愛し、愛され?
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翌日、屯所の庭では髪の長い女が体を縄でしばられ、木に吊るされている光景が見受けられた。吊られている人物は、まさしく幽霊騒動の犯人である蚊の天人だった。
「あの~、どうもすいませんでした~」
非常に間伸びた声の謝罪を聞いているのは、近藤と沖田と緋村、後は復活した数人の隊士達だった。
「私、地球でいういわゆる蚊みたいな天人で、最近会社の上司との間に子どもが出来ちゃって、この子を産むためにエネルギーが必要だったんです。あの人には家庭があるから、私1人でこの子を育てようって…それで血を求めてさまよってたら男だらけでムンムンしてる絶好のエサ場を見つけてつい……」
言っている事に対し同情すべきか注意するべきか、心優しい近藤はいまだ混沌としたまま話を聞く。彼とてこの天人の被害者の一人で、昨日、トイレの便器に顔をつっこむという失態を犯したばかりだったのだ。しかし誰一人とて大きな怪我が、ましてや死者が出た訳でもないので、近藤としては元から大きく罰するつもりなど毛頭なかった。
「ホントすいませんでした。でも私強くなりたかったの。この子育てるために強くなりたかったの!」
強い意志に同調するように、天人の顔の影も強くなる。まるでホラー映画の一面を間近で見ているような迫力だ。
「スイマセン、その顔の影強くするのやめてくれませんか」
と、近藤が冷や汗交じりに突っ込むのも無理はない。しかしながら騒動が解決したのは喜ばしい事である。後の処理は大将である近藤にまかせ、沖田と緋村は廊下に上がった。
「お前いつ帰ってきたんでィ」
「昨夜ですよ」
「一声ぐらいかけろ」
「気絶してたのはどこの誰ですか!もう、ホントに情けない……どうして志村さんが起きてて隊長が寝てたんですか…」
「おま、あれは不可抗力でィ。後頭部から突然強い力で地面に頭ぶつけられて…」
「はいはい、大変でしたねー」
聞く耳を持たぬ緋村の頭を、沖田が1発殴ってやろうかと考え拳を握った時、いつもと違う格好に動きがとまった。
「上着はどうした?」
「え?」
いつもならしっかりと制服を着ている彼女だが、今日ばかりは一度も上着を着ている姿を見ていない。敢えて聞き出すまでも無いが、白いシャツ姿にはどこか違和感があったのだ。
「あはは……ちょっと、神楽ちゃんに取られてまして…」
「あのチャイナ娘に?」
「真撰組の制服を気に入ったみたいで……中々返してくれないんですよね」
困ったように頭をかきながら笑う緋村の横を、盗んだ張本人がもの凄いスピードで走りぬけていった。昨晩は時間が遅い事もあり、万事屋一行はこの屯所に泊めてもらっていたのだった。
「キャッホーイ!!!」
「あ、神楽ちゃん!!上着を返しなさい!!!」
その後を追うように、緋村は沖田との会話を止めて走り出す。そんな彼女の後姿に、いつも一緒に居る沖田だからこそ分かる小さな変化がまた目についた。
「糸!!!お前刀はどうしたんでィ!!」
そう、刀が腰に無かったのだ。本来ならば屯所の中で刀を常に持っている人物は少ないが、これから見回りに出る沖田と彼女はそれを持っていなければいけない。
「えぇ??あ、えっと、倉庫のドアに刺さったまんまですウゥウゥ!!!!」
どんどんと遠く離れていく声と足音。
「ドアに刺さったまんまって……あの貫通してた刀はアンタの刀かィ……」
仕方なく、だが、沖田は倉庫まで赴き、見事なまでに刺さっている刀をひっこ抜く作業に取り掛かった。屯所のどこかでドタドタと聞こえる足音に耳を向けながら、手と足を使い刺さった刀を何とか抜き取る事に成功した。鞘は緋村が持ったままなので、沖田は太陽の光に刃をギラつかせたまま屋敷へと戻ろうとした。そんな沖田を見て、縁側に寝転んでいた銀時は「うぉ!?」と短く悲鳴をあげた。
「あ、旦那、この度はどーも」
「あ、どーも……じゃなくて何、何やってんの君」
こんな真昼間から刀なんか出しやがって…、という言葉に沖田は軽く反論しながら縁側に腰を下ろした。
「俺の刀じゃないですぜィ。糸の刀でさァ。昨日倉庫のドアに突き刺さったまま放置してたみてーで……」
「……まぁ、そら物騒なお嬢さんをお持ちで……」
緋村の事をお嬢さん呼びする人間が居ないからか、銀時が彼女の事をそう呼んだのは沖田にとってどこか新鮮に聞こえた。
「素晴らしく突き刺さってやした。あれも俺が教えた剣道の賜物ですねィ」
「………ふーん…」
新調したばかりなのか、刃こぼれない刀を空にかざしながら、銀時の相槌の仕方に心中首を傾げたのは沖田だ。銀時が少なからず緋村に気がある……というのは知っているのだが、その割には彼女の話題にあまり食いついてこない。しかし頭の回転が早い一番隊隊長は、今言った自分の言葉を思いだし、「あぁ…」と納得する事となる。
"俺が教えた剣道の賜物"
「(俺が、教えた、か……ま、嘘偽りは無ェけど……嫉妬してんのか?いやいや、まさかねィ…)」
そう勝手に思ってしまえば、肘をついて寝転んでいるその姿が、いじけてるように見えて仕方なかった。
「………旦那」
「あー…?」
「俺、昨日糸に告白されやしたぜィ」
「……はぁあ?」
嫉妬している、と思ってしまう沖田だからこそ、今の声音からイラつきも感じ取った。
「羨ましいですかィ?そうでしょうそうでしょう。ま、聞いて下せェ。それが"好きだー"とかそんなレベルじゃなくて"結婚"まで話が飛んでたんでさァ…。ビックリしやした。で、告白ってのが、直接じゃなくて電話だって所があいつらしいでしょう?もー、糸ちゃんってば恥ずかしがり屋さんっ」
やけに乙女ぶって肩をすくめて言ってみると、銀時は「きしょく悪ィ」と一蹴した。その反応に彼はケタケタと笑う。
「余裕の無いお人でィ」
「……何の話やらさっぱり」
晴れ渡る空にもう一度刀をかざしてみれば、ギラリと光るその反射の中に、沖田は少し前の事を思い出す。今は目につく程の汚れが無い刀だが、沖田はこの刀が幾度となく血に塗れた事を知っている。
この刀で緋村人を殺し、ずいぶん苦しんだ事だって知っている。
そんな刀の切っ先を、ピタリと銀時の喉もとに突きつけるが、沖田の表情も銀時の表情も読めはしなかった。
「旦那、俺が一度言った事を覚えてやすかィ?」
「……」
「今後、糸と関わるような事は…」
「やめて欲しいってヤツだろ?後は、これ以上緋村に踏み込んでくんなーとか……あれ、さっぱり意味が分かんないんだけど」
「意味が分かんないままで良いんでさァ」
銀時は知らない緋村の事を、沖田は確実に知っている。その真実が沖田にあんな言葉を発せさせたなか分からないが、銀時は只ジッとしたまま、抵抗はしなかった。沖田の方を見上げるのでもなく、庭に目を向けたまま、下手に逆らったりはしていなかった。
その時、この静かな状況を打破するにはもってこいの足音が近づいてくるのが2人には分かった。大きな音に、廊下が軽く揺れている。微妙な振動が体に響いて嫌だったのか、銀時が身を起こした時、その元凶は角を曲がって現われた。
「こらー!!!神楽ちゃん!!!!」
「私の足についてくるとは中々ネ!!!」
まだ追いかけっ子を繰り広げていたのか、土地勘の無いこの場所を逃げ回る神楽も神楽だが、それについていける緋村も緋村だった。そんな2人が銀時達の背後を通り過ぎようとした時、沖田は彼女だけを呼びとめて、切っ先を銀時の首もとから離した。流石に上司の声には反応するのか、緋村は「何です!?」と強めに声を出しその場で足踏みをしている。今すぐにでも先の角を曲がった神楽を追いかけて捕まえたいのだろう。沖田は気にする様子もなく、満面の笑みで彼女にこう問いかけた。
「糸、昨日俺に告白しやしたよね?」
「……はぁあ?」
緋村は銀時と全く同じ言葉を返した。
「とっつァんの所から帰ってくる時、俺に電話で言ってじゃないですかィ」
「私がですか!!?………あ!」
何か思い出したのか、彼女は恥ずかしさを紛らわすかのように強く足踏みしながら沖田に弁解した。…弁解、と言っても、別に彼女が失敗や過失を犯した訳ではない。
「あ、あれは、沖田隊長に言ったんじゃなくて、真撰組に対して言ったんです!!!真撰組が好きだ、って事を言ったんです!!!!」
顔を少し赤らめている部下に満足したのか、沖田は「もー行っていいぞー」等とマイペースにその場を終わらせた。
「神楽ちゃん!!?どこに逃げたアァァアァ!!!」
移動が早いか何なのか、彼女の声はあっという間に消えていく。残ったのはニコニコ笑っている沖田と、顔が若干引き付いている銀時だった。
「…って事だそうですぜィ、旦那。糸が告白したのは俺に向かってじゃなくて、真撰組に向けてだそうです」
そんな事実、沖田は直接言われた本人なのだからよく分かっている。銀時の嫉妬(していたかもしれない)想いを加速させる為にやったのか、のらりくらりと表情を変える沖田からは何も掴めない。
「ほんと、余裕の無い人でィ。俺に嫉妬すんのはお門違いってもんでさァ」
そう言って沖田は立ち上がり、底の見えぬ微笑みを向けてから去っていく。
「嫉妬なんかしてねぇっつの!」
沖田の背中にそう言葉を投げかけるが、先ほどみせた引き付いた表情から取れる思惑は、「このガキはめやがったな…」という、罠にはまったような人間のする顔だった。銀時のせめてもの反論に、沖田は振り返る事なく片手をひらひらと揺らせて応えただけだった。
「(あんの男………!!!)」
嫉妬していた訳じゃない、と思っているのなら、沖田に向けて怒っている事こそお門違いだ。いまここで怒っているという事実は、少なからず自分が嫉妬していたという事を認めてしまっているようなものである。兎に角、銀時は沖田にはめられてしまったのだ。それを認めようとはしないが。
「あ、銀さん居た居た…。そろそろ神楽ちゃんを捕まえて、帰りましょう」
「…そーだな…」
やって来た新八にぶっきらぼうに答え、銀時は重い腰をようやく持ち上げた。
「神楽ちゃんはまだ緋村さんの上着持って逃げ回ってんですか…」
「そーらしいな」
「何か彼女に悪いですね。昨晩あれだけ世話になったのに…」
「…世話になったのか?」
思いがけぬ言葉に銀時は目を軽く開かせ、新八は「はい」と何食わぬ顔で返事をした。
「倉庫に隠れてた僕達の所に来てくれたのが緋村さんでして、原因を一緒に突き止めたのも緋村さんだったんです」
「……」
「刀を倉庫のドアに突き刺したあの攻撃力には驚きましたけど、神楽ちゃんに上着かけてあげたり、上司の沖田さん無事をちゃんと確認してたり、中々良い人ですよね、彼女」
「……」
新八が褒めている言葉の羅列は、彼女に人間的に惹かれているからでる言葉である。だが、銀時はそんな思いなど知る訳が無い。
「コラァ!!!神楽ちゃん!!!!」
くぐもった緋村の声が聞こえる。恐らくはまだ追いかけっこが終わっていないのだ。
「面白い方ですね、緋村さん」
断固嫉妬などしていない。そう思う銀時だが、数秒後、新八の頭に軽い拳骨をくらわせたのは、気付きたくない嫉妬を発散させる為のものだったに違いない。
「コラァアァ!!!!」
屯所に響き渡る彼女の声が、やはり銀時には聞こえる。
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