愛し、愛され?
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それは、私が松平様に呼ばれて幕府の本拠地に乗り込んで数分後の事だった。
「………?」
携帯に一件のメールが飛び込む。送ってきた人物は沖田隊長だった。広い庭では鹿脅しが鳴っている。
「真撰組、謎の呪いにより18人の負傷者……被害者の目撃情報によると赤い着物を着た女??」
全く危機感の感じられない内容に、私は気にせず携帯を閉じた。
「(これで18人目か……)」
つい数日前から、屯所の中で不可解な事が起きたのは勿論知っている。現に昨日の夜だって、みんなで隊士の稲山さんの怪談話に聞き入ってから解散した後、16人目の被害者の叫び声を私は確かに聞いた。急いで駆けつけると、着流し姿の副長と何故か丑の刻参り姿の沖田隊長が倒れている隊士に向かって合掌していた。いやいや死んでないですから、と言って医療班を呼んだのは紛れも無い私。目につく外傷もないが、みな一様にうなされているその現状は、まるで誰かに呪われているようだ。誰かがそう言ったせいで、今屯所の中で幽霊騒動が起きているのだ。
「(攘夷志士の犯行でも無さそうだし……かと言って幽霊の仕業にするのもなぁ……)」
今頃副長ならきっと「天下の真撰組がこんな……。恥ずかしくて口外出来ねぇ」とか何とか言っているんだろう。まあ何かしらの解決策ぐらいは打ち出してくれる程の頭脳は持っていらっしゃるけど、怖い系が苦手なあの人だから、今回ばかりは飄々としている沖田隊長に頼った方が懸命だ。うん、松平様との話が終わったら返信しておこう。
そうボンヤリ考えていると、廊下の奥から誰かが歩いてくる音が聞こえる。この歩き方はきっと松平様だ。私は座布団から降りて、松平様が座る場所に向けて頭を下げておいた。その数秒後、彼はその場に座り、頭を上げろと促す。
「お久しぶりです、松平様」
「おー、悪かったなー、急に」
「いえ」
黒いサングラスのせいで彼の強面の雰囲気が倍増されているが、配下に置かれている私は知っている。この人は、本当に信頼出来る人だ。急な呼びつけをされたって、驚きはしたものの、迷惑だと感じる事はない。しかしながら、たった一人で来いと呼ばれた意味が分からない。私、何かしたっけ?
「あの……」
「んー」
「今回は何用で……?」
恐る恐る座布団に座り、ぷかーと煙草を吸っている松平様に話かける。何か私にしか出来ない任務でも言われるのだろうか?それならそれで全然構わない。
「何か大切な任務ですか?」
「………極秘任務だ」
「…!」
サングラスの奥の瞳が細められたのがよく分かった。自分の側近を誰一人としてこの部屋に置かず、私だけを呼んだ意味を理解した。"極秘"と、何とも簡単に言ってくれるものだ。でも、大将の近藤さんを介して私に伝えるのが妥当とは思うけれど、如何せん私が口出しできるほどの雰囲気はこの場にない。膝に置いてある拳の力が自然に強くなるのが分かった。
「ターゲットはたった一人だ、大きな組織には所属していない」
「一人、ですか……」
「本当は俺自身の手で決着をつけたかったんだがなぁ……半ば人質を取られてるみたいなもんでよー…」
「人質……」
松平様が下手に動けない程の人質を取られてるのに、私1人に任せていいのだろうか?と言うかそんな事件今が初耳だけど、世間には公表出来ない程の何か裏事情でも潜んでいるのか…。何にせよ、完遂できる自信がどんどん無くなって来た。
「話は分かりました。ただお言葉ですが、私一人に頼んだとて何がどう動くか全く予想がつかないんですが…」
「緋村、これはお前だから頼める仕事だ」
「私だから…?」
「これは別にバカして言ってるんじゃねぇぞ?…お前は、真撰組唯一の女だからこそ、頼めるんだ」
「……」
唯一の女だから、という所を主張している感じ、私に頼みたいのは潜入捜査とか?もしくは色仕掛けしてこい的な?局長と副長にそんな事頼まれたら全力で拒否するけど、それより更に上に位置する松平様に頼まれたら、どうにも口が竦んでしまい、首を縦に振ってしまいそうになる。
「…あの、考えさせて下さい……って言っても人質がいらっしゃるんですよね。チンタラしてる時間はありませんもんね……」
そうだ、もしかしたら、今にも命が危ぶまれているかもしれない人質を、見捨てる事なんで出来やしない。真撰組の隊士なら、これぐらいの事やらなくてどうする。第一、任務の詳細を知らされる前に逃げ腰だなんて、一番隊の名を廃らせてしまう!沖田隊長の顔に泥を塗ってしまう事になる!あ、やっぱり前言撤回!あの阿呆上司の顔には一度で良いから泥を塗ってやりたい!!
「分かりました!」
意気込みをとめる事は出来ず、私は机を思いっきり叩いて立ち上がった。女中さんが出してくれた茶飲がガタガタと揺れる。
「引き受けます!!私でよければ何なりと!!!」
「緋村!!!さすが俺が見込んだだけの女はある!!オジサン惚れそうだー」
今まで緊迫していた雰囲気が一気に解けて、安心したような松平様の表情に私の心も綻んだ。きっと、そんな空気がいけなかったんだ。松平様が言った言葉に、私は屯所に居る時のいつものノリで反応してしまう事になる。
「いやー、良かった。これで緋村があの男に接近して、上手くあの2人の関係に亀裂をつくってくれたら栗子も自分から別れを切り出すだろう。あー、安心した。これで一段落ついたな。あ、緋村安心しろよ。あの男が万が一お前に真剣に惚れても、その時はオジサンが全力で死守…ぐはぁっ!!!!!」
まるで仕事をさぼっている沖田隊長を発見した時かのように、私は回し蹴りを松平様にくらわせました。隊長なら華麗に避けるのですが、ひょんな攻撃を松平様は避ける事が出来ず、その顔面を以って私の攻撃を受け止めて下さいました。
「緋村……!!良い蹴り持ってるじゃーないか……!!」
「お褒めの言葉ありがたく頂戴致します。しかし松平様。どういう事ですか。極秘任務?人質?……~~っ、アンタは只娘と彼氏を別れさせたいが為に部下を使う気かアァアァアァ!!!!栗子様が可愛そうです!!!こんなバカ親父を父にもって……!!!私なら絶対死にます!!!」
「その言い様でオジサンが先に命を絶っちゃうよ!!?…いや、緋村落ち着け、俺はただ、栗子が傷つかないようにあの男と別れさせ…」
「娘の恋路に親が口を挟んではいけません!!…もうっ!急に呼ばれたから何事かと思えば……っ。緊張してた私がバカみたいです!それではコレで失礼します!」
この上司は確かに信頼できるし、仕事も出来る人です。しかしたまにこういった親ばかの顔を覗かせるのを忘れていました。
「えー、緋村もう帰っちゃうのー」
「猫撫で声を出さないで下さい!可愛くも何ともないです!私は屯所に戻ります!」
「だいじょーぶだ緋村。お前が結婚するなんて言ったらオジサンが全力で相手を暗殺してやる」
「部下の相手には容赦無いなアンタ!!?」
「そりゃ栗子も大切だが、緋村もちゃんと可愛がってるつもりだぞー。お前の結婚相手は俺が認めた奴じゃないとー駄目だ」
「余計なお世話です!可愛がってたら、私用でホイホイ部下を呼んでいい決まりはありません。それに、結婚とか、私には全く縁の無い事ですから!」
その時、丁度携帯がピピピと鳴る。確認してみると、沖田隊長からの着信だった。
「私の恋人は真撰組だけです!」
「それって間接的なオジサンへの告白?」
「違いますっ!!!」
未だ鳴り続けている携帯を手に持ち、「煙草の吸いすぎとお酒の飲み過ぎだけは注意して下さいよ!!」と注意して、一礼してから部屋をズンズンと出た。そして、隊長からの着信を取る。
「もしもし!!?…え?何も怒ってませんよ!!声が荒立ってるのはいつもの事です!!あ、そだ、沖田隊長!!!私、真撰組の事好きですからね!!真撰組と結婚しますから!!!」
急にそんな事を言われた沖田隊長は、電話の先で「はぁ?」と心底不思議そうな声を上げているのが分かる。
「かーわいいねぇ…」
部屋に一人取り残された松平様が、楽しそうにそう呟いていた事は、もちろん私は知りません。
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