そして晴れ
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やっぱり仕事を頑張れば良い事がありますね!緋村はそう言いながら土方の横を歩いている。彼の言いつけどおりベストを着て刀をさし、格好だけはまさしく真撰組である。屯所を出て数分、何が食べたい、と聞いた土方に対し、カツ丼、と即答した緋村は機嫌良く大通りを歩いていた。
事件解決のお陰で苦情は日を追うごとに霧のようにゆっくりと晴れていっていた。これでまたしばらく平穏がやってくる。そう思えば財布の中身が減ろうとも別段悲しく無い土方は、小さな欠伸をこぼしながら彼女に話しかけた。
「お前昼からの仕事は何だ?」
「えーっと……見回り……が夕方で………それまでは書類整備ですかね……」
気に病むような言い方ではなくサラリと言いのけたが、その内容は案外きついもの。今回の事件によく働いてくれた緋村に対しては少々酷な日程だったか…。そんな罪の意識を土方は今カツ丼でチャラにしようとしている。
緋村は元々働いてくれる方だったが、この事件でこんなに活躍するとはぶっちゃけ思ってもいなかったのだ。そりゃ有難い話ではあるが、後日の彼女の有様を見ていると申し訳ないと思えるのは何気に優しい土方としては応えた。
「今度の非番は連続でやるからな」
「マジすか。何で急にそんなに優しくなるんですか!?なんか怖い……!」
「失礼だなお前も」
「今日の土方さん何か変ですよ?……あ!奢るとか言って本当は奢らせる気ですね!」
「よし、カツ丼屋行くのやめるか」
「すいませんでした!」
「………」
どっちが変だよ、という土方の呟きは街中の喧騒に掻き消され彼女には一切届かなかった。それなのに顔を土方の方に向けて「ん?」とでも言いたげに小さく笑っている。こういう何気ない動作に、土方は彼女が女である事を改めて気付かされているような気がしていた。度胸も根性もあるのに、これで男じゃないんだから勿体無い。そう想いの丈を話したら彼女は怒るだろうか。きっと笑って受け流すのだろう。
「……お前そんなに新聞に載りたかったのか?」
「はい?」
「今朝いろいろ言ってただろうが」
まるで今思い出したような言い方だが、この食事会はそもそもその事での労いでもあるし、土方の頭の中ではこれで頭が一杯だった。それ程彼女の行動から考えて珍しいものであったのだ。あー…まぁ、と何とも微妙な返事をした後、豪語しちゃったんです、と唐突に話を切り出してきた。何の事だからさっぱり分からぬ土方に、緋村は何故自分があんなに記事にこだわったかを話し出す。
「言っちゃったんです。絶対に怪盗ふんどし仮面検挙の一面を見せるって」
「ほぉー…」
「何気なく私が言った事なんですけど、達成しないと何か納得出来なくて……。アハハ、検挙したのに記事に載らないって中々悔しいですね」
「記者は真犯人しか興味ねぇからな。それに奴さんについては前に一度書いてる筈だから、敢えて掘り返す必要も無かったんだろうよ」
「ですよねー…」
どこか落ち込んでいるような声に、土方は「しまった」とでも言うかのように煙草を銜えている口元を手で押さえた。今回緋村を連れ出した目的は彼女を励ます為では無いが少なからず労いのつもりなので、気を落ち込ますような事を言ってしまえば連れ出した意味も何も、屯所で寝かせてやっといた方が彼女にとっては幸せだったに違いない。若干下を向いて歩いている緋村にかける言葉を土方は懸命に搾り出す。
「あー……いや、その、何だ……」
「良いんです副長…きっと私の力量不足だったんですね…」
「や、それとこれとはきっと話はべ…」
「私が奴を宣言どおり市中引き摺り回して血祭りにあげなかったから駄目だったんでしょうね」
「緋村取りあえず一回はたかせろ」
何でですか!彼女がそう言った後に土方は説明する事なくペシンと頭をはたいた。ああ、そう、奴を引き摺り回して血祭りにさせたかったのか、ってかお前血祭りって結構物騒じゃね、血祭りなんかに上げたらもっと記事に載らなくね、と言うか落ち込んでたポイントそこかよ、ちょっとでも心配した俺がバカじゃね?そんな土方の心情をどうか分かってやって欲しい。 すっかり短くなった煙草を携帯灰皿に押し潰し、可愛くない奴だ、と彼が言ってみれば光栄ですと楽しそうに笑う緋村。からかわれたと感じた土方は面白くなさそうに口を軽く尖らせる。
「お前日に日に総悟に似てきてやがる」
「それだけは絶対に勘弁ですアハハ」
「即答したな。……あー、俺何食おうかな……」
「私カツ丼のビッグサイズが良いです!ほら、副長!早く行きましょう!」
土方の腕をひいて早歩きをしだす緋村は、何度か振り返ってまた楽しそうに笑う。ちゃんと刀は差してきているが、それが目に映らなければ本当に普通の女に見えてしまう。しかし見かけはそう見えてしまおうと、やはり沖田率いる一番隊隊士、純粋にそう見させてくれないのが現実だ。
「副長本当は見回りなんかじゃ無かったでしょう?」
「あ?」
「だって一人で見回りなんて有り得ないじゃないですか。私を連れ出してくれる為に、見回り、なんて嘘ついたんですよね?」
「……」
「大丈夫ですよ副長!私全然疲れてません!昼からの仕事もしっかりこなしますからね!」
「てめっ、気付いて……!」
確かに彼女の言う通り土方の午前の仕事に見回りなんてものは無い。ただ、朝からやかましく飛び込んできた部下の仕事疲れを想い、それを素直に現せないが為に選んだ嘘だった。こうも簡単にばれると土方にとってどことなく恥ずかしかった。
「お前そういうのは気付いてても言うんじゃねぇよ!!!!」
頬を少しだけ赤くして叫ぶ上司に、彼女はまた楽しげに笑った。
**********
「糸ー……昨日カツ丼食いに行きやがったな」
「夜番明けだったから良いじゃないですか。御褒美です、御褒美」
「大して働いてねぇくせに」
「その台詞を沖田隊長にプレゼントしますよ」
土方と緋村がカツ丼を食べに行った翌日、その情報をどこからともなく聞いた沖田は「仕事さぼりー」と批判していた。どっちかと言うと沖田の方が仕事をサボっている(寧ろ彼女はサボっていない)ので、敢えて相手にもせずに書類の不備が無いかのチェックに勤しんでいた。いきなり自室にやってきて、文句をたらたら述べながらアイスを食っている沖田が忌々しいとは思っているだろう。
しかしそれも日常の一環、追い出す必要性など微塵も無い。まるで緋村の部屋にサボりの沖田が居るのが当たり前のような空気である。昼ごはんを丁度食べ終え、昨日と同様に夕方に(沖田との)見回りを控えている彼女は、少しでも書類の数を減らそうと紙に目を通していた。ちょうど4分の1ぐらいを終え、休まずに新しいのに手を伸ばそうとした時、沖田の次に彼女の部屋にやって来たのは山崎だった。障子を開けた途端に見えた畳に転がっている沖田を見て、また何やってんですかアンタ…、と少々呆れたように言葉をこぼし、それから机に向かいつつ自分を見上げている緋村を見た。
「糸ちゃん大ニュースだよ」
「?悪いニュースですか??何ですか?」
「怪盗ふんどし仮面が脱獄したらしいよ」
「えぇぇぇええぇぇぇえぇぇ!!!!!???」
「やかましいぜィ糸」
「いや、でも、だって……えぇええぇぇぇぇ!!!??」
せっかく自分の下着を盗んだ張本人をその手で捕まえたのに、まさかの脱獄速報であった。思いも寄らぬ情報に緋村は落胆して、持っていた書類を畳の上に落とした。
「そんな………脱獄………せっかく捕まえたのに………」
「まぁそう落ち込みなさんな。またテメーの下着で奴を釣れば良いじゃねぇかィ」
いけしゃあしゃあと言った沖田の顔面に強烈パンチを何食わぬ顔で浴びせてた緋村。大きなため息をこぼす彼女を見て、言うべきじゃなかったかなと山崎がちょっと後悔したものの、助け舟を出してくれたのは何とたまたま話が聞こえてやって来た土方であった。良かったじゃねぇか、と言って緋村の方を見る。
「良かった、って……どうしてですか副長。脱獄ですよ?折角捕まえたのに…」
「だからまた捕まえれば良いじゃねぇか。んでもって次こそ記事に載って、その約束とやらを果たしてみろよ。豪語したんだろ?」
その言葉と小さな笑みだけを残し、土方はスタスタと去って行ってしまう。寝転んでいた沖田は軽々と起き上がり廊下に顔を出したと思えば「ここんとこ忙しくて全然言えてやせんでしたアァア!!!死ね土方コノヤロオォォオォ!!!!」と大きな声で叫んだ。てめぇが死ねクソ餓鬼イィィィ、という返事の声を聞き、沖田はハンッと鼻で嗤った。
「沖田隊長ー、あまり副長のストレス増やさないで下さいよー?八つ当たりは俺にくるんですから…」
「へいへぃっと」
2人がそんな会話をしている中、緋村だけは畳に手をつき、その場にはもう居ない土方を見上げたままの格好でいた。表情はどこか驚いたような感じで、少しだけ口が開いている。
しかしそれが徐々に弧を描いていくのにさほど時間はかからなかった。どこまでも、さり気ない優しさを垣間見ているからこそ、彼女は多忙な生活もこなしていけるのだ。畳に落ちた書類に目を落とし、いつか載る自分の記事を思う。ちゃんと一面を飾ったでしょう、と彼女が自慢げに言う日に、銀髪の男はどういった反応を見せてくれるだろうか?心のこもっていないお褒めの言葉など必要ない、ただ、一言だけでも労いの言葉をかけてくれるだけで良い。頑張ったな、と言われた瞬間こそ約束が果たせた時である。そうして、彼女の一つの思いが晴れるのだ。
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