平和なり
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本来、信号というのは道路を走る乗り物や人の動きを規制するものであり、運転するにあたって必ず守らなければいけないルールの一つ。ましてやその信号が赤を照らしたのなら止まらなければいけない事は常識だ。
しかしここに2台、清々しい程に無視するバイクが、互いに数十メートルの幅を保ったまま江戸の街を走っていた。
「坂田さん!もう少しスピードは出ませんか!」
「おまっ、これでも充分出してるっつの!!!ってか身を乗り出してくんな!!危ねーだろうが!!!」
「えぇ!?なんて仰ったんです!!??」
「都合の悪い事ばっかり聞いてねーしよお前はアァアァ!!!これでも銀さん頑張ってるっつの!!!信号は無視したり速度は無視したりお前は俺を無視したりよオォォォ!!!」
「運転を変わって下さい!!!そんな生半可な気持ちじゃ追いつきません!!」
「状況がよく分かってねーんだから仕方ねーだろうが!兎に角前走ってるあの黒のバイクを追いかけりゃ良いんだろ!!?」
「はい!」
「それは分かってるから大人しく座っとけ!!袴なんだから足開いて座れんだろうが!」
「なら大人しく座らせてもらうんで、絶対に追いついて下さい!お願いします!!」
「だったらもう後ろからハンドル握ってこようとすんじゃねーぞ!!!」
「えぇえぇ!!??いま何て仰ったんですかアァ!!!??」
「ほんっとにお前はよオォオォォオォ!!!!!!」
爆走しているせいもあってか、風を切る音に負けぬように大声で話していて、銀時は仕方なくまた赤信号を無視して大きくハンドルを切った。サイレンがあれば周りの車が避けてくれるのだが、今は警戒音を発するものを何も持っていない。その事を彼女は歯痒く思うのだが、強請った所で何もない。とにかく周りの巻き込まないように祈るしか出来ないのだ。そんな気持ちの表れか、銀時の腰元を握っている手の強さが増した。
「あの、坂田さん!!!本当に降りて下さい!!!運転には自信があります!!!一般市民の貴方を巻き込む訳にはいきません!!」
「あぁ??」
「怪我でもしたら大変です!!万が一このバイクが壊れても、私が全部弁償しますから!!」
「ここまで来たら降りてる時間が勿体ねぇだろうが!」
「怪我されるよりはマーシーでーすー!!」
「ぎゃあぁあぁあ!!!揺らすなアァアァ!!」
軽い抵抗をしてみせるが、銀時が降りる気配はなく、前を見つめたままこれ以上距離を離さぬように速度を調節しているだけだった。しかし彼女も諦める事は無い。
「ここからは警察の仕事なんで、無茶はしないで下さい!!!」
「なーにが警察だよこのチンピラ警察集団が」
「チンピラ!!?チンピラはどっちですか!!言う事を聞かない坂田さんの方がよっぽどチンピラですよ!!!」
「この心優しい銀さんのどこがチンピラですかコノヤロー!!」
「全てがチンピラです!!!この荒くれ者の髪の毛!!!」
「髪の毛の事かイィィイ!!!お前これが終わったら一回叩かせろ!!!」
「えぇ構いませんよ!!構いませんから降りて下さい!!!」
「何言ってるか聞こえねーな!!!」
「な……っ!」
「っ、しっかり捕まってろよ緋村!!!」
「え?…うわっ!!」
銀時が注意をかけて数秒後、2人の乗るバイクは、地面すれすれの非常にきわどい角度をものともせずに派手に角を曲がった。あまりの急さに、彼女は目をつむり銀時の腰元に抱きついた。タイヤが悲鳴を上げているのが聞こえ、平衡感覚が軽く変になるのも分かった。
「大丈夫かー?」
銀時の背中に耳をつけているせいか、体内から声が聞こえているような心地だった。彼女がゆっくりと目を開けた。事故は起こらなかったらしい。中々体験できない運転に、彼女は落ち着こうとひとまず息を吐いて気を持ち直した。
「振り落とされんなよー!」
緊迫した空気を感じさせない銀時の声に、彼女はそっと背中から離れ、自分の前で揺れている銀髪を見上げた。彼と出会ってまだ半年も経っていないというのに、この状況が不思議でたまらないようだった。ひったくり犯を追っているだけなのに、どうして銀時の後ろに居るようになっているのか。ましてや、自然な流れ、この状況とは言え、銀時の広い背中に抱きつく日がくるだろうとは、初めて会った時思いもしなかった事である。あれからたまに街中で会ったり、屯所で出くわしたりはあったものの、この短い期間で銀時の全てを知った訳ではない。それは当たり前である。だがしかし、たった今一つだけ分かった事があった。
「(………強情な人だなぁ…)」
言っても聞かない所は、彼女にとって土方と似ている所があるなぁと感じ始めていた。
「(………もう何を言っても聞いてはくれない、か……)」
彼女は銀時を降ろす事をようやく諦め、かぶせられていたヘルメットを脱いだ。そのヘルメットからゴーグルだけを拝借し、後は運転している銀時の頭にかぶせてやった。
「あ、おま、ちゃんとヘルメットしてろ!」
「それはこっちの台詞です。ゴーグルだけ借りますね、私ドライアイなんで、風には弱いんです」
「ヘルメットもしとけ!」
「願い下げです」
「こっちは心配してやって言ってんのによオォォオ!!!」
「何も聞こえない、私は何も聞こえない」
「チンピラ警察ウゥウゥゥゥ!!!!」
彼女は邪魔な前髪を後ろへと掻き上げ、凝りもせずに前へ乗り出そうとする。膝で立つようにして、体重は申し訳ないながらも銀時にかけて、手の置き場所は肩だ。「だから危ねぇだろうがアァアァ!!!」という彼の叫びを無視して、片手で器用に携帯を取り出し電話をかけ始める。
「沖田に応援要請かぁ!!?」
「いえ、土方副長にです‼︎たぶんこの時間帯はパトカーに乗って見回ってる筈なので!」
緋村は相手の姿を見失わないように目を細めて前を見つめたまま、電話口で土方が取る事を願った。そして頑張ってる彼女に御褒美か、数回のコール音が響いて、土方は「何だ」と酷く不機嫌な声で応答してきた。
「あ、副長!今パトカーの中ですか?」
「"まあ、一応…"」
「なら今すぐ歌舞伎町の西街に来て下さい!!ひったくり犯を捕まえるのに協力して下さい!」
「"そうしてやりてーのは山々だが、こっちも西街で別の一味を追いかけてんだよ"」
「え?」
「"スクーターの二人乗りで、運転してる奴はノーヘル、後ろに乗ってる奴は危ない乗り方してるらしくて、二人でぎゃーぎゃー騒ぎながら街を爆走しているらしい"」
「……………………」
「おい緋村、どうした」
急に黙りこくった彼女に銀時が声をかけるが、彼女は無表情で固まったまま声を発しようとはしない。その代わりと言っては何だが、彼らの後ろからサイレンが聞こえ始める。車がざっと横に退いたと思えばそれは一台のパトカーからの音だった。迷う事なく銀時たちの右についた。二人が同時に顔を右に向けると助手席の窓が開いていき、顔を見せたのは携帯を耳につけている土方だった。緋村は携帯に話かける。
「……ちょっと副長」
「何だ緋村」
「副長が追いかけてる一味って…」
「お前等の事だよバカ」
あっさりと言った土方に、彼女は落胆するようにため息をついた。そして携帯を切って、すぐ隣に居る土方に大声で叫んだ。
「何でですかァ!!!」
「そりゃこっちの台詞だ!!!!お前何やってんの!!!??」
「私達を追いかけるんならアイツを追いかけて下さい!!!ひったくり犯なんです!!!」
「あー?」
彼女が「あそこです!」と言いながら指をさす先を、土方は助手席から顔を出し、その姿を何とか探した。
「あー、副長、あの黒ずくめの奴じゃないですか?」
運転している隊士が犯人の姿を確認し、土方は呑気に「あいつかー……」などと呟く。そして顔を引っ込め、隊士である彼女と銀時に向き直った。
「万事屋、もう良い、止めろ。後は俺達で処理する」
「手柄を横取りする気ですかー」
「黙れ白髪。今回限りノーヘルは許してやる…つってもノーヘルはお前の方かよ…」
「ノーヘルじゃありません!ゴーグルつけてます!」
「どうせドライアイ対策だろうが。取りあえず危ないからちゃんと座っとけ。取り締まらないだけ有難く思えよ」
「運転してるのは私じゃなくて坂田さんです!私の免許証には響かせないで下さい!!」
「お前ここまで協力してやって俺を見捨てる気か!!!」
「もはや最初から見捨てています」
「んだとコノヤロォオオ!??」
だって坂田さん運転が遅いんですもん!それはお前がちゃんと乗らねぇからスピードが出せねぇんだよ!等と口々に言い合っている様を土方は呆れ顔で眺め、そして引ったくり犯を見失わない内に車を出すように指示する。楽にスクーターを追い抜かしたパトカーの窓から聞こえる、「緋村お疲れー」という土方の声が徐々に小さくなっていく。銀時はそれをぼーっと見つめてから、スクーターの速度を走っている道路の制限速度にまで戻し、取りあえず左に寄ってそれを止めた。