指きりげんまん
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今日も散々仕事から逃げ回った沖田は、まるで職務を終えたかのような堂々とした態度で風呂に入っていた。赤くなった頬や体から出る湯気が何とも憎たらしい。生意気にも鼻歌を歌いながら「よし、土方さんを殺しに行くか」と平然と考えていた頃、少し先の縁側に座っていた一人の隊士を見つけ、気配を消して近寄ってみる。
「わっっ!!!」
「!!!!!???」
耳元で大きな声を出してみれば、相手は沖田が思っていたより肩をびくつかせ、口をパクパクさせたまま彼を見上げる。よほど驚いたのか、目に若干の涙が溜まっていた事に対し沖田は愉快に笑った。
「ビビリ過ぎでィ」
「だ、だって、隊長が急に大きな声を出すから……って言うか気配を消して近づかないで下さい…」
「一番隊に居るなら気配ぐらい勘でよめるようになりやがれ」
「無茶ですよー…」
何食わぬ顔で、その場に座っていた緋村の隣につき、湿っている綺麗な髪をバスタオルで豪快に拭き出す。そんな様子を彼女は横目でチラリと捉え、それからボーっと夜空を見上げる。控えめに輝いている星と、天人の船の光が重なる。暫くの間は音を立てながら髪を拭いていた沖田だったが、やがてその手がピタリと止まる。タオルを頭にかけ下を向いたまま「オイ」と声をかける。勿論この場に居るのは彼女だけなので、空に視線を残したまま「はい」と返事したその声は、まるで今の夜空に浮かんでいる星のように小さなものだった。
「何かあったんですかィ?」
「……どうしてです?」
「いや……だっていつもみたいに"もう!またサボりましたね!?明日までには書類終わらせておいて下さいよ!"とか何とか言ってくるじゃねーか」
「……茶々入れるようですみませんが、今の私のモノマネですか?ご丁寧に身振り手振りつきでしたが……」
「似てただろィ?」
「全く似てませんでしたね」
「ちぇっ、今年の忘年会でやろうと思ってたのに…」
「やめて下さい、何だか私が居た堪れません」
「………」
「もう…そんなに小言が欲しいなら幾らでもあげますよ。…ほら、早く髪拭かないと風邪をひ…」
「誰かに、何か言われやしたかィ?」
真剣な目をしている沖田と目が合った。いつもは怠けているばかりの上司だが、こうやって核心をついてくるその観察力の凄さを、彼女はいつもこうやって体感するのだ。逆らえない、という思いは、只単に彼がサディステッィク星の王子だからという訳ではない。
「ちょっとバレバレでしたかね」
あはは、と乾いた笑いを浮かべる彼女に、沖田は間髪居れずに突っ込んだ。
「誰に、何を言われたんでィ?」
「やだな。悪口を言われたとかじゃ無いんですよ?」
「……」
「そんな事で一々落ち込む私でも無いですし」
「そう言われたらそうでしたねィ。お前図太いしな」
「失礼な」
少しふくれっ面の彼女だが、自分で言った通り、軽い悪口だけでは凹まない精神を持っているのは確かだ。とすれば…、と沖田も空を見上げながら言った。
「二年忌になるんですかィ?」
「あー……それぐらいになっちゃうんですねー……」
「そう思えば長いな」
「えぇ、ホントに」
「……その日は休むんだろィ?」
「仕事の捗り具合によりますね。上手く片付けられなかったら休まないと思います」
「おま…その日ぐらい休めって」
「いつもサボってる隊長に言われると何だか変な感じですねー」
「うっせ」
考えている事がばれているのか、彼女は小さく笑って今度は軽く俯く。何だかんだいって隠し事は無理な二人なのだ。
「隊長と会ってもう二年以上経つんですね」
「早ェなー…」
「ですね。……二年かぁ……長いなぁ……」
「……」
「たいちょー」
「……」
「見て下さい、この包帯。副長が巻いてくださったんですよ。綺麗に巻けてますよね…」
「あの人ァ怪我の処置にも慣れてるからねィ」
「坂田さんもね、凄い慣れてる感じでしたよ。何というか……怪我の判断の仕方とか」
「あぁ、そういや背負われて帰ってきてたな」
「あれは申し訳無かったです」
「………お前さ、旦那の事どう思ってんでィ?」
「はいー?旦那?…坂田さんの事ですか……?…どうって………お友達?」
「(何で疑問系なんだよ…)」
特にはっきりとした答えが返ってこず、"お友達"と曖昧に位置づけられた事が沖田にとって、とても深く感じられた。そこからもしかして発展するかもしれない未来が無い訳では無い。
だからと言って、沖田は緋村を恋愛対象として見てはいない。何度も銀時にそう言ったように、それは紛れも無い事実。彼女と沖田は、只の上司と部下の間柄だ。
だが、違う意味で沖田は恋人以上の感情を彼女に向けているのも、また一つの事実。
それはそう、誰にも崩させない、"真撰組の結束"が根付いていた。
「……隊長…私ね、今日副長に"命日は仕事休んで良いぞ"って言われたんです。それ聞いて驚いちゃいました」
「何ででィ」
「……この前もお墓参りに行ったくせに、私、忘れてたんです。あの人の命日を」
「………」
「罰当たりですよね。あれだけ大事にしてもらったくせに、私は毎日生きるのに必死で命日を忘れてたんですよ?天罰が下っても不思議じゃありません」
「……」
「………どうしてでしょうね。私が忘れるなんて有り得ないのに……」
「…それ以上に何か刺激的な事もありやしたかィ?」
「あはは、そうかもしれませんねぇ」
「例えば、旦那と出会った事だったり?」
「?どうしてそこで坂田さんが…」
「いや…何でもない」
「……でも、坂田さんとは会う度会う度何か起こってるような気がするなぁ…。昼間に花火したり、スクーター二人乗りして犯人追ったり、この前は背負われたり……」
「確かに毎回濃いですねィ」
「でしょう?だから、印象はとても強い方ですよ」
「(その旦那の存在が、アンタのツライ思い出を霞めさせてる……って言ったら)」
お前は、どんな反応をするだろうか?
「……隊長?」
「今日は夜番じゃねぇだろ?さっさと休め」
「あ、はい」
「お疲れ」
「……お疲れ様です」
やけにあっさりとした離れ際に彼女は首を傾げるが、当の本人は相変わらずタオルを被ったままその場を去っていく。静かな足音は寧ろ無音に近く、その中で沖田はとある一人の気配を拾った。
「何の用ですかねェ土方さん」
暗闇の角にそう呼びかけると、数秒の後、ぬっと人影が現れた。そこに居たのは紛れもなく土方であった。
片手で髪を拭きながら、沖田は「今日の職務サボりの説教ならもう糸にもらいやしたぜィ」と悪びれた様子も無く言う。その事じゃねぇよ。珍しく怒ってこない土方に、沖田は少し目を丸くした。
「…あぁ、糸の事ですかィ?安心して下せェ、命日に働かせるような酷な事はし…――」
「その事なんだがな」
「…?」
「あの人を死なせた奴が、そろそろ出所するらしい」
「!へぇ…」
「その事も緋村に言った」
「何か言ってやしたかィ?」
「……本人にでも聞け」
結局何が言いたいかは分からなかったが、土方はそれだけを言うと屯所の奥へと消えていく。一人残された沖田は、まだあの場に座っているであろう彼女を思い浮かべ、あぁ、と納得してみる。
様子がおかしかったのは、このせいでもあったか……。
無意識に髪を乾かす手が止まり、突如脳内に広がった映像は数年前の彼女だった。そして、まだ"あの人"が生きていたその時間を、今一度思い出す。
二年という年月は、長いようで、あまりにも短く感じるものだった。
**********
障子を開けて絶句。沖田の部屋には目を通された形跡が無い書類の束、束、タワー。風で飛ばないようにご丁寧に重しを乗っけて、しかしその部屋の主人は居らず……。仕事して下さい隊長!!!と、緋村の声が響くのがいつもの事なのだが、……障子を開けてある意味絶句、その部屋に書類など一枚も無かった。だが、主も居ない。
「……あれ…?」
そう言えば去年にも一度こんな事があったような……?
記憶を駆け巡っている時、彼女の後ろを通ったのは偶然にも山崎であった。おはよう、等と爽やかに挨拶を交わし、沖田の部屋の変わり様について笑みと一緒に説明してくれた。さすが監察。
「昨日の夜の内にだいぶ片付けたみたいだよ」
「昨日の夜……何でまた」
「さぁー……良い事でもあったんじゃないの?」
「良い事……へぇ……」
「……糸ちゃん?」
「?はい」
「……あ、何でもないや…」
「そうですか」
山崎が去った後でも暫く彼女は沖田の部屋の前に居続けたが、特に何もする事が見つからない。いつもは書類を見るのも嫌になってくるのだが、仕事を取られたような気分になるのだから不思議だ。
取られた……奪われた……
「返して!!返してよ!!!!」
イライライライラ……。
「っ!」
フと甦った数年前の自分の叫びに眩暈が起こる。
「(っとと……私らしくない…)」
「糸?どうかしたか?」
「あ、きょくちょう……」
「おはようっっ!!」
今日もお元気そうで何よりです、と付け加えられた言葉に近藤が照れ臭そうに笑う。大よそ一番上の人間が取るとも思えないその可愛らしい反応に、彼女もようやく笑った。
「今日も愛しのお妙さんという方に会いに行くのですか?」
「あぁ!勿論だ!何といっても俺は愛のハンターだからな!」
「お仕事はして下さいよ?」
「おう!!」
「…それにしても毎日行ってますよね?」
「そりゃあ会いたいからな!!」
恥ずかしげもなく大きな声で言う近藤に、彼女は小さく笑った。だが、それはいつも見せるような可愛らしい笑みとは違う、どこか寂しげなものだった。
「良いですね、局長は。会いたい人にすぐに会いにいけて」
ポツリと出てきたその言葉。
「……糸?」
「っ!!!あ、す、すみません!私いま…!」
自分で自分が何を言ったか分からず、顔を青くした緋村が勢いにまかせ頭を下げ、超特急で近藤から離れていった。
「(わ、私、何て事言っちゃったんだろ……!!!!)」
局長があんなに幸せそうに話してたのに、訳分かんない事言っちゃった…!
そう絶えず思いながら走っていると、いつの間にか彼女は街に出ていた事に気がついた。見回りをする時間でも無いが、何となく屯所には帰れないようなその気分…。何気に放ったあの言葉を聞いた近藤の、驚いた表情が更に罪悪感を呼ぶ。
イライライライラ……。
「…………」
突発的な発言で人を傷つけるのは控えなければ、と心は反省を促すが、歩いても歩いてもそんな気が起こらないのが緋村には不思議だった。
「(違う…いつものと私と何か違うな……)」
イライライラ……。
一方的に積もるばかりのイライラが徐々に溢れ返ってくる。このイライラは何なのだ。彼女は自分に巣食い出したそれに問いかける。落ち着け、冷静になれ。そう思っている筈なのにイライラする。
街の喧騒にイライラする、通り過ぎる人の顔を見てイライラする、一人にイライラする。
「……一人………」
私には、真撰組が居るのに…?
「おにいちゃーん!」
「!!」
背後から聞こえた小さな女の子の声に、緋村は大きく肩を揺らして振り返った。そこには仲睦まじい兄妹が手を握って歩いている姿があった。それを見て、彼女の視線がゆっくりとほそまっていく。
そして、気付いた。
「ははっ」
自嘲的な笑みが、悲しそうに歪む。
――誰か捕まえて!ひったくりよ!!!
先から聞こえたその声を、彼女は風のように受け流して聞いた。いつもなら頭で考えるより先に足が動く筈なのに、何故か一歩を踏み出そうとはしない。まるで別の何かが足を支配してるかのような感覚に、彼女は無表情のまま見下ろした。
「(捕まえないと……)」
その時にグッと彼女の腕を引っ張る人間が居た。
「アンタ真撰組だろう!?」
見知らぬ町人が、立ち尽くすばかりの彼女に助けてやれと訴える。「あ……」と、拍子抜けたような声を出した彼女だったが、刃物を隠し持っているかもしれないひったくりとこの場で対等に戦えるのは真撰組である緋村しか居ない。町人が助けを求めた事は正しい。彼女も彼女なりに頭ではついていけない急な状況でも、体勢を整え、手は自然と刀に置いた。
「(……刀……?)」
そして、犯人がこちらに向かってくるのを目で確認し、徐々にそれを引き抜こうと手が動く。
「(待って、ひったくり相手に刀を抜くまでも無いじゃない……)」
止めろ、早く手を離せ!!
頭の中で警告音に似た声が響き渡る。だが体は言う事を聞かない。
「(…この前、ひったくりと遭遇した時はどうしたんだっけ……)」
そうか、この前は、坂田さんが居たんだ…。