇえええ姫様に当たったらどうすんのォォォオオオオオ!!!!!」
近藤の叫びを合図にするかの様に2人は同時に地を蹴った。互いの目に迷いは無く、間合いに入った瞬間に緋村は躊躇する事なく居合いをくりだした。女とは思えない素早い抜刀ではあるが、戦いにおいては自由型の神楽の方が一枚上手だったらしく、そよを抱えているというのに軽くジャンプするかの如くその一閃を避けた。真撰組に動揺が走ったが、神楽は勢いを止める事なく緋村の頭を踏み台にして後ろへまわる。ふぎゃ、と猫が尻尾を踏まれた時に出す悲鳴を上げて緋村は顔面から地面へ倒れ込んでしまった。
「オイッ待て!!!確保!!」
土方が急ぎ他の隊士に指示を出すが、神楽を止めれる訳もなかった。
「ぬァァアア!!!どくアルぅぅ!!」
「!姫をかかえて屋根に飛び上がりやがったぞ!!何者だアイツ!!」
「…ありゃ万事屋のトコのチャイナ娘じゃないのか?何故姫と」
「さァ」
「!ちょっと総悟君!何やってんのバズーカなんか出して!」
「いや、近藤さんは知らないと思いやすが、あの娘には色々借りがあるもんで」
「待てっ!!姫に当たったらどーするつもりだァ!!」
「そんなヘマはしねーや。俺は昔スナイパーというあだ名で呼ばれていたらいいのにな~」
「おいぃぃいい!!ただの願望じゃねーか!!」
「夢を掴んだ時より夢を追ってる奴の方が時に力を発揮するもんでさァ」
「いやぁああ!!!やめてぇぇえ!!」
「…それにしても……っあははははは!!!チャイナ娘に踏まれるたァ、あんたも災難ですねィ!」
「うぅ、痛い……これ絶対タンコブ出来た………」
神楽達が上った屋根の周りは完全に真撰組が囲んでいて、逃げる隙は無い状態になってしまった。
踏みつけられた天辺をさする緋村に、土方が黙って手を伸ばす。思わず見上げた彼の顔は夕日の逆光ではっきり見えなかったが、体から発せられている雰囲気から良い空気は感じなかった。これは怒ってるのだろうなぁ、とぼんやりとした頭で考えた結果、その手は取らずに自力で立ち上がって足元の砂を払った。
「……緋村、お前…」
「分かってます。後で処罰でも何でも受けますから。……でも、数分の別れの猶予ぐらいあったって良いじゃないですか。…ホントに副長は目ざといなぁ」
「……かわいくねー」
「いだだだだだだ、そこ神楽ちゃんに踏まれた所なんで触らないで下さい!」
「俺だってお前のせいでタンコブ出来たわ!もう二度と運転手なんか頼まねぇからな!!」
「副長痛いですってばぁああ!!!」
呑気ととらえるべきか余裕ととらえるべきか、屋根下から聞こえる真撰組の騒ぎ声を貯水タンク付近で聞いていた神楽は呆れた顔をしていた。
「か、神楽ちゃん……私きっと降りた方が良いと思うの。じゃないと神楽ちゃんまで迷惑が…!」
「迷惑違うヨ。約束したアル、今日一日友達って。友達助けるに理由いらないネ、それが江戸ッ子の心意気アル」
「………」
「まだまだ一杯楽しいこと教えてあげるヨ」
幼くとも、そよは自分が居る立場をよく分かっている。打ち首なんて事は無いだろうが、罰が課せられるのなら”説教1時間”の様な可愛らしいものの訳がなかった。