指きりげんまん
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夏本番の暑さもきつかったが、残暑というのも中々体に響いてくるものがあった。気温が真夏日のように上がる訳では無いが、常に体を這っているようなジメジメとした暑さが何とも気持ち悪い。だから暑苦しい黒のジャケットを脱ぎ、眩しい白のシャツを肘まで捲り、揺れて邪魔な刀に少しイライラしながらも緋村は江戸の街を走っていた。
「待てやコルァアァ!!!」
言葉遣いが悪くなってるのも、暑さからくるイライラという事にしておこう。
ずざざざぁあぁ……!!
スライディングの音が響き、彼女の足は見事に追いかけてる奴の足に絡んだ。どさぁ、と豪快な音を立てて倒れた相手。先に素早く起き上がったのは彼女。
「はー……逃げてもどうせ捕まるんですから、最初から素直に捕まっておけば良いものを……」
「うるせぇ!!離せ!!」
「何でこんな暑い日に万引き犯を追いかけなきゃいけないのよ……」
こんなに暑ければ仕事をするのにも嫌になる。取り合えず万引き犯の腕を後ろで捻り逃げられないようにしてから、街中の好奇の目を無視しつつ無線で連絡を取る。
「こちら緋村ー。目標無事に捕まえましたー…」
「なんてヤル気の無い声でィ」
「!この声は沖田隊長!」
今日の見回りのパートナーである山崎に連絡したつもりが、彼女と応答しているのは紛れもなく沖田。
「隊長!また書類さぼって外に出てきたんですね!?このまま貴方ごと牢にぶち込みますよ!!?」
「おーおー、怖い女でィ。今から山崎そっちに行かせるから、犯人逃がすんじゃねーぞー」
「犯人を逃がす前にアンタを逃がしたくねぇよ」
「きゃ、怖い」
「(うぜー……)」
だから、口が悪くなっているのは、暑さからくるイライラのせい。
それから暫くして山崎が来て、屯所に連行という事になった。少し離れた所にとめてあったパトカーの中には、今まで何処でサボっていたか見当もつかない沖田の姿があった。車内で悠々と涼しさを満喫している。
「ちょっと沖田隊長」
犯人を先に後ろに押し込みその後に彼女も続く。乗り込む際にはこうやって不機嫌丸出しの声を出しながら。
「おー、お疲れー」
「お疲れー…じゃないですよ全く。しっかり働いて下さい!」
「働いた働いた。餓鬼共と一緒にセミ取りしやしたぜィ!子どもは遊ぶのが仕事ってな」
「子どもはね。隊長はもう子どもなんかじゃないんですから、さっさと仕事して下さい」
「糸ちゃんの突っ込みは的確だねー」
笑いながら、山崎がハンドルを切った。
この所彼女の機嫌が悪いのは暑いから。
しかし、彼女よりももっと不機嫌な人物が実は屯所に一人居る。
それは、一人の鬼だった。
「よぉ、おかえり」
なんてドスの利く声で"おかえり"と言われても正直生きて帰ってきた心地などしない。寧ろこれが地獄の入り口ではないかと考えてしまう程だ。変に怒りを受けたくない山崎はそそくさと犯人を連れて屯所内へと引っ込み、沖田は忍の如く消え去っており、その不機嫌を一身に受ける事になったのは緋村だった。玄関で腕を組んで自分を見下ろしている彼から目を逸らし「うーわー…」と悲劇さを嘆いていた。
「た、ただいまであります…」
「ご苦労だったな」
「い…いーえー……」
「………お前が捕まえたのか?」
「え?あー……はいー……」
間伸びた返事と共に目線を上げてみると、手を額に当てて何やらため息をついている土方の姿があった。
「(あれ…?)」
心無しか、イライラしていた雰囲気が少し薄れたようである。それよりも彼女はため息をつかれる意味が分からず、とにかく靴を脱いで玄関に上がれば頭をガシリと土方に掴まれる。
「つ、潰れる潰れる!!!!」
「これぐらいで潰れるかアホ。取りあえず医務室行くぞ」
「何で!!?」
何の説明もされずに、まだ頭を掴まれたまま彼女は半ば引き摺られるようにして医務室へと連れていかれた。一体何だというのか。
屯所の奥にある医務室には誰も居らず、冷房の利いた心地よい空気だけが頬を撫ぜた。思わずホッと息をつく。
「そこのイスに座れ」
「え?あ、はーい…」
言われた通り丸イスに座ってみれば、土方は何やら机の中などを漁り出す。どうやら何かを探しているようで、彼女が思わず「何を探してらっしゃるのですか?」と声をかけようとするが、その前にそれは見つかった。その手には白い包帯。
「?私どこも怪我してませんが?」
「嘘つけ、この前の捻挫の所見せてみろ」
「あー………」
否定の仕様が、彼女には無かった。
有無を言わさず足首を掴まれ、勢いよく後ろに倒れそうになったのを何とか堪えたが、顔が思わず歪んでしまったのは患部を強く握られたからであった。その表情を見逃さず、土方が低く呟いた。
「……まだ痛ェんだろーが」
「………すんません……」
ようやく観念した彼女。昨日彼女自身が巻いた包帯と湿布を解いてみれば、そこには赤みも腫れもひいていない痛々しい捻挫の後が残っていた。さっきスライディングしたせいもあり痛みが更に酷くなってきているのは、彼女のみぞ知る。
「お前これが治るまでは長風呂すんなよ」
「…はい」
「それから、無理すんな。悪化してテメーが完全に動けなくなったらそれこそ迷惑だ」
「…はい」
「後、書類整備とかは全部総悟に押し付けてやれ。俺が許す」
「…はいっ」
最後の言葉には彼女も小さく笑ってしまい、ようやく土方の鋭い表情も崩れた。やれやれ、と言った風にまたため息をついて、慣れた手つきで湿布等を新しいものに換えていく。
「……ふくちょう」
「あー?」
包帯を細い足首に巻きつけながら、土方はぶっきらぼうに返事をする。
「………(イライラしてたのは私の事を心配してくれていたからですか?)……」
「……何だよ、早く言え」
「えへへ、何でも無いですよ」
「んだよ、気持ち悪ぃ」
「あはは!」
いつもの悪態ですら面白く聞こえてしまう。この前銀時に背負われて帰ってきた時は怒鳴られたものだが、何だかんだ言って彼が一番心配してくれているのだ。それがよく分かっている彼女はニコニコと笑う。
「土方副長は、やっぱり優しいです」
あぁ?と強面で返事をする土方だが、彼女にとって怖い筈は無い。綺麗に巻き終わった包帯を見て「おぉ…!」と感嘆の声をもらす。
「ありがとうございます副長!」
「もう悪化させんじゃねーぞ」
「はい!」
「んじゃ仕事に戻れ。ついでに総悟をしょっぴいとけ」
「何処に逃げたんですかねー…」
いつものように此方を困らせてくる沖田の存在に、緋村が小さく息を吐いた時、徐に土方が彼女の頭をポンポンと撫でた。何の事か分からず顔を上げてみれば、いつもと変わらぬ表情の彼が居る。だが、さり気なく言われたその言葉は、何とも言いがたい衝撃を彼女に与える。
冷たい空気が一気に肺を占拠し、体の芯から何もかもが冷えていくような感覚だった…。
「そろそろ命日なんじゃねぇの?仕事、休みたかったら言えよ。俺が近藤さんに掛け合ってやる。後、それから……」
這い蹲るような残暑が、やはり鬱陶しい。
イライライライラ……。
「(…あれ……何だろ、このイライラ…)」
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