鬼が待つ家
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結局荷物を一つも持ってくれなかった沖田に、多少恨みのこもった目を向けていた山崎だったが、世の中にはそれよりも恐ろしいものなど溢れ返っている。それがこの屯所にもある事を、彼は忘れていた。
「随分遅いお帰りじゃねーか総悟…」
「土方さんと違って俺は忙しいもんでねィ」
「(たいちょうー!?)」
屯所の門をくぐれば鬼の形相で出迎えてくれた土方が立っており、彼の言葉に生意気に受け答えする沖田に、監察の彼は毛穴という毛穴から汗が吹き出る感覚を覚えた。もうそれは滝のようにドバッと…。
「朝っぱらから自分のとこの隊士からかってる隊長様がそんなに忙しいとはなぁ……」
「からかって…?…あぁ、糸の事ですかィ?あれはからかったんじゃありやせん、遊んでやったんでさァ」
「どこがどう違うのか是非とも説明しやがれってんだ」
ズボン事件(?)の事を土方に話すべきでは無かったかと少々反省した山崎だったが、沖田が怒られるのは言わばいつもの事である。食材が傷まないように、と少し言い訳ぶってみて山崎は通り過ぎようとする。
「総悟、緋村はどうした?」
「あ、それなら山崎が知ってやすぜィ」
その瞬間に土方の手が山崎の後ろ襟を掴んだ。
「ぎゃー!!俺何も知りませんって!」
「あぁん?うるせぇぞ山崎、とりあえず緋村は何処だ。アイツとこいつに説教して今日の俺の職務はようやく終わるんだよ」
コイツと呼ばれて親指を指されているのは沖田だが、明後日の方向を見ながら口笛を吹いている。
「説教?何の事やらさっぱり」
「すっとぼけんなテメー。同じ隊の人間と言えど男と女が狭い部屋で寝て良いと思ってんのか」
「ふ、副長!二人は別に何も無かったんですし、それに変な話糸ちゃんそういう話に疎い所がありますし…」
「別に糸を襲う程飢えてないですしねィ」
「うるせェこのスットコドッコイ共。お前等が良くても周りが見たら勘違いすんだろうが。そうなったら士気が下がる可能性だってある。屯所の空気を乱してみろ、そしたらお前等切腹だから」
「俺もですかぁ!!?」
「山崎、俺とお前は運命共同体ですよねィ?」
爽やかな笑顔で微笑んでいるS王子を見て、ようやく「謀られた…!」と気付いた山崎だったが時既に遅し。切腹の時は3人で逝こうなー、とか物騒な事を言って笑っている沖田に彼の顔が引き攣った笑みを作り出す。
「とにかく緋村が帰ってこない事にはな…」
「帰ってきて何を言うんですかィ?」
「そりゃ……仕事中は別としてだな、それ以外の時はもっと女である事を自覚しろとか」
「はい?」
「あいつは天然タラシのとこがあんだよ。今までは目を伏せていたが若いって言っても確実に歳は取ってんだ、そろそろ気付いてもらわねぇと困る」
「天然タラシ………まぁ否定は出来ませんよね」
ようやく離してもらった山崎が、それでもこの場からは逃げられずに話に参加した。思い当たる節が彼には多々あったのだろう。
「と、に、か、く、プライベートにまで口を出す気無いが、アイツももう子どもじゃねぇんだ」
「だから何ですかィ」
「……もう少し男に警戒心を持て?」
「何で疑問系なんですか…」
「あーそんなの言ったって無理ですぜィ、THE☆天然タラシはそれぐらいじゃ気付きやせん。だったらここは一つ俺が実力行使で…」
全てを言い終える前に、その言葉の先にあったであろうよからぬ事を察知した土方が容赦なく拳骨をくらわした。栗色の髪をおさえて「何でィ土方ー」と口を尖らせる沖田に山崎が苦笑いを零す。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですって。糸ちゃんは副長が心配する程の子じゃないですよ」
「俺が心配してんのは屯所の士気の事だけだ」
「はいはいツンデレーション頂きましたー。……にしてもアイツ遅いですねィ。……誘拐されたか?」
「隊士が誘拐されてどうすんだアホ」
「そろそろ帰ってくる頃だと思うんですけど……」
「……案外男と居たりしてー」
「それシャレになってませんよ隊長」
「まぁ一人でひょっこり帰ってくるだろ……」
その一言で土方はこの場を締めて一旦屯所の中に戻りたかったのだが、門を抜けてやってきた人物に3人の視線は一斉に向けられた。
「………万事屋の旦那?」
「どーも」
薄っすら汗をかいている銀時は、背中に何かをのせているのか気持ち屈んだ体勢で現れた。その広い背中で何をおぶっているのか、段々分かってきた山崎は呆れたように笑い出す。土方に至ってはさっき脱ぎ捨てた鬼の顔をもう一度貼り付ける。晴れた夏の日だと言うのに、土方の頭上では嵐のような、とりあえず雷が落ちそうな天気なのである。
「お宅の大事なお嬢さんをお連れしましたよーっと」
「…た、ただいまです皆様……」
恐る恐る顔を出したのは話題の中心に立っていた緋村であった。
「何かズボンの裾ふんずけて足捻ってよ、手当てしてやってくれや」
「……お……お手数おかけします皆様………あの……副長?顔が…怒っていらっしゃるのは私の勘違い……ですか……?」
今まで何とかフォローしてやっていた山崎だったが、知り合いといえど銀時に背負われて堂々と屯所入りをしてしまっては何も言いようが無かった。別に男全員に警戒心を持て、だとか、そんな難しい事は言っていない。捻挫をして歩けなくなったら背負われるなり何なりされるのが普通である。だがその対象が彼女だからこそ……いつも屯所に居る存在で特にこれと言って男女間に興味が無い分、時に危なっかしいと見える緋村だからこそ、お父さん(土方)にとってこの事態が解せないのだ。それにお父さんの脳内では銀時イコール敵。彼女は敵におぶわれて帰ってきた。その方程式のせいで頭上の積乱雲は更に凄味を増していく。
「…ふ…ふくちょー……?」
大きな目をパチパチと繰り返し瞬きをして、事情が分からずとも土方の雰囲気を読み取り若干銀時の背中に隠れようとする。雷に備え、沖田と山崎が耳を塞ぐ。
その数秒後、晴れ渡った江戸に、一人のお父さんが娘の名を怒りながら叫ぶ声が轟き渡っていた。
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