鬼が待つ家
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その日は朝から明らか怒っている緋村の姿が屯所内で見かけられ、それは土方も例外では無かった。彼女がああやって怒っているのは大体が沖田が絡んでいるので大して気にしなかったが、食堂でたまたま隣になった山崎に(一応)その詳細を聞いていた。
「あぁ、沖田隊長がからかったんですよ…」
「(やっぱり……)」
厄介な部下を持つ土方にとって、彼女の気苦労はどこか理解してやれる気持ちがあった。
「昨日の夜に糸ちゃんが隊長の部屋で寝てたんですけどね、何も無かったのに隊長が変な素振りを見せて遊んでたらしいんですよ。あぁ、だから、別に何もやましい事は無かったのにっていう意味でね」
「ふーん………」
沖田が緋村に厄介事を吹っかけるのはいつもの事であり、隊士に詳細を聞いては特に気に留めてはいなかった。日頃の沖田の悪さと言えば見回りをサボったり書類をサボったり、取り合えずサボったりである。今回もそうだろうと睨んでいた土方は、今山崎が言った言葉を右耳から左耳に聞き流すように食事を続けていた。だが聞き捨てならないものを聞いたような気がして、再度彼に聞きだした。
「え?だから、昨日の夜に糸ちゃんが隊長の部屋で寝て…」
「二人きりで!?」
「あ、はい…。俺途中まで隊長と飲んでたんですけど、その後は監察室に戻ったんで……」
「あんのアホ共…!!良い歳した二人が同じ部屋で寝やがって……!!」
沸々とわき上がる土方の怒りを一身に受けたのは握り締められている箸で、ばきぃ、という音と共に真っ二つに割れたのは言うまでもない。食堂に立ち込め始めた鬼の怒りに周りは気付き始め、何事だと逃げ腰の輪が広がる。
「いやでもホントに何も無かったんで…!!」
「何も無かったで済むかぁ!隊士と言えどアイツは唯一の女隊士だ、ちゃんと部屋も与えてる。ここは男所帯だぞ?間違いが起こらないとは断言できねぇんだよ」
「副長…」
「……まぁあのアホ一番隊の事だからそんな事態が発生するとは万に一つも思ってもねぇが、今後の為にも秩序は守ってもらわねぇと困る。それが緋村の為にもなるんだよ」
「(この人厳しいんだか優しいんだか……)」
「総悟に注意したって聞く耳を持たねぇだろうな。……緋村はどこだ?」
「今は見回りに…」
「帰ってきたら一回シメねぇと…」
土方が席を立ち食堂を出るや否や、そこには平和な空気が流れ始めた。彼が鬼の形相で廊下を歩けば、すれ違う隊士達は情けない短い悲鳴をこぼして道をあけていた。
そんな状況が外でも繰り広げられているとは露知らず、頭の後ろで手を組み口笛を吹いている沖田の横で、般若の顔で歩いている女性はまさしく緋村であった。往来の人々がざっと道をあけるのは、彼女のオーラを恐ろしく感じたからだろう。
「糸、さっさと般若の面を取りなせェ」
「失礼な事言わないで下さい私はこれが素の顔なんです」
「どんだけ怖い素だよ」
「隊長には分からないですよ、朝から心臓に悪いドッキリをかけられた私の気持ちなんか…」
「アンタをからかうのが俺の生き甲斐なんでねィ」
「あーもう私真撰組抜けようかなー」
「おま、俺が死んでも良いっつーのか」
「何ですかソレ。私が盾みたいな言い方してー」
「冗談でさァ」
「……大丈夫です、隊長は図太いお方なんでそう簡単には死にませんよ」
「ひでー」
「それに安心して下さい」
真撰組を抜ける気なんて更々ありませんよ
何のキッカケもなく淡々と言われたせいか、沖田は一瞬きょとんとしたが、その言葉に「そうかィ」と満更でもない顔で返した。
「狙うはどの地位でィ」
「沖田隊長の上に立てたら何でも良いです」
「生意気でさァ」
「あーハイハイ」
やっと普段の顔に戻った緋村だったが、突如「あ」と何かを思い出したような声を出して若干眉を寄せた。沖田が目だけを彼女に向けてみれば、何かをしでかしたのか頭を項垂れている緋村の姿が目に入った。
「どうしたんでィ」
「………ズボン……隊長の借りっぱなしで来ちゃいました……」
「………」
「声を押し殺して笑わないで下さいよ!そ、それに仕方ないじゃないですか!隊長が私をからかってたせいで見回りの時間に遅れそうだったんで、このまま来るしか無かったんですよ……」
「ゴメンネ」
「そんな誠意の無い謝罪を頂いても嬉しくないです」
「オイ、裾引き摺ってる。破ったらお前弁償しろよ」
「その立場で謝罪を要求しますか!?信じられない……」
それでも律儀にしゃがんで裾を折る所が彼女らしいと言うか、道の脇に寄って折っているその隣で、沖田は行き交う人の中にとある人物を見つけ出す。
「(あ、旦那だー…)」
万事屋という依頼を受ければ(報酬金によって)何でも引き受けるという店の主人が、江戸の街を飄々と歩いていた。スラリと長い背もあるせいか、歩くたびに揺れる彼の銀髪が一際目立って見えていた。
「(っとに…こいつを連れて歩いたらよく会うな……)」
チラリと視線を落とせば裾を折っている自分の部下が…。思わず沖田はしゃがんで彼女の肩に腕をまわし、耳打ちをするように顔をほんの少しだけ引き寄せた。
「ん?どうかしました?」
「アンタは何ですかィ、そんなにあの人の事が気に入ったんですかィ?」
「は?何の話ですか」
「せーーっかく俺が忠告してやったっつのに…」
「えぇ?だから何の話です?」
廃刀令というご時世を知ってか、腰には木刀がささっているその銀髪の侍を、沖田はどうしても彼女に近づけたくない訳があった。それはもう数年前の事、沖田も緋村ももう少しあどけなさが残っていた年齢の時に起きた出来事が関係している。
ーーわたし、貴方の事嫌いです
「…た…ちょう?たいちょう?」
「!あ、わりぃわりぃ。…ほら、折れたなら行くぞ」
「はい」
「その折った分だけアンタは俺より足が短いという事ですねィ」
「黙れ」
彼女から離れてようやく立ち上がり、銀時と会わぬように上手く人の間をすり抜けたつもりだったのが、不意に彼女が「うわっ!」という声を上げた事により銀時の視線どころか周りの注目を一斉に引き寄せる事となってしまった。沖田達の事を"真撰組"としか認識していない人々にとって注意はすぐに逸らされるが、"顔見知り"である銀時にとって特に無視をする理由も無い。間抜な声を上げた彼女に、「よぉ」とへらりと笑って挨拶をした。
「あ、坂田さん、こんにちは。この前の西瓜ぶりですね」
「(西瓜ぶり?)」
「おー、あん時はどうも。……なに?見回り中?」
「サボったらマヨラーが五月蝿いもんでねィ」
「む、隊長はいつもサボってるじゃないですか」
「今日はちゃんと仕事してまさァ」
「……ん?緋村お前そのズボンの裾長すぎじゃねぇ?」
「や…やっぱりそう思います?」
さっき彼女が間抜な声を上げたのは、折角追った裾が歩いた途端に片方だけがまた下がり、それを踵で踏んでしまいバランスを崩し昨日の二の舞になろうとしていた。
「サイズ合ってないだろそれ」
「あはははは…」
「あー、これ俺のズボンなんで仕方ないんでさァ」
「は?………お前何、沖田のズボンはいてる訳?」
「ちょっと沖田隊長言わないで下さいよ!あ、あのですね坂田さん、これはちょっと事故と言いますか不可抗力と言いますか…!」
「嘘じゃねぇだろィ」
「そうですけども…」
「まぁ一緒に寝たもんでこうなっ…」
「沖田アァアァ!!!!頼むから黙って!口を閉じて!!!」
緋村を茶化すのがそんなに面白いのか、涼しい顔で言う沖田に比べ彼女の顔は真っ赤になり、驚いた表情のまま固まっている銀時を取り残して騒ぎ始めていた。
「だから嘘じゃ…」
「嘘じゃないですけども隊長が言ったら何か破廉恥に聞こえるんですよ!!」
「そう思うからそう聞こえるんでィ」
「普通ならそう思いません!!?あ、ちょ、坂田さん!違いますからね!?一緒に寝たってのは私が隊長の部屋で爆睡しただけで…!!」
「え!?あ、へぇー…」
「絶対信じてませんよね!?ちょっと!隊長も何とか言っ…」
「お、ひったくり犯が出たみたいですぜィ。ちょっと追いかけてきまさァ。俺に助けを乞う声が聞こえる!!」
「それはアンタの幻聴です!!!!あ゛!ちょっと!沖田隊長!!!」
大袈裟に耳に手を添えて声を聞くフリをした沖田は、彼女の怒声も軽く避けて人に紛れて軽やかに走り去っていく。やけに爽やかな虐められっ子に散々虐められた緋村は、押さえきれぬ怒りを荒い呼吸一つ一つに込めていた。
「もう!全く……」
「大変だなお前も……」
「でしょう?でも今はああやって去って行ってくれた方がありがた……くない!また仕事サボりに行ったな!!?」
「ああ、それはしてやられたな」
「戻って来い沖田アァアァアァァアァ!!!!!!」
「あっれー?沖田さんじゃないですか。糸ちゃんと見回りじゃなかったんですか?」
「ん、はぐれた」
「(またサボりか…)」
缶ジュースを飲みながら呑気に歩いている所を山崎に目撃された沖田は、特に反省の色を見せずに自分のペースを保っている。
「夕飯の買出しか?」
「食堂のおばちゃんに頼まれちゃって…」
「ふーん…………あ」
「どうかしましたか?」
「旦那とアイツ二人きりにしちまった」
「は?」
「俺とした事が」
「え?」
「探してすぐに取り返さねェと、あのアホを」
だが別段焦ったような言い方はしていないのだが、空になった缶を近くにあったゴミ箱に投げ入れた沖田は、少し駆け足に踵を返し、たまたま会った山崎の隣を離れようとする。一体何が起こっているか分からない彼だが、「隊長」と呼びとめた。
「もう見回りも終わる時間ですし屯所に帰ってるんじゃないんですか?」
「あー……それもそうか。…よし、帰るぞ」
「ちょっとまって下さいよ隊長!荷物の一つぐらい持って下さいよー!」
「嫌でィ何で俺が」
我先にと足を進める沖田を、荷物を抱え持って追いかける山崎の姿を、街の一角で銀髪の男が「あ」という声を出して目撃していた。