何か理由を
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少し蒸し暑い残暑の中、あの赤い着物の女騒動はだいぶ収まりつつあったが、血をだいぶ抜かれてしまっている隊士達の半分以上はまだ寝込んでいた。ただでさえ人手の足りない屯所だがほっておく訳にもいかず、緋村は自分の仕事にも手をつけつつ、進んで彼らの看病に貢献していた。熱中症にかからないように部屋の温度の管理をしたり貧血対策を考慮したご飯を女中と考えてみたりと、倒れている隊士達にとっては天使的存在だろう。
「……遅いな隊長………」
誰も居ない洗面所で手拭いを洗いながら、また何処かで仕事をさぼっている上司の名を呟く彼女。見回りから帰ったら仕事手伝ってやる、という言葉にときめいたのはかれこれ数時間前……最早期待すらしない緋村は最後の一枚を洗い終えた。そんな時、屯所のどこかで「糸ちゃーん」と叫んでいる隊士の声を聞き取った。
「はいはーい!」
洗い終えた大量の手拭いを桶に入れて、重さによろめきながらも小走りでそこから抜け出した。蝉の声がだいぶ少なくなってきた夏の日だった。
「……で、俺はどうしてココに居るんでしょうね」
「暇だったんだろ?この前の騒動の礼も兼ねて入ってけよ」
「いやいや暇じゃねーし。パチンコで大忙しだし」
「働け」
珍しい組み合わせだが、屯所の門の前では局長である近藤と銀時の姿があった。大して仲が良いと言う間柄ではないが、たまたま街中で出くわした銀時に「屯所に来ないか?」と声をかけたのがキッカケだった。また何か厄介な事を頼まれると思った銀時は断ったのだが、冷たいアイスあるぞー西瓜持って帰るかー、という子どもを相手しているレベルの誘惑に負けて今に至る。万事屋にホイホイある物ではないアイスが銀時にとってどれだけの大好物か計り知れない。わざわざこうやって屯所に足を踏み入れているのだから……。
「アイスの他に何か糖分的なもんはねーのかよ」
「西瓜しか無いからなー……」
「西瓜は帰ってから食べる。砂糖をかけても美味くないけどな」
「それがそもそも間違いじゃね!!?西瓜には塩が普通だろうが!!」
「黙れゴリラ、今すぐ動物園に売り飛ばすぞ」
「酷い!!!」
一応偉い立場である近藤を罵るだけ罵った銀時は、我が物顔で屯所の中へと入っていく。あの騒動の後のせいか、やけに静かな雰囲気が漂っているように思えた。
「人の姿も見当たらねーし……」
「ん?あぁ、まだ隊士の殆どは寝込んでるからな。今ん所元気な隊は一番隊だけで、あいつ等が主に見回りを担当してくれてる」
「真撰組がそんなんで良いのかよ。奇襲かけられたら終わりじゃね?」
「そんなにヤワじゃないさ」
それにウチは優秀な部下が多いからなー、と呑気に言い張る近藤だが、銀時にとってそれは理解出来ない言葉であった。今まで真撰組によって自分に降りかかってきた幾つもの災難を思い出せば、何が優秀だ厄介者共め、と悪態を吐きたくなるのも分かる。
最近の事で言えば赤い着物の女騒動も入るし、緋村にスクーターを奪われそうになったのも入る…。静かな廊下を歩き局長の部屋に通された銀時は、「今西瓜持って来るから」という言葉を残して去っていった近藤の帰りを待っていた。冷房がついていないので嫌な暑さが肌に纏わりつくが、中々滅多に買えない西瓜を貰えるとなると居座る気にもなる。
「(何玉ぐらい貰えっかなー……)」
畳に手をつきぼんやり考えていると、今まで静寂を保っていたこの空間に1人の足音が近づいてくる。裸足で廊下を走っているのか、耳を澄ませばペタペタという可愛らしい音も聞こえた。屯所に居る大の男がこんな音たててるんなら絶対引く。銀時はそう思いながら、蝉の鳴き声に交じるその音を目を瞑りながら聞いていた。しばらくしてその音は銀時の居る部屋の前を通り過ぎる事となる。黒い影が一瞬通ったのが目を瞑っていながらでも彼には分かった。
「(音的に軽いよな………緋村か……?)」
適当にそんな事を考えて目を開けると、今度は庭先から何か台車をひいてくるような音が聞こえてくる。それと一緒に「持ってきたぞー」という近藤の声もついてきた。銀時がひょっこり廊下に顔を出してみれば、何十玉もの西瓜が載った台車を引っ張っている近藤の姿があった。軽く数玉もらえれば良いと思っていた銀時にとって思いがけない事態であった。
「何だよこの西瓜の量」
「いや、とある隊士の実家から送られてきてな、これでも大分減ったんだ」
「……こんなに要らないんですけど……」
「あのチャイナ娘ならこれぐらい食べきれるだろう。ウチはもう充分食べたし、腐らせるのも勿体無いしな」
ご尤もな正論を受けて銀時は案外すんなりと納得した。万事屋にはブラックホールの胃袋を持つ神楽が居るのだ。彼女が居る限りこの大量の西瓜も数日以内には確実に跡形も無くなるのだろう。だがしかし持って帰るのが面倒臭い、と思ってしまうのは銀時の悪い所だった。
「これ全部貰って良いのか?」
「おぉ!」
「なら台車ごと借りて良い訳?」
「おぉ!」
「じゃあこれを引っ張ってくれる誰かも借りて良いってか?」
「おぉ!………ん?」
「よっし決まり。ジミーあたり今ここに居ねーのか?」
「いや、ちょっと、銀時君?僕達今人手が全然足りてない状況なのに更に人を掻っ攫って行く?」
「銀さんは夏バテで体力消耗中なんだよ。この台車を引っ張っている間に絶対倒れる」
「冷房効きまくりのパチンコ屋で打ってばっかりだからだろうがアァアァァ!!!」
「お、やんのかゴリラ」
良い年こいた大人2人が蝉に負けじとわんわん喚いている中、丁度良く現れてしまった山崎に不幸が訪れる。目敏く彼を見つけた銀時は、桶に大量の手拭いを乗せている山崎を呼び止めた。
「良い所に来たねジミー君。この西瓜を万事屋に運ぶのを手伝ってくれたまえ」
「い゛!?絶対嫌ですよ!?俺頼まれた事あるんで……」
「どうせ誰かにミントンの相手でも頼まれてんだろ」
「違いますよ!この手拭いを洗濯機に放り込んでから浴場の掃除しなきゃいけないんです!」
「ジミーの分際で生意気な……」
折角捕まえた人員もかなり忙しいようで、銀時が仕方なく諦めようとした時、奥から「山崎くーん!」と何やら可愛らしい声…。
「今局長室の前ー!」
彼がそう応えると、時期に足音がやってくる。それは銀時がさっき聞いたものと全く一緒であった。
「あれ、坂田さんじゃないですか。この前ぶりですね」
「どーも」
山崎と同じように手拭いを抱えていた彼女は一度銀時に挨拶をし、台車に乗せられている西瓜を見てクスリと笑った。
「局長、それ坂田さんにあげるんですか?」
「ん?嫌か?」
「そんなに乗せちゃきっと重いですよ。局長はバカ力があるから引っ張れますけど…」
細かな気遣いに銀時が少しときめいていると、彼女は山崎に「手伝って差し上げたらどうです?」と提案を持ちかける。洗濯や掃除の仕事は自分が引き受けるから台車を引くのを手伝ってやれ、と言っているのだが、それは誰しもが分かっている。だが銀時にとってここに彼女が居るというのに、敢えて山崎が万事屋までついて来るというのは彼に対して失礼だが願い下げの事である。
それでも女である緋村に台車を引くのを手伝ってもらうのは男が廃るというか何と言うか……何にせよこの話をどう切り出せば良いか分からない。突如「うーんうーん」と頭を悩ませ始めた銀時に近藤は首を傾げたが、後に笑顔で「そうしてやれ!」と言い張った。
「山崎の仕事は糸と一緒に俺も手伝う…」
から、と近藤が言う前に、彼の頭に一個の西瓜が埋め込まれる事となった。そうしてやれという言葉を聞いた瞬間に、銀時が素早い動作で西瓜を「そいやァアァ!!!」と叫びながら彼の頭にのめり込ませたのだ。
「うえぇえぇぇぇ!!!??何やってんですか旦那!!!!」
盛大に突っ込んだ山崎の隣で緋村は目を丸くしているだけだったが、徐々に彼女のツボに入っていくのか含み笑いをこぼしていく。じわりと湿る暑さの中、若干汗が浮かぶ彼女の頬は程よく赤く、その顔からこぼれている小さな笑顔は銀時をときめかせるのに充分な破壊力を持っていた。
それよりも首から上が西瓜になった近藤だが、頭にぶつけられた衝撃で意識が飛んだのか背中から派手に崩れ、その拍子で割れた西瓜から見えた彼の顔は完全に白目を向いていた。
「完全に伸びちゃってますね。局長大丈夫ですか?」
廊下に桶を置いた彼女が庭へと降り近藤に近寄ろうと思えば、その小さな頭を銀時がガシリと掴む。
「!な、何ですか坂田さん!私まで西瓜の刑は嫌です!」
「そんな刑は無いからね糸ちゃん」
「緋村は台車を引っ張るのを手伝え。それでこの前スクーターを奪おうとしてたのをチャラにしてやる」
「あれは奪ってなんかないです!未遂で終わりました!」
「似たようなもんだろ」
「似て非なるものです!」
だがそれでも銀時は言う事を聞かず彼女に台車の後ろを任せ、それから自分は前へと移動してそれを引っ張っていく。動き出してしまっては彼女も下手に離れる事は出来ない。
「それじゃ台車と緋村は借りていきまーす」
「ちょっと坂田さん!」
「あー、もう気にしないで行っといで糸ちゃん。仕事は全部しとくから。それにここん所外に出てないだろ?息抜きも兼ねて歩いてくると良いよ」
「うぅ………じゃあ頼みます、山崎君…」
「うん、行ってらっしゃい。それじゃ旦那、さようなら」
「おー。…あ、そだそだ、アイスはまた今度食いにくるからってゴリラ局長に言っといて」
銀時が想像していたより台車が軽かったのは自分の力が強いからか、それとも後ろで彼女が押してくれているからか……。何にせよ、銀時は緋村を選び、彼女をここから引き連れる事に成功したのだった。
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