ゆびきった!
お名前変換こちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
江戸にも雪が積もるらしく、炬燵に入ってないとそれはそれは本当に寒い冬だった。
「……オイ総悟」
「何ですかィ土方さん」
「……何やってんのお前」
「土方さんの部屋が今ん所一番あったけぇんで、しばし置いて下せェ」
「"しばし"じゃないんですけど、かれこれ1時間経とうとしてるんですけど」
「小さな事は気にしない」
「気にしろよ」
ストーブの前でぬくぬくと暖を取っている総悟に「早く自室に帰れ」という視線を送ってみるが、奴はそれに気付いていながらも動こうとはしない。聞く所によると自室のストーブの調子が悪いらしく、暖かさを求めて彷徨っていたらここに来たらしい。いや、彷徨ってる暇があれば仕事やれよ。
「…さっきから書類の睨めっこしてばかりですねィ。あ、友達居ないのか」
「お前ホント死ねよ」
「冗談でさァ。……それにしても今日はとことん冷えやすねィ。土方さん、茶ァよろしく」
「お前マジ殺す」
なぜ非番でもないコイツが副長である俺の前でさぼっているかが不思議だ。ここまで堂々とされると怒る気もなくなってくる。と言うか寒い。
「お前が居なかったら一番隊困んじゃねーの?」
なんとか追い出そうとしてまともな理由を口にしてみる。そうすれば総悟は顔をこっちに向けて、不気味なぐらいニコリと笑った。
「大丈夫でさァ!俺が居なくても、アイツ等はそれなりに生きていける奴等なんで!」
「あぁそう一番隊が屯所内では断トツに生き残るタイプなんだろうな」
沖田総悟という人物を一番隊隊長にしてしまったが為に、一番隊には変に順応力というものが備わってしまったらしい。こいつが居なくても何とか仕事をこなす。サボり魔を持つ人間はどうやら立派に生きていけるのだろう。
そういや、一番隊といえば緋村が所属している隊だ。
あの人の、大切な人間をコイツの下に置いて良かったのかと問われれば何とも言えないが、特別扱いなんかは絶対にしない。緋村だってそれは望んではいないだろう。俺としては、緋村の実力を見極めた上で、一番隊に配属させたつもりだ。
まぁ俺が言うのもなんだが、恐ろしく可愛げのない女だというのが分かった。
顔が可愛くないとかじゃなくて、言動行動に女独特の甘さが無いというか、簡単にまとめてしまうとアッサリとした性格の持ち主なのだ。女だからと周りに甘えない態度は感心するが、あそこまでいかれると将来に何故だか不安を抱く。
「(アイツは絶対に嫁にはいけねぇな…)」
失礼ながらにそう思った。
それでもたまに天然な発言で場を和ませるような場面を多々見かけるようになって驚いている。緋村が、屯所で笑うようになったらしい。
それは入隊当時を思えば大きな進歩だ。
「なぁ」
「はい?」
「緋村はどうだ」
「どう、って……別に何もありやせんぜィ?フツーに仕事して、フツーに生活して…」
「そうか…」
「…こんな事土方さんに言っていいものか分かりやせんが、この前焼き芋を一緒に食いやしてねィ」
「焼き芋だァ?別にそれぐらい食ったって構いやしねーよ」
「いやいや、それを仕事中に食っちまいやしてねィ…」
「あ゛ー……まぁそれぐらいは……屯所の中で食ったんだろ?」
「すぐそこの縁側で」
「で、それがどうしたんだよ」
「あの緋村が、職務中に、焼き芋を食ったんですぜィ?これは一番隊にとって衝撃的でした」
「あぁ……まぁ緋村の性格から考えれば衝撃的か……」
何度も見かけたのは、撃沈していく隊士達の姿だった。
なんとかしてここに慣れさせようとしてやってるのか、あれ食うかこれ食うか上手い飯屋に行くか、等と、色んな誘い文句を使い近寄っていたが「いえ、職務中ですから」という非の打ち所のない言葉で完全に隊士達を沈めていった。あれで悪意が無いのだから逆にたちが悪い。非番の日は非番の日で外に出掛け、周りを引き寄せる事はまずない。
総悟曰くあれはあの人の墓に出かけているらしい。
まぁそんな緋村が、初と言っても過言ではない職務を怠けたという偉業を成し遂げた。……いや、偉業か?
「その時の隊士の叫び声がここまで聞こえてきてたぞ…」
「マジでか」
「"緋村が食べたァァア!!!"なんてクララが立ったように言われても何の事かサッパリ分からなかったが……ナルホドねー……」
そう呟いて冷めてきた茶を飲み干した。あと少しで書類も片付く。そして総悟早く帰れ。
「土方さん」
「なんだ」
「この頃、アイツ笑うようになったんですぜィ」
「…へぇー……」
さも知らないような素振りで返事をしてみる。
「相変わらずツンツンしてる所はありやすが、だいぶ屯所に馴染んできたみてーで…」
そう言っていた総悟の横顔が、仄かに笑っていたのが意外だった。楽しそう且つ嬉しそうな…。そんな表情を見せるとは思わず、最初の頃こそ緋村を一番隊に入れたのに文句を言っていたが、今はその面影は何処にもない。ホレ見ろ緋村を入れて良かっただろう、と心中良い気になってみたりした。
「取り合えずさっさと仕事に戻れ」
「へぃへい…」
ようやく動く気になったのか、その重い腰を上げた総悟はダルそうにジャケットを着て障子に手をかける。そうすればたまたま廊下を歩いていた緋村と出くわし、部屋の中に居た俺と不意に目が合う。あぁ、言われて見れば視線が鋭いものじゃなく、少し和らいだのが分かる。
だがその視線はすぐに逸れて、総悟に鋭い睨みを利かせた。
「隊長……仕事さぼってたんですね……書類がたまってるって今朝言ったじゃないですか」
「緋村が手伝ってくれたら何とか終わりそうな気がするんでさァ」
「はなっから人頼みしてる様じゃ一生終わりませんよ」
「そう言わずに。よし、行くぞ」
「ちょっ、私には私の仕事があるんです!離して下さい!」
「よしよし、糸は良い子ですねィ」
「離して下さいってば!」
「……」
総悟はほぼ完璧に緋村とのコミュニケーションのとり方を覚えたらしい。それは餓鬼らしく、図々しく歩み寄ったのだろう。
緋村にも変化はあったが、総悟自身にも変化はあった。それこそ最初の方は一番隊に所属された緋村の事を「面白くないからかいがいの無い奴」と文句ばかり言っていたが、どういった心境の変化か今じゃああやって絡みに行けるまでになった。総悟はもう心配ないだろう。
だが緋村は分からない。
幾ら笑うようになったとしても、アイツ自身"真撰組"という組織をどう見ているか俺は知らない。好き嫌いという問題ではなく、ここに居て、どう思っているかが不思議でたまらないのだ。
「副長、失礼します」
「!」
ぼんやり考えていると、廊下から緋村の声が聞こえた。今まさにその人物の事を考えていただけに少し心臓が跳ねたが、平静を装って「入れ」と声をかけた。
礼儀正しい入り方。こういった作法はきっとあの人に教わったのだろう。
「あの…」
「何だ」
「たった今近藤局長から連絡がありまして…」
「近藤さんから?」
「今日の幕府の会合には間に合わないそうで…」
「マジでか」
「出張先で何かトラブルがあったみたいです。副長の携帯に何度もかけたらしいのですが繋がらないと泣いておられました」
「携帯に…?」
緋村に壁にかけてあるジャケットの中から携帯を取ってもらい確認してみれば、確かに数件の着信が入っていた。マナーモードにしてたせいか全く気付かず過ごしていたらしい。
「副長が怒ってるんじゃないか、って局長が心配してました」
「あー…まぁ怒ってはねぇよ。今日はそんなに大きな会合じゃねぇしな。どうせ周りから嫌味言われるだけだろ」
田舎から来た集団が"真撰組"という確かな地位をこの短い期間で築き、今でもその成長は止まっていないのだ。中々出世出来ずに長い間幕府で燻っている人間にとって、これ程嫌悪を向けられる的は無いだろう。
会う度会う度チクチクと嫌味を言われ、聞き流すのもそろそろ面倒になってきた頃のこの会合。逆に俺1人なら上手い事聞き流せてすぐに終えれるかもしれない。近藤さんは優しすぎる局長だ。あの人はなにぶん全ての事柄を受け止めすぎる所があった。
「あと、もう一つ言伝が…」
「言伝?」
「絶対1人で行かないように、最低2人で行くように。……との事です」
「あぁ?何でそんな事…」
「どうやら副長が1人で行かれると喧嘩が起こるのではないかとご心配のようです」
「(誰が喧嘩なんか起こすかっつの……!)」
もうそんな歳なんかじゃねぇ!と今すぐにでも言いに行ってやりたいが、心配性のあの人にこんな言葉は届かないだろう。そりゃ嫌味を言われて腹が立たないかと聞かれれば首を縦には振れないが、すぐに手を出す程子どもではない。ましてや副長という位置付けをしっかり分かってきたからこそ、そんな感情に任せた軽はずみな行動はしないように心がけている。
伝えてくれた緋村に「ありがとな」と短く礼を言えば、いえ、と控えめな返事と小さな会釈。
短い前髪が少し顔にかかるぐらいの角度があの人とよく似ていた。
「それじゃあ失礼します」
「おー」
もう完璧に冷えた茶を最後まで飲みきって、近藤さんの言伝にどう応えるかを考えた。
誰か1人連れていく?
となれば、一番隊隊長である総悟を連れていくのが順番的に妥当かもしれないが、そんなの絶対に無理だ。アイツを連れていけば俺が周りの嫌味にやられる前に、奴の抹殺計画で体力気力を削られるのは間違いない。そんなのは絶対御免だ。
となれば他の隊長格?
いやいやいやいや絶対に無理だろ。曲者揃い過ぎて絶対におかしな事をし出すに決まっている。なにぶん剣の腕には秀でているが、そういった場での礼儀はきっと全くなっていない。ハゲも居りゃオカマも居るし、思えばまともな隊長が屯所に居ない事に気がついた。しまった、隊編成間違えたか?
かと言って平隊士を連れていけるだろうか?
確かにまともな隊士だってこの屯所には居る。それでも会合の場のプレッシャーに耐えれる程の度胸があるかは分からない。仮にも幕府関係者だけが集まる中、只付き人として座るだけでもそれなりの気合が居る。
「俺の言う事を素直に聞いて、ハゲでも無けりゃオカマでも無く剣の腕もあって礼儀もって、その上度胸と気合のある奴……」
果たしてそんなに最高な奴がここに居るかと考えた結果、すぐに思い浮かんだのはアイツであった。
「……しゃーねぇ。頼んでみるか」
そして俺は、今しがた出て行ったばかりの隊士の後を追った。