ゆびきった!
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相変わらず緋村は隊士達と極力関わろうとはしない。
それでは一番隊に信頼なんてものは生まれないし、逆に緋村が場に居ると気の遣い合いで隊士達はゲッソリするのだ。
元々気を遣うというのに慣れていない男集団なだけに、緋村という存在は癒しにも何もならなかった。
だから、気を遣わなくていいのが餓鬼の特権だ、という土方さんの言葉に珍しく賛同し、俺がそいつと歩み寄る作戦を立てた。
それはもう、強引そのもの。
取り合えず適当に話しかけてみて、適当に話を広げるというもの。
それでも事はそう簡単に運ばない。
職務中に話しかければお決まりのあの台詞が返って来て、仕事へと戻ってしまう。
なら非番の時に、と機を狙うが何かと出掛ける女で中々どうして捕まらない。
なんというか隙が無い奴で、近藤さんは「真撰組に慣れてないんだろうか」とか優しい事を言ってるが、アイツは自分から俺達を遠ざけてるだけだ。慣れようとする気配なんて見受けられない。
それでも何だかんだと周りは気を遣って、それがアイツの我が侭を許してやってるだけだ。
歩み作戦はいつの間にか苛立ちしか生まなくなっていた。
稽古の時のあの冷たい目。
あの人は、こんな妹を可愛がっていたのだろうか?
笑わなくて、仕事は気持ち悪いぐらいしっかりこなして、隙が無くて、近寄りがたいそいつをずっとずっと可愛がってきたのだろうか?
「(身内には甘いもんなのかねィ……)」
そんな事を思いながら晴れた空の下、俺は気配を消して街の往来に馴染んでいた。視線の先には緋村。見失わないように、そして気付かれないように歩き続ける。
どうしてこんな尾行のような事をしているかといえば、今日こそは緋村がいつも何処に出かけているかを探る為。わざわざ裏口から出て、色気のない着物を着て街をフラフラと歩いている。
今にも人にぶつかりそうで危なっかしい。
かと言って前に出る訳にもいかない。
しばらくして、人通りの少ない道に出て、気付かれないように尚更影に隠れながら背中を追い続けた。
気が付けば俺もここ最近で通った事のある道だった。
それはそう、あの人へ続く道だ。
「(…………)」
緋村は俺の存在に全く気付いていない。寧ろ気付いていないというよりも、周りを何も見ていない。そんな気がした。
上へと続く石段をアイツがのぼり始めた頃、俺が普通に姿を現して後をゆっくり追っても振り向きもしない。ありありと気配を出してみても、それは届かないらしい。
そうか、緋村は何も見えていないのか。
幕府も、真撰組も、何もかもを見ようとしていない。
街も、人も、自分にはまるで関係無いものだと思っているのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。
緋村にはあの人しか居なかったのだと、ようやくここに来て分かった。
灰色の石の前で立ち尽くす緋村の背中は、街中で追っていた時のものより随分小さく見えた。
俺があの人の葬列に並んだ時、緋村の姿は見つけられなかったし、何よりどんな奴なのか知らなかったから見ても分からなかったと思う。
あの人が愛情込めて育てた家族だという目に見えぬ情報だけは知っていた。
葬式の時、緋村は泣いたりしなかったらしい。火葬の時も泣かなかったらしい。骨を納める時も泣かなかったらしい。
なんにせよ、無表情のままに統一された顔は逆に痛々しい。
悲しいなら悲しいと言えば良いのに。
寂しいなら寂しいと言えば良いのに、緋村は誰にもそんな事を吐き出したりはしない。
緋村の唯一の甘えられる場所はあの人だけだったのだと、この小さな背中を見て思い知らされる。
それでもあの人はもう緋村の我が侭を聞いてやれない、言葉を発する事も出来ない、ましてや実体が無い。
あの人の墓の前でぼんやりと立っている緋村は、葬式の時のように無表情なのだろう。急に突き立てられた現実に、ついて行こうと実は頑張っているのかもしれない。
屯所でのあの淡々とした態度の裏側には一体何があったのか?
暗闇のどん底に放り投げられて、何の因果か真撰組にやってきて、それで緋村は良かれと思っているのだろうか?
嫌だと思っているなら、良かったとこれから思わせてやる。
復讐に染められている目を、どうにかして"こっち"に向けてやりたいと思った。
「緋村」
「!!!!??」
呼んでみれば大層肩をびくつかせて振り返った。目は大きく見開かれていて、屯所では見せた事のない表情に俺も驚いた。
「そんなにビックリするとは…」
「お、沖田隊長…!?何でこんな所に……」
お前を追って、とは言えない。
それで良い。
俺はもう緋村を追わない探らない、だから目の届く範囲に居る分には、せめて笑顔で居てくれるとありがたい。
そうだ、それはあの人が望んだ事だ。
総悟、糸と仲良くしてやってくれよな。
あの人が愛した緋村糸という女を、俺は託された分、投げ出す訳にはいかないらしい。
「寂しいですかィ?」
「!!」
態とこっちを引き寄せてこない態度は、きっと失う怖さをよく知っているから。
自分へ一切の甘さが無いのは、一人で生きていかなければいけない事をよく分かっているから。
「な、何を急におっしゃるんですか…!」
俺と一つ二つしか歳の変わらない緋村を、周りは可哀想だと言っていた。
確かに実兄を亡くした事は本当につらいし、復讐に走りたくなる気持ちも分かる。
でもそれは可哀想なんかじゃない。
緋村は可哀想なんかじゃない、只寂しいだけだ。
「俺は、寂しいですぜィ」
墓前でしゃがんで一度手を合わせてから立ち尽くしている緋村の顔を見上げれば、ぼんやりとした顔つきでこの人の墓を眺めていた。
「惜しい人を亡くしやした」
「………」
「これでアンタと血の繋がる者は居ない、もう誰一人として居やせん」
それでも、
「それでも、アンタは真撰組に居るから」
俺の下に来たもの何かの縁、面白くない奴と思っていながらも捨てる気など更々無い。
「真撰組の一番隊に居るから」
だったらせめて此処に居る時ぐらいは守ってやる。お前のこの悲しみを癒してくれる、吐き出させてくれる人間が現れるまで、あの人との約束をしっかり守ってやる。
「だから、帰るぞ」
あの人が愛した妹だ、悪い奴な訳がない。
今更ながらにそんな事に気がついた。
俺の隣に立つこいつを、俺は微力ながらに守ってやろう。優しくて、いつも笑顔で接してくれていたあの人みたいな態度を俺は取る事は出来ないけど、せめて自分なりに、こいつの上司として何とかしてやろう。
隣に居る緋村を見て、不思議とそんな気持ちがわいた。
あの人はそれを望んでいた。
優しかったあの人の完全なる代わりは出来ないが、それでも一緒に帰る家がある。
生半可な覚悟で近寄って、こいつを傷つける事は何より俺が許さない。
「よっし。腹減ったな、何か食いに行きやすかィ」
「………」
「なんかガッツリ食いてぇなぁ……あ、ラーメンとか食いたいかも…」
「……沖田隊長、今日非番でしたっけ…?」
アンタと重なるようにわざわざ代わってもらったンでィ。
心の中でそう呟きながら歩き出した。いつの間にか緋村もついてきている。
「今日は非番だから、いつもの"職務中なので"っつー断り文句は無しですぜィ?」
「……でも隊長、結構書類がたまっていたような気がするのですが…」
「それはそれ、これはこれ」
「早く片付けてくださいよ」
「嫌でィ」
「我が侭言わないで下さい。仕事もロクに片付けないで何がラーメンですか」
「かっっわいくねぇー……!」
「自覚してます」
俺が少し大人になって歩み寄った所で、緋村は一切の隙を見せない。会話は普通にする事が出来るのに、どこかこうペースに乗せられるというか…。
可愛くない、という一言で片付けておこう。
まぁ不本意ではあるが、あの人が望んだ以上文句は言わずにこいつを守ってやる。
短い髪が歩くたびに揺れる。いつの間にか前を歩いている緋村の背に続きながら俺は欠伸をこぼした。
「なぁー緋村ー、やっぱ今日ぐらいはさぼっても良いじゃないですかィ。折角の非番に…」
「…私も手伝いますから文句言わないで下さい」
「は?」
「……なんですか…」
「…アンタも手伝ってくれるんですかィ?」
「? 誰も1人でやれなんて言ってないじゃないですか」
緋村は振り返ってそう言った。
そう言われればそうだが、態々自分の非番を潰してまで上司のぐぅたらに付き合ってくれるぐらい世話焼きとは思わなかった。自分の仕事は自分の仕事、相手の仕事は相手の仕事。と、割り切る奴だとばかり思っていただけに、その言葉はいつもの冷たい態度とギャップがある分可愛らしく見えた。本人はその自分の良さに全くという程気がついていないが。
キョトンとしている顔が妙に面白く、小さく笑ってしまった。
嗚呼なんだ、やっぱりこいつは全然可哀想な奴なんかじゃない。
少なくとも、俺達が居る限りこいつは絶対に1人にはならないし、させない。
「もっとキビキビ歩いて下さい」
「へぃへぃ」
「……一緒に帰ってくれるんでしょう?」
思いも寄らぬその言葉。"一緒"という言葉がこれ程胸に強く残ったのは初めてだ。
あの人が亡くなって1人ぼっちになった奴が真撰組に来て、ずっと周りから一線を引いてきたけど、今この瞬間、"一緒"という言葉を使われて不意に綻んだ。
"一緒"という言葉を、俺達に使う気になってくれたのか。
「そうですねィ、一緒に帰りやすか」
「ちょっと何ですか、そんな乱暴に頭を撫でないで下さいよ」
それから、緋村は稽古の時に手加減というものを覚えた。実力は女の割に底なしに上がっていって、土方さんも一目置くようになった。屯所の門を潜るとき、流石に「ただいま」とは言わないが、ここが自分の家になった事はようやく認識しはじめたらしい。態度が少しだけ丸くなった。
あの人が亡くなって数ヶ月が経って、冬真っ盛りの頃、数人の隊士が見回り中に焼き芋を買ってきた。それが緋村に見つかって、「見回り中に何やってるんですか」と静かに怒られていた。俺はまぁまぁと適当に宥めて芋を一本もらい、思ったより美味しかったので緋村も食べてみなせェと駄目元で誘ってみる。
いえ、職務中ですから結構です。
案の定出てきたその言葉に隊士達は「はぁ…」と白いため息をこぼしたが、その言葉には続きがあった。
でも…美味しそうだから一本もらおうかな。
寒さのせいで鼻と頬を真っ赤にさせて、緋村はポツリと呟いたのだ。あの緋村が職務中に息抜きをした……!と、隊士達は静かに驚き、ピクリとも動かなかった。見かねた俺が芋を一本拝借し緋村に渡す。
小さな一口だった。
美味しいですね。
そう言って可愛らしく微笑んだ。
緋村が初めて屯所の中で笑ったのだ。