嘘ついたら針千本のーます
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少し薄暗い石段を駆け上がれば、江戸の中では割と広い墓地に辿り着く。
彼の骨を実家ではなく態々ここに埋めたのは、彼が死んで緋村がすぐに江戸へ来たのが理由だった。実家が今どんな様子か分からない。恐らくは蜘蛛の巣だらけになっているだろうが、そんな事彼女にとってどうでも良かった。
自分の住む街に兄が居る。
例えそれが骨であったとしても、彼女は救われていたのだ。なんて愚かな。自分でそう罵って、彼女は息を切らしながらまた一段一段駆け上がっていく。
もう二度と会えない、楽しかった日々を繰り返す事は出来ない。それでもいつまでも立ち止まってはいけないのだと緋村は分かった。遠まわしで不器用な仲間の優しさを知って、真撰組という場所が自分にとってどれだけ大きく大切なものだったか分かって、兄が伝えたかった言葉を思いがけない形だったが確かに聞けた。
目に見えない力が彼女の手を引いているように、石段を駆け上がっても息を整えず、ずっと走り続けた。花も水もお供えも持っていない墓参りだが、兄に会いにいくにはこれで充分なのだ。
いそいでおおきくならない彼女が会いに来てくれるだけで、彼もきっと何も望まない。誰も居ない墓地を走って、もう何度もやってきた場所へやっと辿り着いた。
ざぁっっと風が吹く。
それが彼女の汗を冷やし、髪を揺らし、同じくして兄の墓前に立っていた男の髪と着流しをも揺らした。
何故ここを知っているのか。
そんな疑問は一緒に風に飛ばされる。
スクーターの後ろに乗り込んだ時に見た背中が今もここにある。しっかり捕まっとけ、と叱られたりして、最後までその人物は彼女を繋ぎとめたまま落としはしなかった。
その時のように今も捕まれば、彼は叱って、でも離したりはしないだろうか。
兄とは言葉を交わす事も微笑みあう事も出来ない。それでも時は進み、彼女はこうしてさよならが出来るようになった。
お兄ちゃん、ありがとう、私、お兄ちゃんと一緒に過ごせて本当に良かったよ。
膝の力がゆっくりと抜けて、彼女は冷えた石畳に腰を下ろし顔を手で覆って声を上げて泣いた。ずっと行き場を無くしていた悲しみが吐き出されたのだ。
鮮明に思い出せる兄の笑顔。
それを心臓を動かす力へと変え、彼女はこれからを生きていかねばならないのだ。
兄に、この声は届いているだろうか?
いつもは泣かない彼女だから、今日ぐらいはこうやって、周りの目を気にしないで叫ぶぐらいが丁度良い。
「緋村」
頭上から声がかかったのは分かった。
それでも彼女はそれに応えられない。泣かせて欲しい、と懇願するように頭をもたげて泣き続けていれば、そっと背中に手を回されたのが分かった。シャツ越しに、その手の平の温もりが体の芯まで届いた。
気がつけば彼女は彼の胸元で、銀時に優しく背中を叩かれながら泣いていた。
「良い天気だなー……」
泣き声がまるで耳障りでないから不思議だ。
チラチラと光る木漏れ日を、彼女の頭に顎をのっけて銀時は眺めていた。優しい時間に目を細め、彼女の泣き声を聞く。
己の胸に額を預けて泣く緋村を愛しく思い、彼女の頭に頬を寄せて、それでも背は優しく叩き続けた。それは幼子をあやすように、お前は1人じゃないと言い聞かせているように銀時は続けるのだ。
彼は沖田達のように彼女の事を詳しくは知らない。少し前にその一部を聞かされたばかりだ。
だがしかし、それに対し退く事はなかった。
彼女がずっと見つけられなかった泣き場所が、ようやく見つかったのだ。
「おまっ、あんま目ぇ擦んなよ?赤くなるぞ?」
フと彼女の片手を握ってみれば徐々に泣き声が小さくなり、涙でグシャグシャになった顔が銀時を捉えた。
兄と過ごした日々は霞まない。
それでも悲しみを象徴していた命日は確かに霞んだ。
「(嗚呼、この人のせいか…)」
その理由を上手く説明するのは無理だったが、只何となく、そう思えた。
いそいでおおきくならない。
兄との約束を、私は守っていこう。
すっかり鼻声になってしまった声で、彼女は「ざがだざん…」と名を呼ぶ。
「どうした」
何でここに居るんですか?
兄の事を知っているんですか?
急に泣き出して驚きませんでしたか?
「おなか……ずぎまじだ……」
「腹減ったってか」
確かに泣くというのは体力が居る。
ましてや2年間の悲しみを吐き出したのだ。これで全てという訳ではないが、銀時もそれを直感的に感じ取り、そしたらまた泣きにくれば良いと優しい考えを持った。彼女に触れていた手を一度名残惜しそうに離し勢いよく立ち上がる。
今日も本当に風が気持ちよくて良い天気だ。
「甘いモノ……だべだいでず……」
「あー……んじゃ俺の行きつけの店にでも行くぞ」
そう言ってくれた銀時に対して、彼女はようやく微笑をこぼしてくれた。
立ち上がった緋村の顔をまず袖で拭いてやる。
「あ゛」
「何だよ」
彼の手が思わず止まった。
「お金持ってきてません……」
「………プッ、あはははは!!そーかィそーかィ」
「これじゃぁまた坂田さんに借金ですね…」
「お前まだ白玉の事覚えてたのか」
「あの時はホントに沖田隊長から緊急メールが来てたんですよ。仕事は除け者に出来ません」
「あーお前はそういう奴だよなー……」
手ごわい奴……。
何がです?
そんな会話をして後に、先に歩き出したのは銀時だった。
泣いていた事に追求してこない。銀時の懐の深さをかいま見たような気がした。
「(あ、そうだそうだ)」
すぐに後を追うとした彼女だったが、フと立ち止まり、兄の墓へ顔を向けた。
「また来るよ、お兄ちゃん」
まだ目尻にたまっていた涙が宝石のように輝いたが、彼女の笑顔の美しさには勝っていなかった。さぁっと風が吹き、彼女の背を押す。
また、おいで。
兄の優しい声が聞こえたような気がした。
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