鬼が待つ家
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朝のヒンヤリした空気は開いている障子から吹いています。頬を軽く冷やされ、少し身じろいだ。この柔らかい感触に包まれている感覚はきっと昨日干したお布団だろう。そのせいかまだ夢心地で、私にしては珍しく、携帯のアラームが鳴り響くまで体を起こすのは止めとこうと目を閉じたままにしておいた。ゴロリ。反対側に寝返りを打ってみると、上にかかっていたタオルケットも一緒にずれた。
「ん……寒い……」
そのせいか急に寒く感じて、体は正直に温かみを求めて何かにすり寄った。布団の暖かさとは違う、もっとジンワリとした何かで、大きさは私よりも大きいような気がする…。……うん?何だこれ?温かいのは温かいけど布団みたいに柔らかくないし、かと言って硬い訳でもなく程好く弾力があると言うかなんというか……。………何これ。そう思うが早いか、私は目をパチリと開けてみました。
そこには、爽やかな笑顔で笑っていらっしゃる我が隊長が寝そべってました。
「おはようごぜェやす、糸」
「…………でえぇえぇええぇぇえぇぇえぇえぇぇぇ!!!!!???」
最悪な目覚めを迎えました。
「な、ななな、何で!!?」
「朝から大きい声を出すなっつの…。屯所に俺達の関係がバレたらどうす…」
ばきぃ!!
沖田隊長の先の言葉を悟った私は素早く右ストレートをお見舞いし、彼をフカフカの布団に沈めておきました。それにしても何で!?どうして!?時刻は朝の6時、江戸は天気の良い朝だというのに、この波乱に満ちている朝は何ですか!?
「こ、ここ私の部屋ですか!?」
「いってて……ここは俺の部屋でさァ」
「何で私ここで寝てるんですか!?」
「何でって…昨日の事覚えてないんですかィ?」
「昨日の……事…!?」
起き上がった隊長の胸倉を掴んでいた手がスルリと解ける。頭は因みに真っ白です。……昨日の事……覚えてない……。昨日何があったっけ!?私何かしたんだっけ!?
「あー……ホラ、アンタが夜俺の部屋に書類持ってきて…」
「そ、それは覚えてます……!」
「それから急に酒を呑みだしたんでィ」
「何の脈絡も無しにですか!?」
でも隊長が指をさす机の上を見てみれば、確かに空になっているお酒の缶が幾つもあって、それを見た途端に襲ってくる頭痛はもしかして二日酔いというヤツで……!?いや、落ち着いて私。まず緋村糸という人間はお酒がそんなに好きじゃない筈。それに上司の部屋に書類を持って行った勢いでお酒に口をつけるとは考えにくい…!
何より部屋の中にお酒の匂いがしない!
「それは夜の内に換気したからでィ」
私が飲んだという証拠も特にない!
「指についてるインクが缶の所にくっきり残ってやすぜィ」
「私の思考の中に入ってこないで下さい隊長!!」
「いい加減認めなせェ糸」
「う゛…!」
「お前は昨日ここに来て酒飲んでそのまま俺と寝た。以上。それだけの事でさァ」
「……良かった……それだけでしたか……………んん?寝た?俺と?」
「俺と」
「沖田隊長と?」
「おう」
「私が?」
「おう」
「ねた?」
「おう」
「寝た………寝たアアァアァアァァァ!!!!???」
「声うるさっ」
もっと有り得ない事態が発生してるんですけどこれは気のせいと思って良いんですか!?お酒を飲んだ事より有り得ない!寝たって!?それは深読みしなきゃいけない感じなんですか!?どうすれば良いんですか!!?
「いやぁ、糸があんなに大胆に誘ってくるとは思ってなか…」
ばきぃ!!
また改めてパンチを繰り出しておきました。
「これは夢、絶対に夢、きっと私まだ寝てるんだ。起きろ、そして寝ろ」
「何で起きてまた寝るんだよ」
「疲れてるんだ私きっとそうだ疲労が溜まってこんな幻覚見るようになったんだ」
「オーイ、俺の声聞こえてやすかー?」
「神様仏様近藤様どうか私をこの悪夢から助けて下さい…!」
両手を組み、何やら途中で突っ込んでくる沖田隊長を無視して祈っていると、廊下の先から「おーぃ、糸どこだー?」と私を呼んでいるのは間違いなく近藤局長!きっと私の祈りが通じたんですね、そうですよね!
「ここ!ここに居ますよ、近藤さん!!」
「何でィその縋るような言い方は」
後ろで不服そうに口を尖らせている隊長ですが、心の中では私が困っているこの状況を心底楽しんでいるに違いないです。沖田という男はそういう奴です。人の不幸は蜜の味。この男に言わせれば「人の不幸は蜜に砂糖を加えてから冷やして飴になって口の中で楽しく転がして遊ぶに限る」に違いない。
「沖田隊長にそう易々と飴はやらせません!!」
「何の話でィ」
そうこうしていると私の声を辿ってくれた近藤さんが、「ここに居たのかぁ」と笑いながら障子を開けてくれた。朝の光りが一気に部屋に差し込んできた。何より近藤さんの背後から漏れているので、彼に後光が差しているんじゃないかと見間違えました。
「昨日は総悟の部屋で寝てたのかー?」
「え、あ、いや…それは、その……」
「飲み明かしてる内にこうなったんでさァ」
「!!ち、違いますからね!」
「何が違うんでィ。で、そのまま二人でグースカと寝たんでさァ」
「糸の顔がやけにスッキリしてるからなー!沢山寝れたか?」
「恥ずかしい事に…記憶が無くて…」
消え入るように言った私の声を聞いて、隣に座っている沖田隊長は「はぁ…」と一つため息をこぼした。そした私の肩に手を置いた。思わず顔をそちらに向けてみると、今日の目覚めた時に待ち構えていたあの爽やかな笑顔が私を照らしている。
「昨日は楽しかったですぜィ糸。アンタが部屋に書類持ってきた時、俺と山崎がこの部屋で(たまたま)飲んでて、何でか知らねぇけど"この中で一番足が長いのは誰か"っていう話になって、シャツにスパッツ姿だった糸が俺とどれだけ足の長さが違うか検証する為にタンスにしまっておいたズボン取り出して着てみたら、あろう事か裾を踏んで後ろによろけてそこの柱で思いっきり頭ぶつけて倒れてそのまま朝を向かえるなんて、ほんと糸ってばお茶目サン!!」
あまりの話の長さに、すぐには追いつけなかった。只、最後に言った"お茶目サン"と言いながら親指を立てる隊長に無性にイラァッと来て、無反応にも拳が反応したけれど見事に受け止められて……。あれ?ちょっと待って、今の話が本当なら私と隊長は別に……。
「あーホントだな。ここにでっかいタンコブが出来てるぞ?」
そう言いながら私が痛いと感じていた後頭部を触っている近藤さん。タンコブ……出来てるんですか?じゃあ痛いのは二日酔いとかじゃなくて只のタンコブで……私はお酒を一滴も飲んでいなくて……?
「糸の早とちりサン!」
「お………沖田隊長のバカァアァアァアァァァァアァ!!!!!!!」
こうして、最悪な目覚めは幕を閉じました。
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