何か理由を
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立て付けの悪い台車がガタガタと揺れる度に乗っている西瓜が何度か転げ落ちそうになった。緋村はそれを何とか押さえながら、江戸の街を銀時と一緒に歩いている。
「坂田さん、これだけの西瓜をどう処理なさるんですか?」
「神楽が殆ど食う筈だ」
「へー……あの子こんなに食べれるんですか……」
「まぁな。そのせいで坂田家の食費はいつも悲惨な状態だ」
「ちゃんと遣り繰りしてるんですかー?」
「おま、銀さんなめんじゃねーぞ」
「はいはい、なめてませんよ」
銀時がチラリと後ろを振り返ってみれば、額の汗を腕で拭っている緋村が居る。夏真っ只中の温度では無いにしろ暑いに変わりはない。そんな天候の中でこんな仕事をさせるのは酷かと今更ながらに考えた銀時は一度歩みを止めた。突如止まった台車に、彼女は不思議そうに顔を上げる。
「どうしました?」
「……やっぱ俺1人でいけるわ」
「はい?」
「お前はもう屯所に戻れ。ここまで連れてきて悪かったな」
「……」
少しでも緋村と関わっていたい、と密かに心中で願った銀時の欲望だったが、タイミングをはき違えたかと少々後悔。まあ喋れただけ良いや、と変に楽観的な銀時の思いは"もう屯所に帰れ"というぶっきらぼうな言葉で現れた。
そんな彼の真意に緋村が気付くなど今の段階で絶対有り得ないが、投げかけられた言葉を鵜呑みにせず、台車から手は離したものの銀時の隣についた。
「!」
「さ、万事屋に行きましょう?」
スタスタと歩き出す緋村に驚いた銀時だったが、このまま立ち尽くしている訳にも行かない。少し重く感じた台車を引っ張りながらも彼女と並ぶ事が出来た。
「いやいやお嬢さん俺の話聞いてた?もう帰れ、って言ったんですけどもね」
「でも台車を持ち帰る人間が必要でしょう?」
「……」
「それに、息抜きも兼ねてちょっと歩きたいんです。折角ですから坂田さんも付き合って下さいよ」
こう優しく笑われると邪険に出来る筈も無かった。
「(……ま、良っか)」
蒸し暑い夏の日、大量の西瓜が乗っている台車を引っ張っている自分と、その隣に緋村が居る光景に疑問を抱きつつも銀時はゆっくりと歩いていく。さっきペタペタという足音をならしていた彼女は、裸足のまま庭先にあった下駄を履いていて今度は乾いた木の音が銀時の耳には聞こえる。
「暑いですねぇ」
「あ?……おぉ、そうだな」
「万事屋の皆さんは体調を崩してはいらっしゃいませんか?」
「何とかな。………でさ、」
「はい?」
「さっきジミーとかお前が言ってた"息抜き"って何だ?そんなに屯所って忙しい訳?」
「あー、息抜きですかー?…うーん……忙しい……ですね。坂田さんも知ってると思うんですけど、うちの隊士だいぶ蚊の天人にやられたでしょう?その隊士の看病を私が請け負ってて……。だから近頃はずっと屯所に引き篭もりっぱなし」
「あぁ、だから息抜き…」
「そうなんです。暑くてもやっぱり外は歩くもんですね」
あのむさ苦しい病人集団の中でいそいそと看病に勤しむ緋村の姿が安易に想像できた銀時は、彼女と山崎が持っていた手拭いも看病の為か、と勝手に想像する。実は合っている。
「仕事でモヤモヤした時は外に出るのが一番です。休憩するのも大事ですけど、私、江戸の町を歩くのが好きだから」
「そうかィ。そら連れてきて良かった」
珍しく爽やかに微笑む銀時の横顔を、たまたま顔を上げていた彼女は見る事が出来た。あの時スクーターの後ろから嫌ほど見ていた綺麗な銀髪が風によって揺れている。
「暑さにやられてお前まで倒れんじゃねーぞ」
そう言って緋村に小さく笑いかける銀時の顔は自然の笑顔であり、初めて見たに近いその表情に彼女は柄にも無く目を奪われる。少なからず銀時も汗をかいていて、それが銀の糸を伝い太陽の光加減によってキラキラと輝く。
きれい
男に向けても喜ばれる言葉ではないが、彼女は率直にそう思う事が出来た。
「大丈夫です!そんなに弱くありませんから!」
「なら良いけどな」
それからしばらく2人は会話をする事なく、只台車が揺れる音だけがこの空気に響いていた。蝉が鳴いて、西瓜を運ぶ台車が揺れて、何とも言えない夏の空間に入り浸る銀時は、少しだけ笑った。
今日、外に出て良かった、と。
「……暑ィな緋村」
「え!?あ、そうですね、言ってもまだ夏ですもんね」
「……アイス食わねぇ?」
「アイスですか?…食べたいのは山々なんですけど生憎持ち合わせが……」
「俺が持ってる」
「いや、でも…」
渋る彼女だったが、銀時は全く無視して、通りかかった小さな駄菓子屋の前で台車を下ろした。その拍子にゴロゴロと転がる西瓜が地面に落ちぬように彼女が苦戦している間に、銀時は2本のアイスキャンディーを買ってきて、その1本を彼女に手渡した。賑やかなオレンジ色だった。
「あ…ありがとうございます……」
「おー。んじゃ行くか」
「アイス食べながらですか?」
「おう」
「片手で台車引けるんですか?私やっぱり手伝…」
「わなくて良いからな。これぐらいの重さ片手でも余裕だっつの」
銀時はピンクのアイスキャンディーを食べていて、それを右手で持ちながら左手で台車の取っ手を持ち上げる。そして何事もないように引っ張り出すのだ。恐らく緋村の力では出来ないその仕事ぶりに、彼女は「おぉ…!」と静かに感動していた。
「凄いです坂田さん」
「何がだよ」
「力持ちですね」
「……まあ正直片手で引くのは余裕じゃねーけどな」
「あはは!」
「でも手伝ってもらう程でもねーし」
「……私、何だか坂田さんに借金作ってばっかですね」
「あ?」
「ずっと前の白玉代にー、今回のアイスキャンディー」
「ホントだな」
「すみません」
「別に謝る事じゃねーけど……。あ、そうだそうだ。緋村、俺がアイス買ってやった事、近藤に言うなよ?」
「?分かりました」
突拍子も無い願いだったが、嫌ですという言う訳もなく素直に了解した彼女は、食べ終わったアイスキャンディーの棒をくわえたまま首を縦に振った。銀時がこの忠告を緋村に言っておかなければ、もしかしたら彼女が近藤に、アイスを買ってもらいました的な事を話してしまうかもしれない。そうなれば銀時が屯所について行った事に疑問を持たれる可能性があるのだ。
(おー、銀時。相変わらず暇そうだな)
(うるせぇゴリラ。相変わらず暑苦しい顔しやがって)
(どんだけ倍返しする気!!?)
(あー、イライラするー、夏の太陽にイライラするーこんな日に出歩いた俺にイライラするー、目の前のゴリラにイライラするウゥゥウ!!!)
(現れただけなのに酷くね!!?)
(あ゛ー暑ぃー暑ぃー)
(何だぁ、アイスを買う金も無いのか?)
(…)
(屯所に来てアイス食うか?確か昨日ぐらい総悟が沢山アイス買ってたからな。あ、西瓜もついでに持ってけ!)
(マヂでか)
(しっかしアイス買う金もねーとは寂しい奴だなぁ)
実際懐は豊ではないが、アイスを買えない程手持ちが無い訳では無かった。現にこうして自分と彼女分のアイスを買えるぐらいのお金があるのだ。
暑いと文句を言いいながら、
アイスを買う分の金が無いのかという言葉を否定せず、
蒸し暑い街を歩いてまで向かった屯所。
そこを訪れた理由が、
アイスを食べるでもなく西瓜を攫っていくでもなく、例えばたった1人の女隊士に会えるかもしれないという淡い期待に動かされるがまま足を向けただなんて、人に言える筈はない。
「秘密だからな」
絶対に。そう念を押してくる銀時に対し、緋村は「はいはい」と軽く笑いながら返事をした。ガタガタ、と台車が揺れた。
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