ゆびきった!
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びしゃっ、と水が飛び跳ねる音が俺の意識を鮮明にさせた。だからか五月蝿いこの場でも緋村の声がやけに鮮やかに聞こえる。
「土方副長に謝って下さい」
謝る?俺に?
「今の言葉を、彼に謝って下さい」
違う、俺にじゃない、お前に謝るのが普通だろ?
「私を置いて下さっている真撰組を貴方は侮辱したんです。それは許されません」
置いて下さっている?緋村、そんな他人行儀な言い方するな。お前はもう真撰組の隊士だ。無理矢理置いてる訳じゃない、必要だから欲しているだけだ。
「肌を撫でられようが何をされようが私は構いません。それでも今の言葉だけは許せない、真撰組を、貴方のような酔っ払いの戯言で傷つけないで下さい」
緋村によってかけられた酒を頭からびっしょり被った相手は、一瞬何が起こったか分かっていないように見えたが、やがて意識が戻ってくれば茹蛸のように顔を真っ赤にさせて怒りを露にした。
そして勢いに任せ緋村の腕を取る。
「なら今から相手をしてもらおうじゃねぇか女隊士さんよぉ!!!」
お前、やっぱりあの人の妹だ。
どれだけ復讐に心を染めようとしても、結局はそれを実行出来ない優しい何かを持っている。
そういうのは、本当によく似ている。
なぁ、アンタやっぱり残念だな。
こんなに良い妹を残して死んだんだ、毎晩枕元に出たって不思議じゃねぇ。
でもアンタはこいつに触れる事は出来ない、話しかける事も出来ない。
だから、それはせめて俺達に任せてくれよ。
「オイこらオッサン」
緋村の腕を掴んでいた相手の腕を俺が更に掴む。徐々に力を込めれば相手の表情に苦痛の色が浮かび始めた。
「ウチの隊士に何手ェ出そうとしてんだ。調子にのりやがるとしょっぴくぞ」
あれほど感情に任せた行動はしない、と己に言い聞かせた筈なのに、やはり俺もまだまだなのだろう。緋村は俺の突然の行動に目を見開かせたまま動かない。
そのまま相手の腕を捻り上げてこいつを解放させた。情けない悲鳴を上げながら後退りを始める相手にため息を一つ。
緋村が相手に酒をかけた瞬間に場もようやくこちらの異変に気付き、事の始めは知らなくても何だ何だと小さなざわめきが広がり出してきた。
良い機会だ。よーく聞いとけ。
未だに呆けている緋村をひとまず立たせて、頭をガッシリと持って強めに撫で回した。「わっ、ちょっ、何するんですか!」という声は聞かぬふり。
「こいつは真撰組の只1人の女隊士だ。だからと言って、ここにへたり込んでいるコイツみたいにふざけた事抜かしやがると容赦しねぇからな」
その小さな頭を持ったまま障子に向かいずんずん歩き出す。
そして最後に一度だけ振り返った。
「肝に銘じとけよ」
これでもかと言うぐらい強く障子をしめて出てやった。
「副長って案外馬鹿なんですね…」
「あぁ?」
あの場所を出て車に乗り込み、数分の間沈黙が続いていたが、緋村は開口一番に俺の事を馬鹿だと言った。
まぁ馬鹿かもしれない。
でも相手はそんなに偉い奴ではない。大目玉をくらう事は無い筈だ。
「あんな事言っちゃ駄目ですよ」
「……」
「貴方は真撰組の副長なんですよ?その立場の重みをもっと理解しないと…」
「なら俺も言わせてもらうけどな」
「何ですか」
「俺が真撰組の副長なら、お前は真撰組の隊士だ。それをあんな酔っ払いに侮辱されたんだ、自分の為に怒ってみろよ」
「自分の為に…?」
「なーにが夜枷だ。ふざけた事抜かしやがって…」
思い出しただけでも腹が立つ。少しスピードを出して運転すれば、緋村がポツリと「副長も、」と呟いた。
「副長も、私が真撰組隊士である事を認めて下さるんですね。……あそこに行く前にもそう言って下さいました。…沖田隊長も、同じ事を私に言って…」
こいつが全てを言い終える前に、片腕を伸ばしてその頭をガシガシと撫でてやった。
よく分かった。
緋村は、俺達の事が"嫌い"ではないらしい。それが分かっただけでも儲けもんだ。
「何ですか副長…」
「いや、何となく頭を撫でたい気分になったもので」
こいつは自分より、真撰組、俺に対しての謝罪を求めた。屯所では見た事のない、怒りの表情で。だからかその怒りが本物である事が良く分かった。それが場違いにも嬉しかったのだ。
隊を統べる副長として、これ程までの喜びは無いのではないかと思える程。
手を離す間際、頭をポンポンと叩いてやった。お疲れさん。
「……副長」
「あ?」
「煙草吸って良いですよ?屯所を出て一本も吸われてませんよね?私の事はどうか気になさらず」
「…………なんかスイマセン」
「どうして謝るんですか」
知らず知らず気を使っていた自分に驚きながらも、お言葉に甘えて煙草を一本取り出した。外の空気は冷えているが、吸っている間は窓を少しだけ開ける。寒かったが、清々しくも思えた。
「ありがとな、緋村」
煙草を持った手で窓枠に肘をつきながらそう言った。
ついて来てくれた事も、さっき真撰組を護ってくれた事も、俺達の所に居続けてくれてる事も。
「……いえ、お礼を言うのは私の方なのかもしれません」
それがどういう意味かよく分からず、俺が不意に横を向けば、緋村も俺の方へ顔を向けていた。
「ありがとうございます、土方副長」
そう言ってニコリと笑った。
ああ、アイツ等が褒めるぐらいの可愛さは確かにあると思えた。
只、隙がありすぎるなと思えたのも本音だった。
翌日、屯所に帰って来た近藤さんは昨夜の出来事を俺から聞くや否や真っ先に緋村の元へと駆け寄った。
「糸!!!アイツ等に変な事されたのか!?セクハラか!?」
「いえ、手を撫でられたのと腹の立つ事を言われただけです。どちらかと言えばこうやって抱き締めてる近藤局長がセクハラに値すると思われますが」
「糸が無事で良かったァァアアア!!!!」
「ちょ、局長聞いてらっしゃいますか?」
緋村の話を全く聞こうとせず号泣している近藤さんは、よっぽどこいつの事が心配でたまらないのだろう。思いっきり抱き締められて若干魂が抜けかけている緋村に目をやりながら「仕方ねぇなぁ…」とため息をついた。
「く、苦しい……!」
「おーい近藤さーん。そろそろ緋村が死ぬぞー」
「お父さんも何とか言ってやってよ!!!ホントにこの子は我慢ばっかりするんだからもう!!!」
「何でオカン口調になってんだ、そして何で俺がお父さんなんだよ!!」
緋村みたいに妙に女らしくない娘を持つ親の気持ちとは一体どんなものなのだろうか?武術に関しては長けているが、私生活では何かと隙がありすぎる。危なっかしい。
あの人もたまにはヒヤヒヤした心地で妹を見てきたのだろうか?
「大丈夫でしたよ近藤局長」
近藤さんの腕からようやく逃れる事が出来た緋村は、白い歯をのぞかせながら少し恥ずかしそうに笑っていた。
「副長が、助けて下さいましたから」
その言葉に感動した近藤さんが、また感極まって緋村に抱きつこうとすれば、何よりも素早いそいつの右ストレートによって廊下に沈められた。……確かに襲われても大丈夫そうですね、ハイ……。
「それじゃあ副長、見回りに行ってきます」
「お、おぅ…」
タッタッタッタッと軽い足音を立てながら去っていく小さな背中に、さっきの言葉を重ねてみる。
――副長が、助けて下さいましたから
「アンタみたいなゴリラ似の女は娶り(めとり)たくねぇが、あいつの父親にはなってならなくもねぇよ?」
白目を向いている近藤さんにそう話しかけて、晴れた冬空を見上げて、小さく笑った。