平和なり
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「あーぁ……土方副長行っちゃいましたねぇ…」
「何か俺どっと疲れたんですけど…」
まずは後ろの彼女が降りてみれば、銀時が続いて降りる。ヘルメットをつけたままパトカーが走り去った先を見つめるが、その対象を見つける事は当たり前だが出来なかった。
「……すみません坂田さん。また何か巻き込んじゃいましたね」
「…慣れてっから別に良いけど」
「ああいう逃げてる犯人を見るとどうも熱くなっちゃって、周りがよく見えなくなるんですよね。今思えば二人乗りなんて危険ですよね」
「危険は危険だけど、一番危険なのはお前の乗り方だっつの!」
「そうでしたか?」
反省の色なしで笑っている彼女に、銀時は今までの疲れを吐き出すようなため息をこぼした。それに目もくれずに、彼女は借りていたゴーグルをはずし、銀時がまだつけているヘルメットに装着しようと背伸びをして腕を伸ばす。銀時が反射的に屈んでくれたお陰で何とか頭に手が届き、ゴーグルは本来あるべき場所へと戻る。それを見て彼女は満足そうに「よしっ!」と呟いた。目線を上げればすぐに緋村の顔があるこの状況は銀時にとっては嬉しい意味でたまったもんでは無いが、彼女は惜しみもなく体を離した。すっと消えた影に少し寂しい気もしながら銀時が背を正すと、ビシっと敬礼している目の前の彼女。
「それでは坂田さん!ご協力ありがとうございましたっ!」
簡潔にそれだけ言って、何事もなかったかのように歩道へと歩いていく。それを止めたのはもちろん銀時だ。
「ちょいちょいちょいちょい待て待て待てまて」
「何です?」
後ろ襟を捕まれた彼女は頭を後ろにもたげる様にして銀時の顔を見る。彼女に視線を合わせるようにして、銀時も同様に軽く覗き込む。パチパチと瞬きを繰り返す緋村の目はとても大きく、よく見てみれば少し茶色がかった瞳の中に、自分が写っているのに何となく独占欲を覚えながら、銀時はもう一度彼女をスクーターの後ろへと乗せた。
「あの?坂田さん?」
「屯所までなら送ってあげますよー。銀さんの好意を有難く思いやがれコノヤロー」
「いや、でも…」
「お前ホントに遠慮しいだな」
「違くて……」
「だぁーっ!じゃあ何だよ!」
中々甘えてこようとしない緋村に痺れを切らし、彼女の言葉ごと押さえ込むように無理矢理被せたヘルメット。少しサイズが大きかったのか、ちょっと斜めに傾いたそのヘルメットを片手で支えつつ、無意識で上目遣い。
無意識というのは罪である。
何の準備もしていなかった銀時の心臓をその可愛さが突き抜けたと言うか、思わず「う…っ!」と軽く悶えた彼の表情は何とも珍しい。そんな彼の頬の赤らみの理由を知らぬまま、緋村は上目遣いの体勢を崩さず、また、片手をヘルメットに置いたまま何とも正論を言ってみせた。
「だってヘルメット一つしかありませんし、今度こそ二人乗りしてたら道交法でしょっぴかれちゃいます」
「………」
銀時のときめきは一瞬にして消え、つきつけられた現実はまた心臓を突き抜ける。
「と言う事で歩いて屯所まで帰ります。お世話かけました」
今度こそ彼女は立ち上がり、銀時の腕を掴んだと思ったらスクーターに半ば無理矢理座らせる。そしてヘルメットを取り、自分より頭の位置が低くなった銀時にそれを被せる。
「うぉ!?」
「あー、動かないで下さい、ちょっとズレちゃいました」
「俺は鬘なんかつけてねぇっつの」
「違いますよ、ヘルメットがずれてるんです」
坂田さんのその髪が鬘なら爆笑ものですよー、と笑う緋村。どういう意味だソレ、と口を尖らせる銀時に、最後にクスリと笑みをこぼす。
「だから動かないで下さいねー」
されるがまま、と言うか、ずれたヘルメットを直してもらっている間銀時は動けずに、ただ、思う存分彼女の顔を直視する事が出来た。これ程までに近くで顔を見る事は出来なかった今、思う事柄は多々あった。
「(肌が白い、目が茶色い、髪は短い、首は細い……)」
一つ一つ文にしていきながら、銀時は目を伏せた。
「はい、これでオッケーです!」
「…どーも」
そしてまた目を上げれば笑顔の緋村が居る。さっきまでは犯人を追う事に集中していて、スクーターを半強制的に借りようとしてまで必死になっていて、危ない乗り方をしたって見向きもしないで、銀時の危険を促す言葉さえも風と一緒に聞き流した時とは全く違う表情や雰囲気に、銀時はふぅと息をこぼした。
「あ、ため息ですか?幸せが逃げちゃいますよ?」
「銀さん今案外幸せだからため息ぐらい大丈夫大丈夫」
「幸せ?何でです?」
「内緒」
「ケチな方ですねぇ」
「ケチな方ですよ」
そして、ここは彼女の正論に乗っ取って、銀時はスクーターのエンジンを再びかけ始める。
「……屯所までの帰り道ぐらい分かるよな?」
「バカにしないで下さいよ。江戸の街の道ぐらい全て把握してます」
「そりゃ良かった」
優しく微笑んだ銀時は彼女の頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと撫で回した。「うわわ」という小さな悲鳴を聞いて手を離し、じゃあな、とやけにあっさりとした挨拶だけを残しスクーターを発進させた。
「ありがとうございました!」
彼女のお礼が聞こえていたかどうか定かでは無いが、銀時が赤信号に引っかかった時、ハンドルの間にぐだーっと項垂れた。
「(髪の毛は猫っ毛……)」
頭を撫でた時にでも何気に収穫を得ていた銀時は、どうしようもなく湧き上がってくる熱に今一混乱していた。
「(あー、まさかあんな小娘に振り回されるとはねぇ…)」
今はもう無い後ろの重みに少し違和感を感じながら、銀時は青信号と同時に体を起こして発進したのだった。
「(……取りあえず熱が冷めるまで適当に走って………買い損ねたジャンプでも見つけに行くか…)」
「(あ、坂田さんにこの間の一件のお礼言うの忘れてた……)」
「(あいつ非番のくせに何でこう事件を引き付けやがるんだ……まあ無事捕まえたから良いものの……けどあの銀髪と二人乗りとは……あいつ等付き合ってんのか?…いや、緋村に限って無いな…)」
「(銀さんと緋村さんもうそろそろ捕まえた頃かなぁ……?そうだ、今日の晩御飯は冷麺にしようっと)」
「(このお菓子美味しいアル!糸また来ないかな…)」
「(糸はそろそろお使い終わったかー…?総悟の奴は、帰ってくるのが遅い、って何故か怒ってるし……帰ってきたら御褒美にこの煎餅をやろうかな)」
今日も、江戸は平和なり。
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