ゆびきった!
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「悪かったな。急に頼んで」
「いえ。夜は何も用事が無かったので」
日も少し暮れて、街の外灯が明々と輝くようになってきた頃に車を出した。
あの後緋村は戸惑いながらも了承してくれて、俺は近藤さんの言付け通りに会合へ向かう事が出来た。緋村にはいつもの隊服ではなく、総悟をはじめとする隊長格が着ているものを着せておいた。これならコイツも少し見栄を張って隣に入れるだろうと考えたが、スカーフの位置がどうも気に入らないらしく、さっきから助手席でずっとそれをいじっていた。
「気に入らねーか?」
「え?あ、いえ……。ちょっときつくしめられ過ぎて苦しいんですよね…」
俺達が出る前は本当に大変だった。
と言うか緋村が大変だったと思う。
まるで着せ替え人形のようにアレコレと身なりに手をつけられていたコイツを助け出したのは紛れもなく俺。大の男が何を揃って着せ替えみたいな事をやってんだ、と言ってやれば「だってコイツ面白いんで」と笑っていたのは総悟だった。それに対し周りもウンウンと頷いていた。
「(面白い…か……)」
俺と緋村は副長と隊士という関係性しかなく、きっと総悟みたいにコイツの事は知らない。だから"面白い"と言われてもその意味がよく分からないでいた。
信号待ちで止まってる車内で、チラリと横を見てみれば未だに苦戦しているスカーフ巻き。
「(何だ、全然子どもじゃねぇか……)」
緋村の小ささにようやく気付けたような気がした。
「こっち向け」
信号が青になる前に何とかしてやろうと手を貸してやる。素直に向いた緋村の細い首にスカーフを巻いてやった。
「これでどうだ」
「良い感じです。ありがとうございます」
それから信号が青になって車を走らせる。スカーフを巻いてやってる時に手元から視線をずらせば、睫毛の下の大きな目がずっと俺の手を見ていた。それはとても珍しそうに、純粋な子どもが新しい玩具に目を奪われるような目線で。
「……スカーフがそんなに珍しいか?」
「え?」
前を見たままそう聞いてみた。一度緋村が俺を見たのが分かって、それから同じように前に向きなおしたのも分かった。
「いえ……でも珍しいといえば珍しいかもしれません。こういうのしてもらったの初めてなので…」
「お前全くと言って良い程御洒落に興味がねぇよな」
「そうですか?」
「街中の女なんざうるせぇぐらいキャッキャッ言ってんじゃねぇか」
「私はそういう柄じゃないんで」
そう言って緋村はほんの小さく困ったように笑った。
確かに着飾るような柄ではない、というのはよく分かる。それでも顔つきは決して悪い方ではないし、中身もしっかりしている。ちゃんと女らしくすれば、そんじゃそこらの女とは比べ物にならないぐらい綺麗になるかもしれない。原田達も「緋村は後数年もすりゃ絶対女らしくなって、今以上に可愛くなってますって!!」と言い切ってる程だ。まぁ、その言葉も分からなくはない。
「(でも本人が興味ねぇしなー……………ってか何で俺こんな事考えてんだ?)」
「……今日はちゃんとした女物の着物を着てきた方が良かったですか?」
「いや、隊服で良い」
「そうですか…」
「お前は真撰組の隊士だ。それを着ても誰も文句なんざ言やしねーよ」
「…………」
「………何だよ」
「…いえ」
向けられている視線が気になって、ちょうど車が信号に引っ掛かったと同時に横を向けばすぐに逸らされる視線。
「…何だよ気になるじゃねぇか」
「いえ、副長が気にする程じゃありませんから」
「……」
「……」
「………お前サ」
「はい」
「さっきスカーフ巻いてやってた時みたいな、隙だらけの顔は止めといた方が良いぞ」
「隙?何の話ですかそれ」
「相手が俺だから良いものの、他の男だったら襲われるかもしれねぇだろ?」
「襲う?どうしてです?それに襲われたとしてもそう中々私に武術で敵う人は…」
「武術の話じゃ無いんですけど!?」
「分かりました。副長は"一分一秒が決闘の瞬間だ気を抜くな"という事をおっしゃりたいんですね」
「違う違う!!…あれ?違うか?いや、でも誰もそんな事伝えようとしてないっつの!ただ、純粋無垢は良いが、変な輩に引っ掛かった時に隙のある行動は…」
「あぁ大丈夫です。襲われたらまず右ストレートいれておきますので」
「絶対"襲われる"の意味分かってねぇだろ!!?俺が言いたいのはそうじゃなくて…!」
「分かりました。左ストレートにしとけ、という話ですね」
「ある意味隙がねぇなお前はホントに……!」
「あ、副長、信号が青になりましたよ」
「…………総悟がお前の事"面白い"って言ってた意味がなんか分かったような気がする……」
「?」
入隊した当初はそりゃ淡々とした女だと思ったもんだが、いつの間にかこんな風に話す人間になってきたらしい。他の女とは違う独特な雰囲気とペースはまだまだ残っているし、一番隊が「可愛いよなぁ」と褒めている程の笑顔を俺はまだ拝んでいない。……コイツ本当ににこにこ笑うのか?(アイツ等の只の妄想だったりして…)
「緋村」
「はい」
「会合っつっても中身は只の討論会だ。攘夷が何だ今の幕府はどうだと言葉だけが行き交う只の集まり。気にせず俺の横に居とけ」
「言われなくてもそうするつもりです。……只の討論会といえど私には口出し出来ませんから」
「適当に撒いてさっさと帰るか」
「そう出来たら良いですね」
そんな事を話しながら車を走らせる事数分、ようやく目的地である場所に着いた。
「よっし、行くぞ」
「はい」
無駄に広い屋敷へ入り、これまた立派な庭沿いの廊下を女中に案内されるがまま歩いていけば、明かりのもれているその場からは同時に大きな声も外へと飛び出していた。誰が何を話しているかも分からない。緋村の想像していた"会合"とは違ったのか、顔がほんの少し驚いていた。
「いつもこんな感じだ」
最後にそう念を押して中へと入った。
会合だなんて仰々しく言いやがって。
こいつ等は攘夷の事も幕府の事も江戸の街の事も何も考えてねぇ奴ばかりだ。これだけ大声で自分の正義論を語るなら剣の腕でも磨いとけ、と心の中で悪態をついておいた。
俺と緋村は既にヒートアップしているその場を上手くすり抜け空いている場所に座れば、女中がすぐに酒やら料理を運んできた。残念ながら今日は酒は飲めない。
「………緋村」
「はい」
もはや宴会のように騒がしい中で、俺が控えめに緋村を呼んでみれば、こいつはしっかり声を拾い聞き返してきた。
「お前誰が何を言ってるか分かるか?」
「いえ、全く……」
「まぁ折角来たからには料理でも食っとけ」
「私なんかが良いんですかね…」
その謙虚な態度は一番隊には勿体無かったかと少し後悔。総悟に緋村という人材は勿体ないな、絶対に。
あの人が亡くなって、こいつはすぐに真撰組に引き取られた。それ以前は田舎で1人暮らしをしていたらしく、決して裕福な生活では無かっただろう。ならばせめて、と思ってしまうのは少々特別扱いをしているだろうか?ただ、屯所に居るあいつ等には不思議と全く罪悪感など生まれない。なんか適当にそこら辺に落ちてる草とかを食べて腹でも下せば良いと思う、特に総悟。
「お前だから良いんだよ」
「私だから?」
「今日ついてきてくれたせめてもの礼だ」
「そんな……ついて来ただけですよ…?」
「良いから食っとけ。今晩何も食べてねぇんだろ?」
「まぁ…」
「ずらかる前に味わっとかないと損するぞ」
「……じゃあお言葉に甘えて…」
ようやく折れた緋村が出された会席料理を口にしていく。それが美味しいというのは表情を見てすぐに分かった。今まで一文字だった口の端が仄かに上へ上がる。それを見てクスリと笑い、白熱している討論に目を向けた。
互いが互いに意見をぶつけ合って、果たしてそこにどれだけの綺麗事が混ざっているか考えるなどするだけ無駄だ。
真撰組はこれからも成長し続ける。恐らくは何度も窮地に追いやられる事はあるだろうが、それは大きくなる良いチャンスだと思えばいい。周りからの嫌味も圧力も全て跳ね返す事が出来た時、俺達はようやく真撰組が在るべき姿を思い出す。
俺達の結束は崩させない。
刀一本でここまできた。運命共同体と言っても過言でもないぐらい、苦楽を共にしてきた奴等と作り上げた組織だ。決して誰にも行く末を邪魔されたくはない。
こんな不毛なやり取りを続けるんなら、緋村みたいにのんびり飯を食ってる方がよっぽど有意義じゃないかと思えた。
「……ってお前食うの早ッ!!!」
「美味しかったです。ご馳走様でした」
満足したか、と聞けば緋村はコクリと頷いた。
こいつだって例外ではない。
そりゃ俺達と生まれも違うし育ちも違う。
けど"今"のこいつが真撰組隊士だという事に意味がある。
それ以上の説明はいらない。
……只まぁ俺達がどう思われてるは本気で分からねぇけど…。
「………副長はお食べにならないのですか?」
「あー……マヨネーズ忘れたからな…」
「は?マヨネーズ?」
「…にしても、どのタイミングで抜け出すかが問題だな…」
一応真撰組副長である俺が来た事はこの場も理解しているだろう。ここでは討論に参加したというよりも、来た事に意味がある。となればとっつァんが「会合にも参加しない不躾な部下を持った奴」と嘲弄される事もなければ、責任者である近藤さんの顔に泥を塗る事もない。
こうやって一歩退いて「こいつ等馬鹿じゃねぇの?」と思うぐらいの勢いで冷めていれば事は上手くいく。感情に任せず、常に冷静に…。緋村だって大人しく座ってくれている。後はこのまま上手に抜け出せば良いのだ。
そんな時に事件は起こった。
「おぉ!これは土方副長殿!」
妙に酒臭さを纏った一人が馴れ馴れしく話しかけてきて曖昧に「どうも」と返事をした。ひとまずすすめてくる酒を断っていると、運悪く俺越しに緋村を見つけてしまったらしく、珍しそうに上から下まで眺めていた。
こいつはいつも嫌味ったらしく話しかけてくるいけ好かない役人の1人で、そいつが隣に居るだけでも苛々するのに、緋村を品定めしているかのようなその目線が更に苛々を煽った。緋村は特に相手にしていないのか、無表情のまま「こんばんは」と軽く会釈をして何事も無かったかのように前を向く。それでいい。酔っ払いなんて本気で相手をするだけ無駄だ。
だがその無表情さが気に入ったのか、恐らくは男しか居ない上にこの混沌した場に緋村のように凛としている佇まいにそそられたのだろう。顎を撫でながらそれはもういやらしい笑みを浮かべて緋村を見ているこいつを、何か無性にぶん殴りたい。
「ほぉー…これはこれは………」
そしてあろう事か俺の背後を通り緋村の元まで近寄ったのだ。酌を頼まれれば緋村は嫌な素振りなど一切見せずにそれを実行した。
「よもや真撰組にこれ程の女子が居られるとは…」
「わたくしは隊士で御座います」
「女隊士…?……あぁ!なら君が緋村…!」
こいつの兄は幕府ではある意味有名だ。その剣の腕も、何者にも屈しなかった人柄も、その死に方も。そしてその妹の行方も、ある意味有名。
「緋村君を亡くしたのは本当に残念だ」
どの口が言ってやがる。
すぐにでもそう言いたかった。
どうせこいつ等はあの人の死について何も想ってやいやしない。自分の出世ばかりを考える奴等だ。あの人が居なくなって、全てにおいて勝てなかった壁が無くなった今心は晴れ晴れしているに違いない。
1人で残されたこいつの思いも知らないで、残念だ、とよくもまぁ言えたものだ。
もしも近藤さんが緋村に声をかけていなかったら、こいつ等の元に行くような事態になっていたのだろうか?その可能性は否めない。なにぶん緋村は女の割に腕が立つ。幕府に巣食うこいつ等みたいな輩が利用しない訳がない。
真撰組に居ない緋村糸を考えると、何故だかゾッとした。
「緋村」
こいつが調子にのり始めて緋村の手をいやらしく撫で始めた所で声をかける。(少しは抵抗しろっつの…)
「そろそろ帰るぞ」
「あ、はい…」
「もうお帰りか。まだ少しばかり彼女と話したいのだがなぁ」
「申し訳ないですが、仕事を残してきてしまったので早急に戻らなければ」
スラスラと出る嘘に驚きながらも俺が先に立ち上がれば、緋村も「それでは失礼します」と律儀に相手に声をかけてから立ち上がろうとする。
ようやく帰れる。
そうホッとしていただけに、相手が発した言葉の意味が一瞬分からなかった。
「真撰組も良き夜枷を見つけたものだな」
これ程まで緋村を侮辱する言葉は無いのではないかと思えた。女隊士だから、周りから何か言われる事はあるかもしれないと考えていた筈なのに、いざ実際に言葉をぶつけられると思考が止まった。
夜枷?
緋村が?
馬鹿も休み休み言え。こいつは夜枷なんかじゃなく、只の隊士だ。同じ場所で暮らして、同じ飯を食って、同じ仕事をして、同じ時間を生きる真撰組の一部だ。
それをこいつはいとも簡単に否定して、侮辱した。
俺でさえ緋村が真撰組に対しどう思って生きているかを知らないのに、それよりも知らないこいつが、悲しい過去を引き摺り日々を生きている緋村の全てを否定した。
緋村に謝れ。
そう口を動かす前に先手をきったのは緋村の右手であった。