ゆびきった!
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この前、新しい隊士が入ってきた。
しかも女だった。
あまり表情を変えない、淡々とした奴。
意気揚々とそいつの紹介をしてくれてる近藤さんと、その斜め後ろで黙って立っているそいつとの温度差があまりにも激しかった。
皆が皆始めての女隊士に緊張していて、集められた大広間は異様な空気になっていた。
それにも動じない変わった女。
「緋村糸です、よろしくお願いします」
心を殺したような顔は、全くあの人とは似ていないと思った。
「緋村ー!」
「はい」
「いま局長が上手い煎餅買ってきてくれたみたいなんだけど、一緒に食いに行こうぜ!」
「それが目茶苦茶美味いらしくてさぁ…――」
「いえ、職務中なので結構です」
「緋村、美味い団子食べるか!?」
「いえ、職務中なので結構です」
「緋村!!!美味い菓子食べ…――!!」
「いえ、職務中なので結構です」
ご愁傷様。
隊士達と緋村のそんなやり取りを見ては何度手をあわせた事か。
あいつが簡単な挨拶を述べた時に言った名前と、つい数日前に亡くなったあの人の名字と重なったのは本当に一瞬だった。
この時期に入隊なんて考えられないよな、とか周りも騒いでいたが、緋村と名乗られ妙に納得してしまった。
嗚呼、あの人の妹だったか。
――可哀想な子だよな。
周りは口々にそう言っていた。
その"可哀想な子"は女の割に髪が短く、隊服は一番小さなサイズを着ていた。表情を崩す事なく、何とかここに馴染ませてやろという隊士達の不器用ながらのスキンシップを「職務中ですから」と至極正解の言葉を以て完膚無きまでに潰し尽くしていた。
為すすべなく従うしかない男達。
緋村は、仕事でない限り俺達と関わろうとしない。
折角の女隊士なのに、これじゃあ華にもなりやしない。つまらない。からかいがいがない。年下ながらもそう思ってしまうのは、緋村が俺の居る一番隊に配属されたからだ。どうせ部下になってくれるなら面白い奴が良い。そう思っていた俺の理想は見事に砕かれる。
緋村は笑わない。
稽古の時に見せる視線の鋭さには、皆一線を引いてしまう程恐ろしいものがあった。
どこか恨みの篭った真っ黒な目。
一体何を見ているのか気になって、思わず話しかけたのは緋村が入隊して3週間経った稽古の後だった。
「緋村」
「はい。どうされましたか沖田隊長」
井戸の近くで汗を拭いていた緋村を縁側から呼べば、ゆっくりと近づいてくる。
「稽古に熱心なのは良いですが、あんまり熱くなりすぎると怪我しやすぜィ。アンタも周りも」
「……気をつけます」
「まぁ道場の娘なだけに剣筋はしっかりしてまさァ。流派の違いは仕方な…」
「どうして道場の娘だという事をご存知なのですか?」
冷たい声だった。
怒って居る訳でもない、只ひたすらに冷え切った声。
「……。…アンタの兄さんから聞いてたんでィ」
「そうですか」
いざ間近で見た緋村の目はどこまでも暗く、黒い。ずっと闇を見ているのだと確信した。亡き兄を思い、その気持ちが殺した相手へ憎悪として向けている結果がこれだろう。
こいつは真撰組の事なんて何も考えてやいやしない。
刀を持てるこの環境に感謝しているだけだ。
「敵討ちなんて考えなさんな」
「失礼します」
緋村は律儀に一礼して歩いていく。
まだ成人してないのはお互い様で、だからこそ餓鬼ながらの小競り合いが出来るかと思いえば全くもってその逆。
せっかく10代同士仲良くやっていけると思いきや、無理そう。あの人が「仲良くしてやってくれ」とか何とか言ってたから俺らしくもなく励んでみたものの、相手は思ったより手ごわい。
何より、あの人を亡くした衝撃が強く心に残っているらしい。
誰にも自分を見せようとしない緋村は、ぶっちゃけ嫌いだ。
只の厄介な部下だ。
それでも……、……。
「緋村!」
「……なんでしょう…」
「これから団子にでも食いにいきやせんかィ?」
「……職務中なので結構です」
お決まりの答えを言った後、今度こそ足早に去っていく。
「…"可哀想な子"…か………」
まだ残暑の残る季節、生暖かい風が屯所を吹きぬけた。