ゆびきった!
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真撰組という組織の中で俺は監察っていう影に潜む立場になって、局長達が安心して任務をこなせるように確かな情報を得るのが仕事だ。
奴さんの人数はどれぐらいだとか、どういう布陣が有利なのか、勝機はあるだとか。
彼等の命に繋がる大切な仕事だと俺は思っている。
命っていうのは、俺が思ってるより儚くてあっけない。
それを強く感じたのはかれこれ数ヶ月前。幕府に来たばかりの芋侍だった俺達に優しく接してくれていた人の死。
屈託のない笑みで話しかけてくれていたのが酷く懐かしい。強くて、優しくて、かっこ良くて、この人以上に完璧な人間なんていないんじゃないかと思わされるぐらい、俺にしては珍しく興味をもった相手だった。茶目っ気もあって、あの沖田さんも簡単に警戒心を解いて話していたし、妹という存在が心配でたまらないらしく「ちゃんと飯食ってるかなぁ」というのは口癖のようなものだった。
何でも出来る人なのだと、完全に思いこんでしまっていたのだ。
あの人が街中で襲われたと副長から聞いて、すぐに現場に向かったけど既に事切れていて。
あんなに強い人でも死ぬ時は死ぬのだと、皮肉にもその"死"を以て痛感した。泣きはしかなかったけど、寂しさは確かに胸を占めてきて、騒然としている場に交じる血の臭いが不快でたまらなかった。けど1人、俺よりもずっと寂しくて、不快でたまらなく感じていたのは彼女だったろう。
その時はまだ彼女が例の妹である事は知らず、それでもよく似た容姿に柄にもなく切なくなった。血だまりの中でポツンと佇んでいた彼女。日常に絶望して、前にも後ろにも行けなくなった彼女がこの真撰組にやってきたのは、それから数日後。
俺は、どう声をかけてやれば良いか分からなかった。
――いえ、職務中なので結構です
性格は真面目というか、仕事をしっかりこなす姿勢はまさしく模範だ。けど残念な事に愛想がない。顔立ちはあの人に似てしっかりしているから、ちょっと笑うだけでも綺麗に見られるだろうに。隊士達のスキンシップもその正義の言葉で悉く(ことごとく)潰して、そして、1人という世界にどんどん引き篭もっていく彼女を、局長はとても心配していた。彼女をここに入れたのはまさしく局長だ。
あれはいつだったろう。確か松平のとっつァんが局長を呼び出していた日だった。縁側でぼんやりと座っている局長を見つけて、早く行ってやって下さい、と声をかけた時の事だ。
――なぁー山崎ー
――どうしたんですか局長。ホラ、松平のとっつァんに呼ばれてるんですから早く行って下さいよ
――……俺さー、思ったんだけどよー…
――何です
――糸を、ここに入れて本当に良かったのかなー
――……
――本当に、これで良かったのかなー……
真撰組に入った当初の彼女のように、俺は何も言ってやれなかった。
こう見えて監察をやっているから人を見抜く力ぐらいはある。そんな俺の目が間違っていなかったら、局長も彼女も、充分という程優しすぎるから、俺が下手に"優しい人間"を装っては余計に事態をややこしくするだけだと思った。
俺は所詮彼女の親族でも何でもないから、今回の事は残念だったね、なんて言える筈もないしきっと言えない。残念という言葉で片付けられる程あの人の死は軽くない。
俺は山崎退であって緋村糸ではないから、これで良かったんですよ、と分かった風に相手の人生を口にすることは出来ない。
彼女が真撰組に入って良かったと思ってるかどうかなど、今の俺でも分からない。
周りを寄せ付けないあのツンツンとした空気が俺は不思議だった。
そんな疲れる事をするぐらいなら、笑ってくれた方が良いのに。
態とあんな態度を取っていたのはすぐに分かった。突然失う怖さを知った彼女は、俺達が消えていってしまう事を恐れているのだ。仲良くなって、あの人のように自分にとって何よりも大切な存在になってしまえば、失った時の悲しみや絶望は何倍にも膨れ上がって己を潰しにかかる。それは大切に思えば思う程。どうせ失うくらいなら、最初から関わらない方が良いとでも考えていたのだ。
だから俺は敢えて彼女と全く接しなかった。
そう望むのなら、分かってやってる俺はそれを実行してやろうと考えたのだ。
それでも残念な事に、屯所に彼女の気持ちを察してやれる人間は誰一人として居なかった。端から見ていれば清々しい程に誰一人としていない。
何でいつも1人で居るのかを不思議には思っていても、理由まで分からなかった彼等は毎日飽きもせず話しかけたり笑かしてみたり…。彼女がどんな思いで自分達を遠ざけているかも知らずに接しているその光景は、俺から見たら少し残酷に見えた。
中途半端に彼女は優しいからそれを完全に突き放す事も出来ず、仕事がある、というまともな理由を述べては去っていった。
この場合彼女の意思を汲み取って接しない方が良いのか、アイツ等の背中を押すつもりでスキンシップに参加すればいいのか、少し悩んだりもした。
それが徐々に隊士達を応援していく方向に本格的に片寄りだしたのは、本当に数週間前の出来事だ。その辺りから沖田さんと彼女の間柄に変化があったのは分かっていた。「からかっても面白くない奴」と彼女の事を言っては口を尖らせていたが、今では立派にちょっかいをかけるまでになっていた。仕事をさぼれば彼女に怒られ、見回りから逃げようとすれば素早くそれを制され、どっちが上司か分かったもんじゃなかったけど、あまりに変わった雰囲気には少し驚いた。
極めつけに、彼女は笑っていた。
今みたいに情報集めの任務に出ていた俺は、帰ってきた時にその場面をたまたま見かけて、報告書を思わず落としそうなぐらいびっくりしたのを覚えている。
満面の笑みには程遠いけど、小さな花が開くような、そんな可愛らしく笑う姿に何故か安心した。
「(そりゃ一番隊が可愛がるのも分かる気がする…)」
彼女が始めて笑ったその日は、もう一番隊は大騒ぎで、沖田さんも満更でもなさそうに嬉しそうで、それから焼き芋を食べていた。
でも最近一番驚いたのは、あの鬼の副長にまさかの父性本能があっという事だ。…いや、あれが父性本能と言って良いかは分からないけど、彼女の事をあの人なりには可愛がっているらしい。
――アンタみたいなゴリラ似の女は娶りたくねぇが、あいつの父親にはなってならなくもねぇよ?
恐らく本気で言った言葉では無いと思うけど、あの副長が!あの鬼の副長が!まさかこんな事を言うなんて思いもよらなかった。あの人にしてはとても優しい声で、どこか可笑しそうに言っていた。
それは、真撰組という世界の中で、彼女が確かに存在しているのだという事を意味されているような気がした。
「(最初は何だかんだ言って、俺は同情心とか持ってたんだろうな……)」
実の兄が殺される所を目の前で見て、たった一人だった血の繫がりを切られて、途方にくれた少女を引き取った俺達を只の偽善者だと本人は思っていたのかもしれない。
恥ずかしながら、俺はその偽善者だったのだろう。
素直に彼女が"可哀想"だと思えたのだ。
行くあてもない、どうすれば良いか分からない。そんな彼女を、俺は愚かにも"可哀想"だと思っていた。
それをキッパリと否定してくれたのは、なんとあの沖田さんだった。
話してる内にいつの間にか彼女の話になって、身の上話になった時、隊士の数人が彼女の事を「可哀想な子だ」と話していたという話題が出た時だ。
アイツは可哀想な奴なんかじゃない。
彼は確かな口調でそう言った。
1人だという事実が"可哀想"と思わせているなら、俺達が傍に居てやれば問題はない。
なるほど、と妙に納得してしまった俺が居た。
1人として家族が居ないという事に対して彼女に"可哀想"というレッテルを貼るなら、そうされないように自分達が居てやれば良いというのはご尤もな話だ。
同じ真撰組に居るからには、傍に居てやる事しか出来ないのだからまた頷ける。
最近の彼女は表情が和らぐ機会が増えた。それを屯所で見るのは喜ばしい。あの人の笑顔を見ているように、なんとも落ち着いた気分になるのだ。
「(やっぱり兄妹となれば似てるよなー………っていうか雨降ってきちゃったよ……)」
湿りだした空気に嫌気をさしながらも、なんとか屯所の塀に手をかけてのぼった。
動いている気配は俺1人しかいない。
「(そりゃそうか。こんな真夜中に夜番以外誰も起きてないよな…)」
今朝頃に副長から「偵察にいってこい」とか何とか言われて、泣く泣く現場に潜入して色々調べてみれば1日近くかかった訳で、早くあったかい風呂に入って布団で眠りたい。報告書は起きてからにしてもらおう。
雨のせいで張り付きだした忍服の感覚が気持ち悪くて、さっさと庭へ降りてまず(一応)副長の部屋を目指そうとした時、廊下の曲がり角からひょっこりと顔を出した人物に驚いた。雨は降り出しても月は出ていて光はあったから、誰であるかはすぐに分かる。
「緋村さん!!?」
「あぁやっぱり山崎さんでしたか。ご苦労様です」
「あ、これはどうも……じゃなくて!何でこんな時間に…」
「え?あー…夜番ではないんですが、ちょっと仕事が片付かなくて、それでこんな時間に……あ、これタオルです。冬の雨は冷えるでしょう?早く体を拭かないと風邪をひきますよ?」
「あ、ありがとうございます…」
何で敬語になってるか分からないけど、タオルにつられるように取り合えず縁側にあがった。
制服姿じゃない寝巻き姿の彼女はどこか新鮮に見えて、いつもよりずっと雰囲気が優しく感じた。
「ねぇ」
「はい」
「何で俺が帰ってくるの知って…?」
「あぁ、さっき副長に書類渡しに行ってたんですが、その時に"山崎が遅ェ"だとか言っておられたので、もしかしたらそろそろ帰ってくるんじゃないかなぁとか思ってたんです」
「……」
「で、雨が降り出して、バスタオル用意しといた方が良いんじゃないかと思って浴場に寄った帰りが今なんです」
「……」
「………山崎さん?」
「……」
この子はきっと天然タラシになるのだろうなぁと実感しながら、不意の優しさに感動して無言のまま頭を撫で回してみる。髪が乱れる、と抵抗しないあたり、彼女は変に女の子らしくない。
それでもしっかりとした優しさを持つ子だというのは、この頃よく分かっている。
「ありがとう」
任務で疲れてる体にはこういった人の優しさが身に染みて、だから笑って御礼を言えば、思わず彼女も笑ってくれた。
「取り合えず、戻った事を副長にひとまず報告しておいた方が良いですよ」
「そだね。ちょっと行ってくる」
「あのっ、お風呂はもう沸かしてあるので入っても大丈夫ですから」
「………わざわざ沸かしてくれたの?」
「今夜はよく冷えているので、お風呂沸かしといた方が良いかなぁと思いまして…。数十分前にやったので、多分もう沸いてるかと思いま…………なんで頭を撫でるのですか」
「ごめんごめん、つい」
渡されたバスタオルは太陽の匂いがして、同時に"屯所に帰ってこれた"という事を強く実感出来た様な気がした。
「あ、待って!」
「?どうかしましたか?」
廊下の奥に消えていこうとしていた彼女を引き止めたのは本当に勢いだった。
ようやく周りの色が灯ってきた彼女の目は、この暗闇でぼんやりと光って綺麗に見える。
「……ただいま」
ポツリとそう呟いた。
どうして"ただいま"と呟いたかはっきりとした理由は分からないけど、只何となくそう出た言葉。
「おかえりなさい」
そして静かに返されたその言葉の意味の重要性を知ったのだ。
沖田さん、確かに彼女は可哀想ではないですね。だって、"ただいま"って言ってくれるじゃないですか。もう1人なんかじゃないですもんね。
優しく微笑んでいるその顔に、やはり優しく笑ってくれていたあの人の顔も重なった。
後日、笑った顔がよく似ている、という話を彼女にすれば大層喜んだ。
それからいつの間にか俺は彼女を「糸ちゃん」と呼び、彼女は俺の事を「山崎くん」と呼ぶようになった。
屯所の中では唯一の君呼びにあながち悪い気はしていないなどと、沖田さんに言ったら機嫌を損ねそうだから、誰にも言わずひっそりと喜んどく事にしよう。