ゆびきった!
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「あ」
「あ」
そして、昨日の銀時の予感は的中した。
「昨日ぶりですね」
「そだな」
町の風景はいつもと同じだというのに、銀時の前に立っている彼女だけが少し違った。見慣れないその格好に多少なりとも驚き、それでも違和感なく飲みこめた思い。
そういやこいつ女だったな…。
彼女にとってはあまりにも失礼なので、口から出さないように気をつけた。
つまりの所、似合ってる、という銀時の照れ隠しなのだ。
「お仕事帰りですか?」
「まぁそんなトコ。只の猫探しだったけどな。……お前は?」
「私ですか?」
いつの間にか2人並んで歩き、それこそ違和感ないその空気に浸りながら彼女はフと小さく微笑んだ。その横顔がどこか儚かった。
銀時の脳裏に、あの夏の日に台車を引っ張っていた時が思い出された。炎天下の下、人もあまり歩いていない道で緋村はこんな風に笑っていたのだ。それは、銀時が嫌いとする彼女の笑い方。
寂しい、と横顔が言っているような気がした。
「緋村!!」
「!」
思わず名を呼び、肩を引き無理矢理自分の方を向かせた銀時。驚いたように目をパチパチさせて見上げる彼女を前にようやく我に返り、「何でもねぇ」と手を放し少し早めに歩き出した。
「あ、ちょっと待って下さい!」
遅れながらも彼女がまた隣に並べば「どうしたんですか?」と心配の声。まさか、あの表情に焦ってしまった等銀時が言える筈も無かった。自分の知らない遠くを見つめているようなあの顔を、銀時は只見たくないだけだ。
「……坂田さん」
「あ?」
「ちょっとだけ、お話聞いてもらえますか?」
口元に弧を描き緋村は目を細める。
いつもとはまた違うしっとりとしたその雰囲気に、銀時は茶化す事などできず素直に首を縦に振った。そうすれば、より一層彼女の笑みが濃くなった。
「今日ね、会いにいったんですよ」
「会いに……?」
彼女は銀時を見て頷いた。
「本当は、顔見た瞬間にぶん殴ってやろうかと思ったんですけど、実際そんな事出来ないものなんですね。情けない事に固まっちゃって、結局なにも出来ずじまいです」
2人はいつの間にか河川敷を歩いていて、夕暮れ前の光が水面を眩しいくらい光らせている。チラチラと揺れるその光に若干目を細めながら、静かなこの道で銀時は彼女の話しをしっかりと聞いていた。
それが一体どういう意味なのか、彼女はどこに行って誰に会ったのかを聞く程子どもではない。今は只、黙って話を聞いてやるのが彼女の為になるのをよく分かっていた。
「今までの事を色々思い出して、ちょっと泣きそうになって、でも何とかこらえました」
それは、その時の彼女の頑張りだった。
「俺の事を憎んでいないのかって聞かれて正直に答えてきました。貴方がとても憎いです、って」
それは、彼女の本当の気持ち。
「だから私聞いてみたんです。貴方はどう思ってるんですか、って。そしたら"後悔してる"って答えたんですよ?後悔するぐらいなら、最初からしなければ良かったのにね」
それは、彼女なりの精一杯の皮肉。
「でももう良いんです!相手と私のつながりはもうお終い!」
寝不足気味なのか欠伸を一つだけして、それから「ふぅっ!」と意気込み、銀時の一歩前に出る。
そして振り返った時、彼女はやっといつもの笑みを顔に戻していた。
「ありがとうございました!坂田さん!!」
水面の光はやはり眩しく、目を細めなければいけないのだが、それすら惜しく感じるぐらい彼女は綺麗に笑っていて、暮れ始めた空の色によく馴染みなんともいえない暖かさを持っていた。
「……おぅ」
そして銀時も小さく笑い返した。それを見た彼女も至極満足そうにまた笑ったのだ。
半歩先を歩き出した彼女の隣に何気に並び、ちらりと何気なく盗み見をしてみれば彼女の横顔は何処か吹っ切れたようだった。今日を向かえて、ようやく彼女の復讐の念は完全に断ち切れたのだろうか。確実なのは心の負担は減ったに違いない。
となれば、これから頑張らなければいけないのは銀時の方であり、ぽりぽりと頬をかきながら気付かれないように小さくため息をついた。
「(今はまだ"さん"付けでも良いか……)」
先の見えない無限の時間を、これ程ありがたいと思った事は無かった。銀時は今すぐにでも手が届きそうな距離をなんとかこらえ、焦らず、彼女の内側へ入っていけば良いと考えた。
「さて………頑張るか…」
「?何をです?」
と言う事は、彼女を取り巻いている"真撰組"という過保護で心配性で出刃亀で親よりもややこしい壁を何とかしなければいけないのだが、それはまた、機会を狙ってぶち壊していけば良いと物騒な考えを持っていた。急に腹黒く笑い出した銀時に首を傾げながらも、彼女はクスリと笑った。それは、本当に感謝の意を表しているような笑顔。
銀時が思っているより、彼女はずっとずっと銀時に感謝していた。
ちょうど土手道も終わり、彼女はここで別れようと声を発しようとするが、何故か銀時が自分の行きたかった方向へ迷いなく歩き出す。立ち止まっている彼女が「坂田さん!」と背中に声をかけるが「んー」と間伸びた返事が聞こえるだけで彼の足は止まらない。
「万事屋の方向はそっちじゃなくてこっちですよ?」
「んな事ぐらい分かってらぁ」
「じゃあ、何でその道に…」
その道から万事屋に帰れない訳ではないが遠回りも良いとこで、散歩でもしたいんだろうか、と彼女が考えた所で銀時がポツリと呟いた。
「兄貴ん所に行くんだろ?」
その言葉に彼女は思いがけず衝撃を受けた。
何故分かったのか?
そんな心情を胸に抱いてみれば、彼女の視界にはいつの間にか銀時しか写っていなかった。周りの景色も一瞬消えて、銀髪をガシガシ掻きながら歩く彼の背だけを見ていた。
それから目に見えぬ力に引っ張られるように走り出し、彼の隣に再びついた。顔を見てみても前ばかりを向いていて彼女を一向と見ようとしない。
彼女もまた前を向き、そして「あははっ!」と堪えきれなくなった笑みを零した。
「んだよ」
顔をしかめてようやく見てくれた銀時に、彼女はまた天真爛漫な笑みを送った。
「坂田さんは凄いですね」
「んぁ?」
「なんか凄いです」
「どう凄いんだよ」
初めて会った時は特にアクションも無く終わった。だがそれ以降は厄介事ばかりで、時に食い逃げに近い行動を起こしたりとある人物を血祭りに上げる約束を(一方的に)交わしたり交通法を違反したり…………それでも、その時がどれだけ大変でも、それが終われば彼女はいつも笑っていた。
今回頑張った銀時の為にも、それは銀時が居たからだと思わせてやりたい。
そしてその願い通じてか、彼女は夕暮れに頬を照らしながらこう言ったのだ。
「貴方と居ると、私はいつも笑ってしまいます」
あの時も泣いて泣いて泣いて、それでもその後は結局、涙声で「おなかすいた」と言って、最終的に餡蜜を頬張りながら笑っていたのだ。
「貴方が居てくれて良かったです」
それは銀時にとって、どんな報酬を貰えるよりもかけがえのない言葉だった。
しかし、その言葉にはなんの意味もなく、ストレートにぶつけられた言葉だからこそ期待させるようなものでない事を銀時はよーーーーく知っていた。
「っお前はホントに…!!」
「はい?」
「その天然は誰に育てられてそうなった!!お前の兄貴か!?それともあのチンピラ集団の教育の賜物か!!?」
「なんの話ですか?」
「ガッデム!!!どこまで俺をもてあそべば気が済むんですかコノヤロォォオ!!」
「もてあそぶ?……あれ?坂田さん顔赤いですけど大丈夫ですか」
「夕陽と思っとけバカヤロォォォオオオ!!!!」
銀時の悲痛な叫びが江戸に響き渡る。
全く意味の分かっていない彼女は、急に早足になりだした銀時の隣になんとか追いつき、同じ歩幅で歩きながらひょいと顔をのぞいてみた。赤くなっているのがどうしてか、はたまた本当に夕陽なのか定かではないが、彼女はまた微笑んだ。
「坂田さん坂田さん!」
「あぁ!!!??」
「最後にお話聞いてもらえますか?」
「何だぁ!!!!」
「私この前、お兄ちゃんの声を聞いたような気がするんです」
「それは良かっ……………んん!?」
「"またおいで"って言う声が聞こえたんです」
心底嬉しそうに笑っているものだから、銀時は徐々に落ち着きを取り戻し歩幅も戻って来る。
「あ、いや、でも、信じてもらえなくても別に良い…っ――」
「お前が聞いたっつってんだから、それは本当の事なんだろ」
彼女の言葉を遮って、銀時はキッパリと言った。その言葉に面食らった彼女は大きな目で何度も瞬きを繰り返す。どうやら信じてもらえるとは思っていなかったらしい。
「信じてくれるんですか」
「?嘘なのか?」
「いえ……嘘じゃないですケドも……」
「良かったじゃねぇか」
口の端を吊り上げて笑っている銀時に、彼女は今日何回目か分からぬ可愛らしい笑みをこぼした。
「やっぱり貴方が居てくれて良かったです」
やはりその言葉は純粋で、他の感情はまだ交じっていないのだが、それでも銀時は今度こそ「どーも」と満更でもない顔で言葉を返したのだった。
墓を参れば、2人は程無くして別れ、銀時は万事屋に、彼女は屯所へと帰っていった。
銀時が帰れば「どこほっつき歩いてたんですかぁ!!」と割烹着の似合う新八からのお叱りを受けた。それに対し「散歩だ散歩!!」と無難な言い訳を言った。
彼女が帰れば「おかえり」と門番からの言葉を受けて、宴会のように騒がしい晩御飯へと(沖田の手により強制的に)もつれ込んだ。弱肉強食の世界なので、伸びてきた手におかずを取られ「今取ったの誰!!?」と角を立てながら叫んだ。
何気ないその日常が戻ってきた事を喜ぶように、夜空の星が代わりに瞬いた。
おかえり、日常。