愛し、愛され?
お名前変換こちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
出来るだけ超特急で帰ってきたつもりだったんだけど、屯所の門に立った時点で辺りは真っ暗になっていた。夏だから日が落ちるのは遅い筈なのに…。
「やけに静かだな……。と言うか門番居ないけど、良いの?これ良いのかな?」
灯りが一つもついていない屯所は、まあ正直に言いますと気味が悪くて、人の気配の感じない雰囲気に思わず自分の肩を抱きしめた。局長たちは確かに居る筈なのに、どうしてこんなに静かなのか…。
「沖田たいちょー……どこですかー……」
携帯に電話をしてみるけれど、誰もかからない。取りあえず玄関をくぐり自室に戻ってみようとすれば、たった一つ灯りのついている部屋を見つけて、半ば駆け足でそこに飛び込んだ。敷かれている布団がまず目に入り、そこに寝かされている局長に目が見開いた。
「近藤さん!大丈夫ですか!?」
布団から投げ出されていた大きな手を強く握った。
「近藤さん!近藤さん!………あれ?これ寝てるだけ?」
「あー、糸ちゃん帰ってきたんだ。お帰り」
「!山崎君!」
水を張った桶を手に持ち、何事も無いかのように現われた山崎君。彼の話によると、近藤さんも「赤い着物の女」にやられたという。やっぱり幽霊的な仕業なんでしょうか?
「でも、いま万事屋の旦那達が来てて色々やってくれてるみたいだよ」
「坂田さんがですか?」
「うん」
「へぇー…。万事屋って本当に何でも出来るんですね」
「あー……はは、まぁねー……(最初は金儲け目当てで拝み屋演じてただけだけど……)」
「?」
歯切れの悪い山崎君に疑問を抱きながらも、私は刀を持って立ち上がった。
「取りあえず近藤さんも眠ってるだけみたいですし、山崎君も無事で良かった。他のみんなも変わりないですか?……まさか死者が出たりとかは…」
「無い無い!みんな無事だよ。今晩中にこの騒動収まるんじゃないかな?」
「そうですね、万事屋さんが来てくれたから、そんな気がする!」
笑った私の表情を見て、山崎君が驚いた顔をしたのが、私には理解できなかった。
「…何か?」
「いや……糸ちゃんって万事屋の事信頼してるんだぁと思って……」
「んー…信頼してる……とかじゃなくて、何か頼り甲斐がありませんか?坂田さん見てると何でも出来そうな気がしてきちゃいますよ。ああ見えて優しいし」
「優しい!?旦那が!?」
「?優しくないですか?」
「うーん……まぁ優しい………か?」
「あはは!まあ、人それぞれの見方がありますよ。それじゃあ私沖田隊長を探しに行って来ますね!近藤さんの事、よろしくお願いします」
「うん、気をつけて(旦那が優しい、かぁ……。本当にあの人本気なんだな……)」
廊下に出れば夜の暗闇が広がっているけれど、体の覚えを頼りに何とか足を動かしていく。ジッとしてても何も掴めないし、取りあえず動いたのが良かったのか、倉庫の方で物音が聞こえたのが分かった。廊下からよーく目を凝らして見てみると、何か黒い物体が入り口付近で中をうかがっている様子が見えてきた。月に照らされたその物体の色は、私の見間違いでなければ赤い色。
「(!赤い着物の女!)」
靴下のままだけど私は庭に飛び出し、その入り口に向かって走り出した。その途中、屯所では聞きなれない声が「ぎゃあぁああぁぁあぁあ!!!でっ、出すぺらァどオォオォオ!!!!!」と叫んだのが分かった。倉庫の中に人が居て、きっと赤い着物の女を見て驚き叫んだに違いない。その赤い着物の女は近づけば近づく程髪が長いのが分かり、背中から薄くて透明な羽のようなものも見受けられた。
「(人間……天人か…?)」
しかしそんなに悠長に考えてられない。中に入っているのが誰かは分からないが、取りあえず刀を抜いて赤い着物の女に斬りかかった。
「覚悟!!!!!」
殺すつもりは無いから、頭のすぐ真横に刀を差し込む。すると刃は安易に倉庫のドアを貫通して、相手はそれをヒラリとかわす。と言うか飛んだ。
「やっぱり天人か……」
人間の成人女性と変わらない体型を空に飛ばす程、あの2枚の羽は頑丈そうには見えなかった。しかも飛んでいく時の音は、鳥がバッサバッサと羽ばたくような音とかじゃなくて、プ~ンという嫌に耳につく音だった。夏の風物詩とか言ったらアレだけど、寝ている時よく耳で飛ぶ、あの虫のそれとそっくりだった。
「…………」
飛んでいった方を見てみるが、その姿を確認する事はもう出来ない。追いかけるのもありだけど、取りあえず中に居る人の安全確認が先決かもしれない。軽く開いているドアに手をかけようとした時、今度は「ぎゃぁあぁあぁ!!!刀アァアァァ!!!!」という叫びが聞こえた。はて、真撰組の中にこれまで叫ぶ人物は居たでしょうか?そんな問いの答えは、開けてすぐに解決する事が出来た。
「!志村さん!?」
「!!緋村さん!!」
「大丈夫でしたか?怪我は?」
「あ、はい、大丈夫だった……んですが、この刀緋村さんが刺したんですか?」
「?はい」
「(すっごい笑顔だけど、女の人でドア貫通させる程刀扱う人初めて見たよ……!!!)」
「わわ!沖田隊長じゃないですか!隊長!大丈夫ですか!!?」
意識無し、でも呼吸あり、脈正常、白目向いてるけどまあ大丈夫そう。何とか生きてはいるみたいで安心すれば、ずれた眼鏡の位置を直しながら志村さんが応えてくれた。
「大丈夫ですよ、ちょっと僕が勢いあまって地面に倒しちゃっただけで…」
「そ、ですか…。良かったー……。あ、そこに居る同じく白目の女の子は……」
「ん?あぁ、この子は神楽ちゃんって言って、僕と同じ万事屋の従業員なんです」
「へぇ…!」
こんなに小さいのに凄い、と感心すれば、志村さんも、そうですねと笑った。
**********
「それより緋村さん、僕、分かったんです!」
「?」
「この幽霊騒動の正体が!」
白目を向いて気絶している2人を残し、新八と緋村は倉庫を出た。目指すは、今回の騒動の被害者が寝かされている道場だった。不衛生な場所だが、全員が一斉に収容できる場所はそこしか無かったのだ。その向かう途中で、緋村は仕事の顔つきで後ろを歩く新八に話かける。
「志村さんはあの赤い着物の女の全体像を見ましたか?」
「いえ、顔だけしか…」
「私が今見た感じ、どーも"蚊"の類の天人にしか見えなかったんですよね…」
「そうなんです!僕が言いたかったのも"蚊"なんです!沖田さんが何故か持ってた蚊取り線香を見て、そう思って…」
「…多分、志村さんの読み、はずれてないと思いますよ」
道場に着き、2人は寝込んでいる隊士の見えている体の部分を調べ出す。先に声を発したのは、新八の方だった。
「や…やっぱり、思った通りだ」
「…」
「この人も…、この人も、この人も…。幽霊にやられた人はみんな一様に、蚊にさされたようなキズがある…」
「…ホントですね……」
とある人物は首もと、その隣の人物は胸元だったり、場所が特定している訳では無いが、新八が言う通り何者かにさされた跡がくっきりと残っていた。
「あれは、幽霊なんかじゃない」
「……ですね」
緋村は静かに立ち上がる。
「どうかしましたか?」
「志村さんはまた倉庫の方に戻ってくれませんか?あの2人が気がかりです」
「緋村さんは…」
「私はあの天人の行方を追います。それじゃ!よろしくお願いしますね!」
「え!ちょっと…!」
ぶっちゃけ言うと、まだ気味の悪いこの屯所で、一人だけで行動しろと言われるのは新八にとって酷だったが、変に男勝りの彼女がそこまで気が利く訳ではない。よろしく、という言葉をかけるや否や道場を飛び出し、その足音が徐々に遠くなっていくのが分かる。
「(………やっぱり普通の女性とは違うなぁ…)」
行動力というか、判断力というか、度胸というか、全てに置いて今まで会った事のない女性に、新八は人間的な意味で惹かれはじめていた。とにかく緋村に言われた通り倉庫に戻ってみれば、いまだに白目を向いて倒れている2人の姿にため息をついた。
2人をこんな状況に陥れたのは紛れもなく新八だが、あれは不慮の事故というか、彼のツッコミの激しさに2人がついていけなかっただけというか…。心のどこかで申し訳ない、と思っていながらも、新八がふと仲間の神楽に目を落とせば、黒い何かが体にかぶせられてあるのに気がついた。それは真撰組の隊服だった。
「………緋村さんのだ……」
そう言えば、と思うのは今更だが、道場に向かう時から彼女は上着を着てはいなかった。ワイシャツ姿だったように思う。だからか、その白いシャツが暗闇の中でぼんやり光って見えて、それを目印代わりについていったのも事実だ。道場に向かう時、急かす気持ちを抑えるような早足に彼女がどれだけ仕事と仲間を大切にしているかが分かった。沖田の無事を確認した時、一瞬だけ見せた小さな笑顔。仕事中に咲いた安堵だった。
「…愛されてんなーこの人……と言うか真撰組……」
サディストと名高い沖田に、普通に接していられるのは彼女ぐらいだろう、と新八は思う。神楽にかけられている彼女の優しさを見て、新八はどことなく羨ましいと感じたのは、本来は優しいの姉なのだが時に般若顔で薙刀を振る舞い、ここの大将をぶちのめしている日常を思い浮かべてしまったからだろうか。しかししゃがみこみ視線を上げた先には、緋村が見事にドアを貫通させた刀身がほぼ中に食い込んでいる。一寸の乱れも無いその貫通ぶりに、彼女の恐ろしさに苦笑いを一つもらす。姉と重なるのは気のせいだろうか、という念に、またため息を吐き出した。そして、山崎が言った通り、この幽霊騒動は、銀時と土方(?)のお陰で幕を閉じたのだった。