嘘ついたら針千本のーます
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少し陽が翳ってきた夕方、近藤が緋村の部屋を訪れてみれば、そこには座布団を枕にして体を横にしている彼女の姿があった。彼が声をかけてみ反応しないという事は眠っているのだろうか?了承無しに敷居を跨ぐのは申し訳無いと思いながらも近藤が顔をのぞいてみれば、目を閉じてピクリとも動かない。生きていないんじゃないか、というぐらい呼吸音が聞こえなかった。
ふぅ、と小さなため息をつきつつも、近藤は散らばっていた書類をまとめて机の上に置いてやる。まるでいつもの沖田のような散らかしぶり。
「糸」
「………」
返事も、呼吸も聞こえてこない。
だが近藤は彼女の背に訴えた。
「出所するんだってな。……俺たち真選組は、糸の選択が正解だと思っている」
「………」
いつものおちゃらけた雰囲気とは違う局長としての堂々たる態度。胡坐の上に手を置いて、今にも壊れそうな彼女の背に優しく問いかける。
会いたい時に会いにいける喜びを、彼女は久しく忘れていた。
本当に会いたい人間が例えどんな形であろうと居てくれれば、それ以上は何も求めないぐらいの幸せで、だから近藤はそれを忘れて欲しくなかった。彼女より、ずっとずっと兄の死を受け止めてこその想いだ。
「糸」
その声に誘われる様にゆっくりと目が開いた。勿論近藤に背を向けているので彼はそれに気付いていないが、構わず言葉を続けた。
「……と言っても行く行かないを決めるのも自由だからな。命日にも仕事がしたいってんならそうすれば良い。只そうだなー……俺ぁトシみたいに気の利かせた良い言葉なんてかけてやれないが、取り合えず、糸が元気ねぇと悲しいかな」
眉尻を下げて近藤は困ったように笑う。そして立ち上がって、徐に彼女の頭を撫でてから部屋を出て行ってしまった。
「……じゅうぶん気の利いた言葉ですよ、局長……」
ゆっくりと体を起こした彼女の口元は儚げに笑っていて、覇気が無いというのは丸分かりであった。整えられた書類の一枚に手をのばし、既に"沖田"と上司の印がついているのを見て苦笑いをこぼす。
「………坂田さんに、謝らないと……」
あれから屯所に戻った彼女は自室にこもり、落ち着けと強く自分に言い聞かせた甲斐あって何とかいつもの調子を取り戻し始めていた。それでも元気が無いに変わりは無いが、さっきの近藤の言葉をしっかり聞くぐらいは出来た。
だが言っている事に対し理解は出来ても、いざそう出来るかと聞かれれば今はまだ首を横に振るだろう。
そう簡単に許せる相手では無い。
それでも、復讐じみた事を果たして自分は望んでいるのだろうか?
兄は、それを喜ぶだろうか?
頭ではそこまで分かっている。でも足や手は動かなくて、今日みたいに意志に反した動きを取るかもしれない。
あの時、銀時が来てくれなかったら一体自分は何をしでかしたのだろうと考えれば考える程、恐怖を彼女の胸を占めた。
たまたま畳に手をついてみれば、置いてあった刀に触れた。
人を斬るというのはロクな事が無い。その斬った人の命までをも背負って生きていかなければいけないのだ。
「(私は……その覚悟があるだろうか……)」
そんな時にフと出てきた思いは、今まで考えもしなかった兄の覚悟。
仕事と言えど彼も人を斬った事がある。
そして斬られて死んでいった。
兄はそれを仕方の無い事だと受け止めて死んでいったのだろうか。
一生返って来ないその答え。
彼女は刀を持って立ち上がった。
「(……隊長まだ帰ってきてないみたいだし……探しに行こう…)」
慣れた手つきでそれを腰にさし、まだ片付いていない障子を閉めて小走りで玄関へと向かう。その後姿を角から土方、山崎が見ていたなどきっと知りもしないだろう。
「追え、山崎」
「えぇえ?尾行ですか?」
「ちげーよ。……只一人にさせんのも何かアレだろ」
「(どれだよ)きっと沖田さんを探しに行ったんだと思いますよー?」
「だとしてもだ。良いから行け」
「はいよー」
さすが監察とでも言うべきか、軽い返事の割りには縁側に出るとすぐに気配もろとも姿を消した。
土方というのは彼にとって鬼(特にミントンをしているのを見つかった時)となり暴力を振りかざされるが、緋村にはどうも甘い。あからさまに贔屓をしていない分彼らしいが、それでも甘えさせたい気持ちを理解してやれない訳でもなかった。
監察の山崎が知っている分では、彼女はいつもこの時期になると滅入る。それはきっと隊士の端くれでも目に見えて分かっている事だろう。途中から入ってきた新入隊士は彼女の兄など知る由も無いが、それでも近藤率いる古株はよく知っている。
優しくて、良い人だった。
山崎の思い出の中では、彼はそう位置づけられていた。
だから、彼が殺された時の現状を知った時余計につらかったのも覚えている。
土方に命じられてまず現場に向かえば、返り血を浴びた少女がぼんやりと立っていた。幕府の役人に何かを問われているあたり数少ない目撃者なんだろうとすぐに分かったが、極度の放心状態に山崎は目がいった。大きな目、スッと整っている顔つき、色素の薄い癖毛。見れば見るほど、あの人に似てくるではないか。
その子が例の妹であるという事のを知って、山崎は初めて任務中に胸が詰まる思いをした。
真っ黒な瞳で片付けられた死体の後に広がる血だまりを見ていて、はたと山崎と目が合えば疑心暗鬼で揺らいでる視線を向けられた。日常の全てを疑うようなその目が怖かった。
まさかその女の子が後日真撰組に入るとは思っていなくて驚いたが、彼女は淡々としていた。初の女隊士。周りもそれなりの戸惑いを受けたし、何より彼の妹という事でどう接すれば良いか分からなかった。慰めも何も通用しない、恨みに染まった目だけで彼女は日々を見ていた。
一体その時の彼女にとって、真撰組がどういう存在であったか等聞いてみたくもない。
とんっ、と比較的小さな音を立てて屋根に降り立つ。少し前には彼女が小走りで日の暮れた路地を歩いている。
後ろ髪が揺れて、ついでに刀も揺れている。今ではすっかり様になっているその姿に、違和感を持つ者など居ない。それが嬉しくもあり悲しくもあるのは、きっと彼女を一番初めに迎え入れた近藤だ。
これで良かったんだろうか…――。
数年前の近藤の声が今でも頭に響く。
「………。……あれ?うわっ、やば!見失った!!?」
「誰をですか?」
「誰って…、………!!!?」
「山崎君そんな所で何してるの?」
視界から彼女の姿が消えたかと思えば、すぐ真下に居て、怪訝そうな顔つきで見上げられているのが分かる。色々思考にはまり過ぎたせいで、恐らく気配を消すのを忘れていたのだろう。すみません副長!、と一応心の中で謝って苦笑いを零しながら下へと降りた。
「任務ですか?」
「まぁそんなトコ…」
「あんなバレバレの気配を出してちゃいけないでしょう」
「(さすが…)」
抜け目が無いというか、緋村はあっさり山崎の尾行を(知らず知らず)潰して、何も気にする様子なく歩き出した。こうなれば山崎もついていく他ない。
「?何ですか」
「人探し?手伝うよ」
「あぁ分かりますか?いつもの事ながら沖田総悟捜索中です」
困ったさんですねぇ、と緋村は呟いて隣についた山崎になんの疑問も持たなかった。
「ほんと、さっさと帰って来いって話ですよねー」
その呟きはきっと深い意味を持たず沖田へ言った言葉だろう。だが山崎にとっては、妙に心苦しくなるものだった。
帰って来て欲しいのだろう。
誰に、とは言わなくても分かる。
「そうだね」
旦那、付け加えて言っておきやすが、糸の兄さんは只殺されただけじゃねーんですぜィ?あの人の優しさにつけこんだ殺され方をしたんでさァ。考えてもみなせぇ、あの人ァ護衛をする程の腕前、たった一人の浪人にそう簡単に斬られる筈もありやせん。
…そいつはね、街を歩いていた一般人を狙ったんでさァ。それを見たあの人が素通りする訳もなく、逃げ惑う周りを何とか助けた隙に殺られやした。卑怯にも程があるって思いやせんか?
あぁ、話し込んでたらもうこんな時間ですねィ。そろそろアイツが探しに来る頃だと思うんで、俺はこれで。