ゆびきった!
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「初めまして、緋村糸と申します」
第一印象は、一体なんだっただろうか。
季節がいつだったとか、何月だったとか、はたまた何日何曜日何時何分何秒だとか細かい事など覚えていない。というか特に何も思い出せない。
そう考えると、アイツとの出会いが俺に何か大きな衝撃を残させたのか、本当に、あの時の情景が霞んで微塵も思い出せない。只、検問のチェックシートを持って佇んでいたアイツの姿だけは、やけにはっきりと思い出せた。
今より少しだけ背が小さくて、それでも真撰組の服を着ている事に関しては大きな違和感を持つ事はなかった。男ばかりのあの窮屈な場所で、どこからどう見ても女のコイツが、どうやって過ごしているのかには興味が持てた。
緋村糸という女と初めて出会ってから、神様の思し召しというか、街で何かと会う機会が増えた。その度に俺はアイツの事を知り、屯所での生活ぶりも自然に察するようになった。
まず、アイツはそこら辺の女とは少し感覚がずれているように感じる。女らしくないと言ったらそれまでだが、甘えが無いというか、こっちに甘えさせてやるという行動を自然に許してくれない奴なのだ。天然タラシのお陰で俺は何度も弄ばれている訳で、それでも本人に悪意なし。(真撰組の育て方が間違えたのかはたまた例の兄のせいか……)
それでもあの笑顔で許してしまうのだから、まぁ、俺がとやかく言う資格はない。
アイツが初めて人を斬ったであろう翌日に、俺たちは街中で会ってしまった。男とは違う自然と滲み出るあの優しく女らしい笑い方は割と好きだったのに、その日の緋村は少し冷たさを含んだような笑い方をしていた。それが凄く嫌だったのを、俺は鮮明に覚えている。
別にアイツに人を斬らせた真撰組に怒っている訳ではないし、緋村に対して軽蔑した訳でもない。只、別れ際に見たあの小さな背中が泣いているように見えて、それだけが、俺は嫌だったのだ。
「(あー、すっかり暗くなっちまったな……)」
思えば、あの頃にはもう惹かれ始めていたのだろうか?
「(そこら辺はあんまり思い出せねーな……)」
それからというもの、誰かに謀られているのではないかと疑ってしまう程、緋村とバッタリ顔を合わせる事が増えた。たまたま行った茶屋の前で鉢合わせた時は、アイツが女らしさをあまり持ち合わせていない事がよーく分かった良い機会だった。
めんど臭いから髪を刀で斬る?
服の持ち合わせがないから着流し一枚?
何でじゃァァアア、と何度も突っ込んだ覚えがあるのは気のせいか……?
「(いやいや絶対気のせいじゃない)」
そこで、ちゃんとハサミ切れいや寧ろ俺が切ってやる藤色の着物はどうだ、と色々口出しした覚えもある。うん、その事に関しては忘れようか。
「(………あ、この時からか)」
そうだ、この時だ。先に食べ終わっていた緋村がいつまでも座ってたから、俺は少し嫌味を含めて「隊士がこんな所で油を売ってて良いのか」と言った時、それを嫌味と知ってか知らずか、アイツはこんな事を言ったんだ。
「だって坂田さんまだ食べてるじゃないですか。1人より2人の方が良いでしょう?」
なんの恥ずかしげもなく、それこそ俺とは違う裏も表もないその言葉にやられたと言っても過言ではない。
緋村糸が存外素直な人間である事を、俺は知り始める。後日会った時、俺の助言通りに髪を切ってた時は結構ビックリした。
人を斬ったであろう翌日に会った日以降、緋村は会った時には必ずといって良い程笑顔だった。真撰組隊士と言えど俺から見たら餓鬼んちょにしか見えない時もあり、子ども特有の純粋な笑みを見せられる度、俺はやっぱり惹かれていたらしい。1人より2人の方が良い、といったアイツに、唯一の女隊士という珍しさの興味なんかじゃなくて、人間として気にかけていたのかもしれない。
笑っていてこそ、緋村という女なのだと思わされるぐらい、裏表ない笑顔を見せてくれる奴だった。
それでも、徐々に緋村を知る度、俺は真撰組と俺との距離をも理解してくるようになった。
クソ暑い夏の日、どういった経緯があったかは覚えていないが、昼間の公園で緋村と線香花火をした事があった。幼い時に一度だけした事がある、と言った緋村。それは今思えば、兄とした思い出の一つなのだろう。アイツはどんな思いで線香花火を見ていたのだろうか。その時の記憶はもう曖昧だ、とか何とか言ってたような気がするけれど、きっと、兄の存在は確かに思い出していたに違いない。
でもその頃の俺は無知そのもので、これ以上アイツの中に踏み込んでくるな、と言う沖田の気持ちなど少しも理解してやれなかった。
でも今なら分かる。
緋村と線香花火をしたあの公園で、沖田がまるでこの世には存在してない何処か遠くの人物に言っているようなあの言い方。
それが気にはなっていたが、如何せん何も知らない俺はその意味が全く分からなかった。
俺達だって、頑張ってんでさァ
色んな事を思い出しているようなその言い方が、酷く不快だった。
俺は緋村の事を何も知らないのだと思い知らされてるようで、それから、そこへ踏み出す度胸がない俺に嫌気がさしたのだ。
それでも俺は無力さに打ちひしがれる程出来た人間ではないし、相変わらず緋村との遭遇は続いた。
時に"ふんどし仮面"について話を聞かれる事もあれば、幽霊騒動、スクーターをひったくられそうになった時もあった。勿論それは話の流れ上仕方ない事だったが、今思えば二人乗りの危険運転にはじわりと冷や汗が出る。
――坂田さん!もう少しスピード上げてください!追いつけません!!!
――あ゛ー!?おま、これでも結構スピード出てんだからな!!
――やっぱり私が運転変わりますってばーー!!!
――だから揺らすなァァァアア!!!!
――一般人の貴方に怪我されたらどうすれば良いんですか!!だから降りて下さい!!
――怪我なんかしねぇっての!良いから大人しく捕まっとけ!!
――えぇ!!??なんて仰ったんですかぁ!?
――何で肝心な事ばっかり聞こえてねーんだよこのすっとこどっこいはァァアア!!!!
そんなスクーター上での会話が思いだせる。アイツは一般人の俺が怪我されたら困るとか何とか言ってたが、こっちからしたらお前が怪我された方が困る。内心ヒヤヒヤしながらスピードを上げていたなど、アイツはきっと知らないのだろう。
「(変な所で鈍いしな、アイツ)」
人の心情が全く読めないという事ではないのだろう。只、一部の感情に対しては真っ白というかなんというか……。取りあえず俺がこれから苦労しなければいけないという事は何となく分かる……。
これも詳しい日にちは覚えてないが、兎に角やたらと暑い夏の日(あ、幽霊騒動の後か…?)、屯所で大量にもらったスイカの台車を引っ張って、緋村と並んで歩いていた時があった。途中あまりの暑さにアイスキャンディーを食いながら歩いていた。夏の日差しの下で笑っている緋村がなんとも言えず眩しく見えた等口には出せない。
地面からモワモワと何かが沸き立って見えるような道をゆっくりと歩き、緋村は青い空に大きく膨らみ続けている入道雲を楽しそうに見上げていた。汗が若干伝っている横顔を見ながら、俺は入道雲のようにふくらむ思いを何とかして抑えたものだった。
その時の俺が変に落ち着いていられたのは、きっと、緋村の様子が少し違って見えたからなのかもしれない。表面上ではいつものようにニコニコと笑っていたが、心の奥底では何かを堪えているような、兎に角俺が全く知りえない思いがあった訳で。
夏というのは騒がしいイメージがある反面、どこか物寂しげな空気も作ってしまうから不思議だ。
残暑、俺は緋村に兄という存在が居て、その人物が数年前に亡くなっていた事を知った。
俺が踏み出せなかった一歩をようやく実現してみれば、そこには緋村を想う沖田の姿があって、深い絆を持つ真撰組という組織があって、恐らくは俺が安易に近づけるような距離感では無い事が分かった。
それでも、1人より2人の方が良いと言っていたそいつを見放す事など出来る訳がなかった。
人を斬ったであろう翌日に見つけてしまった背中と、悲しみやら何やらに支配されて混乱し、街中で泣いているように見えた背中は不意に重なって見えた。その時にそいつの肩を強く引いたのは紛れもなく俺自身だ。
「大丈夫ですから!少しほっておいて下さい!!!」
初めて聞いた緋村の荒げた声。
それはイライラに交じり、只の泣き声のようにも聞こえたのだ。
1人より2人の方が良いと言った言葉は、恐らく兄を亡くした事への想いも詰まっていた。
俺は、真撰組と緋村の馴れ初めはまだ詳しくは知らない。どんな事があって出会ったのかなど、知らない。
それでも知らないからこそ、本当に、只単に緋村が寂しくて心の中で泣いてきたのだと思えた。
「ほら、俺、アイツの事好きだし」
その言葉は、嘘ではない。
だから俺は、アイツが泣きたい時には泣かせてやれる場所になってやれたらと単純に思えた。寂しいという気持ちが吐き捨てる場所が無いなら、俺がなってやれたら、と。
1人より、2人の方が良いに決まっている。
「(伊達に万事屋のオーナーとかやってねぇしな)」
好きな女の為なら何でもしてやりてぇって思うのが世の理だ、ってかの徳川将軍も言ってたような気がするけどやっぱり気のせいだ。
でも俺は少なくとも、緋村という相手に対しては、そう思う訳だ。
だからさっき緋村が泣いて、散々泣いた後に涙声で「おなかすいた」と言われた時は思わず笑った。
あいつの心の中で、親のように育ててくれた兄の存在は何よりも大きく、だからフと寂しさを思い出す時があれば俺が傍に居てやれば良い。(真撰組になんか負けるか)
腹が減ったと言う緋村を連れて俺のいきつけの店に行った時、銀さん女を泣かしちゃいけねーよ、と店のオッサンや女将に口うるさく言われたが、それに対しアイツは小さく照れたように微笑んで「違いますよ」と弁解してくれた。
――彼の前だから、泣けたんです。それは良い意味でですよ?だからそう言わないであげて下さい。
アイツは、とことん(無自覚に)俺を振り回すのが好きらしい。お熱いねお2人さん、といって茶化されれば緋村は意味が分かっていないのか顔をキョトンとさせて軽く首を傾げていた。これ以上事態をややこしくさせない為にもさっさと甘味を頼んで、珍しく誰もいない店内で食べていれば、緋村が三口食べたあたりで俺を見る。
目をまだ少し赤くさせて、それでも微笑まれれば可愛いと思ってしまうあたり俺は重症だ。
――ありがとうございます
色んな意味を含めたその感謝に、俺は「おぅ」とだけ返しておいた。
それから今は別れ、暗くなるのが早くなってきた道を歩き1人万事屋を目指す途中。転がっている石を何気なく蹴りながら、明日もアイツと会うような気がしてならない予感を感じ取っていた。
緋村よりも先に食べ終わった俺は、ゆっくりと食べていたそいつにこんな事を言われた。
――あ、もしかして何かお仕事とかあったんじゃないですか?
いや、別に無ェけど…。そう言った俺に対し安心したように微笑んだ緋村はまたゆっくりと食べ始める。仮に仕事があっても、こいつをほうって何処かへ行くなんて事はしない。
――1人より、2人居た方が良いだろ?
肘をついてそう言ってみれば、緋村は何度か目をパチパチとさせ驚いていた。それでもすぐに顔を綻ばせて、そうですね、と笑っていた。
その表情を思い出す度にニヤケそうになる帰り道、第一印象だとかそんなものは実はどうでも良くて、俺は只アイツに惚れているだけなのだと実感するだけなのだ。