指きりげんまん
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手が中々柄を離そうとしない。
犯人の姿がどんどん大きくなっていく。
街の人たちがザッと道を開ければ、いよいよ視界は晴れ、彼女は真っ直ぐに犯人を見据える事が出来た。だからこそ刀を抜く必要は無い。彼女の体術があれば充分な相手だろう。
だがしかし、今の今まで「離せ!」と叫んでいた彼女の頭も、犯人の姿を見てある意味冷えてくる。凍傷するぐらいに冷え切った考えに、彼女は自分で自分が恐ろしくなった。
「アイツなんか死ねば良かったのに……!」
「…死ねば…良かったのに……?」
手の力が、自然と強まった。
足を絡ませる勢いで必死に逃げてくるその犯人の愚かさに、彼女は強く思った。いや、過去の彼女が何かに叫んでいた。
「死ねば良かったのに!!!!」
全てがスローモーションのように感じた。
照りつける太陽の下、完全に引き抜かれた彼女の刀が一度ギラリと光る。犯人と彼女の間合いは充分整った。後は鍛え抜かれたその剣で、首と胴を金輪際離れ離れにさせれば一件落着。犯人は死んで、ひったくった物も持ち主の元へと返る。
違う、違う……!
まだ完全に消えていなかったいつもの彼女の意識がそう強く呼びかける。
殺しちゃ駄目よ、何でひったくり犯相手に刀なんか持ち出すの…!?だって……だって、坂田さんと犯人を追いかけた時は…!!
彼と追いかけた時は、やけに大きく感じるヘルメットが気になって、振り落とされないように背中に抱きついて……。
「(何だ、私あの時坂田さんにまかせっきりだったんだ……)」
振り上げた刀がもう振り落とされる。迷いのないその太刀筋は確実に首を狙っていた。
いやだ!!!!!
遠のく叫び声は、それが最後のものだった。
何が起こっているか自分で分からない。淡く見える意識の中で、銀時の声が何故か聞こえたような気がした。
「緋村っっっ!!!!!!」
「え……」
肩を強く後ろに引かれて、咄嗟の事に対処しきれなかった彼女の体はよろめいた。だが地面に倒れる事なかったのは、誰かが後ろに立っていたからだ。
「緋村っ!」
「…さ…かた…さん……」
彼女は、スクーターの後ろに乗っていた時に感じた不思議な感覚に覆われていた。どうして、この人がここに居るのだ。あの時風で揺れていた銀髪。自然と銀時の顔を見上げる体勢となっている彼女は、その髪が太陽に透けて見えて眩しくて仕方なかった。切羽詰ったような銀時の顔が、彼女の目を覚ます。
「ほあちゃぁあぁあ!!!!」
そして今までフィルターがかかっていたかのようにくぐもって聞こえていた彼女の耳も、神楽の威勢の良い声にハッと我に返った。銀時に肩を掴まれたままその声の方へ顔を向けると、ちょうど犯人に飛び蹴りをかもしていた場面で、夜兎の蹴りを浴びたその犯人は一発KO。やり過ぎだろオォォオ、という新八の声は今日も元気だ。
ざわざわざわ、周りの音がようやく彼女に届く。
銀時はまず彼女の刀を素早く鞘に収めさせた。
「おーい神楽ー、ここで役人も見てんだから程々にしとけよー」
「アイアイサー!無駄な抵抗はやめるヨロシ!さもなくばもう一発蹴りを…!」
「いや、抵抗するも何も相手既にのびてるから!意識ないから!これ以上やったら僕達が暴行罪で捕まっちゃうからアァ!!」
万事屋のそんな遣り取りを、彼女は心あらずで見ていた。ギャラリーも犯人が地に伏せた事によりどんどん離れていく。ようやく街がまたいつもの風景を取り戻そうとしているが、彼女だけは何処かついていけていなかった。今まで柄を握っていた右手を見て、自分が自分で取っていたその行動に恐怖を感じている。
彼女は、相手を斬ろうとしたのだ。
「…緋村ーっ」
「!!!」
両肩を優しく叩かれたのだが、上から降ってくるその声に思わず体を強張らせる。銀時が止めていなければ、彼女は、相手を…。
緋村は銀時の顔を見上げる事が出来なかった。
「何やってんだよお前。あんな小物相手に」
「え、あ……」
「あれぐらいなら刀を抜くまでも無かったんじゃねぇの?」
「そ、ですね……すいません…すいません…」
「……」
ボーっとしていたから?それとも只何となく?どの理由を考えてみても、まともに成立するものすら無かった。何処をどう間違えれば刀を抜くのか、そんなの彼女自身ですら分からない。
イライライライラ……。
「緋村…?」
「あ、す、すいません……何だか、いつも巻き込んじゃってばかりで……」
「や…それは別に良いけどってオーイ神楽ー。一般人に使っていいコンボは5までだー。…ったく、アイツは容赦ねぇな……」
「…坂田さん、後は私がしますので今日の所はどうぞお引取り下さい。…ご協力、感謝します」
イライライラ……。
「……緋村…?」
一向にこちらを振り向こうとしない緋村に、銀時が顔を覗こうとすれば彼女はバッと彼から離れた。ようやく見れたその顔は切なげな表情で、眉間に皺寄せて何かをこらえるその姿はやけに痛々しい。
「オイ…」
「大丈夫ですから!少しほっておいて下さい!!!」
初めて、緋村が銀時の前で声を荒げる。内側に溜まるどうしようもないイライラを存分に含んだ言葉に、彼女はまた「あぁ…」と人知れず後悔する。突発的な言葉で、相手を傷つけるような事は言うつもりはなかったのだ。
「……すみません…」
まだ銀時の目が見れないまま、彼女は頭だけを深く下げて新八達の下へと走った。彼等と話す緋村は、"演じられているいつもの彼女"だった。
「………」
「少しほっておいて下さい、って言われちゃいやしたねィ。ショックー」
「もっと早く出て来いよ」
「まぁそう言わない言わない」
彼女がまだ屯所に連絡を入れていないというのに、何食わぬ顔で銀時に声をかけたのは沖田だった。一緒に見回りをしていた隊士を犯人の元に行かせて、自分はポケットに手を突っ込み銀時の隣から緋村を見ていた。
「だから言ったでしょう旦那、糸に関わるのはやめて下せェって…」
「……お前そういうけどな、あの時俺が止めに入ってなかったらアイツ…」
「旦那が居なくても俺がしっかり止めてやした」
「大層自信があんじゃねーか」
「そりゃぁもう、旦那よりかはよっぽど付き合いがありやすからねィ」
「……」
「旦那ァ、分かったでしょう?あいつは真撰組の大事なだいっじなおひーさんなんで、これ以上は近づかないように…」
じゃないと、そろそろ壊れてしまうかもしれやせん。
「………」
「そいじゃ旦那、失礼しまさァ」
黙りこくった銀時の隣を、沖田は悠々と追い越して彼女の所へと向かう。
またしても目の前に引かれた見えぬ境界線に、銀時の足は動かない。言うだけ言って、肝心な事を何も話さない沖田に腹が立つ。
これ以上緋村と関わるな、と言われたあの日、銀時は悔しいぐらいに彼女と自分の距離が分かり、踏み出す事は出来なかった。それは勇気の問題だ、と勝手に片付けていた事だったが、今の銀時なら少しそれが持てるような気がした。昨夜、彼女が銀時との濃いハプニングを思い出していたように、彼だってそれを忘れる事はせず一つ一つを思い浮かべる事が出来た。
笑っていた彼女は、やはり愛おしい。
「ちょーっと待った」
大きく一歩を踏み出したのは銀時の足。沖田は腕を掴まれた拍子にポッケから手が出てしまった。
「何ですかィ?」
しれっと振り返った王子に、銀時は片方の口角を上げて笑う。
「そろそろ話してもうらぜ」
「何を」
「緋村の事だよ」
「話す事は何もありやせん」
「………」
「…迂闊にアイツの中に入るのだけは、」
「俺は絶対にアイツを泣かせたりしねぇ」
「…何を根拠に」
「あー?うーん……」
若干睨み上げるように聞いてくる沖田とは違い、銀時はいつものようにとぼけた顔で頬をかく。だがピンとくる答えがあったのか、迷い無き目を以て彼に笑った。
「ほら、俺、アイツの事好きだし」
それを聞いた沖田は…
「…………へぇーー」
今まで分かっていなかったかのような口ぶりで、わざとらしく驚いてみせた。
「あ、沖田隊長、こいつ屯所に連れていきますよ?」
見回りを共にしていた隊士がそう沖田に呼びかけた。おぅ、と短く返事をして振り返れば、ハタと彼女と目が合う。先に視線を逸らし何事も無いように職務をこなす彼女に、彼はこう呼びかけた。
「糸、お前もそいつと一緒に屯所に戻れ。俺ァ旦那と少し話しがあるから」
「あ、はい……」
「新八ー、神楽ー。お前等も先に万事屋に戻っとけ」
はーい、と新八達の声も返って来て、銀時はふぅと息をつく。
「旦那ァ、ちょっくらついてきて下せェ」
「……」
「…アンタのしつこさには負けやした」
「しつ…!?」
「話してあげまさァ。糸の事も、あの人の事も」
「あの人……?」
「…もうすぐなんでさァ、糸の兄の命日がね」
「…兄の…命日……」
「聞く覚悟はありやすかィ?」
「…」
「踏み込む勇気は、ありやすかィ?」
沖田は振り返って聞いた。目を逸らさず真っ直ぐに銀時を見て、その答えを待っている。だが答えなら、銀時はもう言っているのだ。
「好きな奴の事なら、ついつい踏み込んじまうのが男の性ってもんだろ」
「……そうかもしれやせんねィ」
沖田が小さく微笑む。
「踏み荒らさないよう、せいぜい注意して下せェよ?」
そしてまた一歩、銀時は踏み出したのだ。
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