君の隣で
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俺がふと街に出ていた時の話だ。その時はまだ真撰組が"怪盗ふんどし仮面"やら"下着泥棒"なんて民事的な事件を抱えていて、それと同時に頭も悩ませていた時。そりゃ攘夷志士相手に事件を抱えるならまだしも、今回の事は本当にご愁傷様であった。
昨日、それが解決したとの一報がテレビで流されていた。内容はどうにも馬鹿馬鹿しい内容で、真撰組はその恨み嫉みを一身に受けていただけらしい。まあ人間に対して恨みを持っている天人は多いと思うし、天人に対し恨みを持っている人間も多いと思う。それ以前に人間を恨んでいる人間も居れば、天人を恨んでいる天人だって居るだろう。客観的に言わせれば、そんな憎しみ模様なんて誰が見たいもんか。大人しく受け流しておけば、きっといつかそんな思いは薄れていって、悲しいが思い出せないようにまでなるのだろう。それは何年先か分からない。忘れるには受け流すという方法がきっと一番良いんだ。
でも俺は、今はまだ受け流すなんて方法は取らないでおこうとも思うし、人に対し自身の事を受け流されないようにもしようと思っている。そんな事を思うようになったのは、そうだ、あいつを見てからだ。2日前、街中で緋村を見かけた時。あいつの事なんて俺は全く知らない。たまたま街で会えば挨拶を交わすぐらいで、別段親しい仲などではない。そんなあいつを見かけた時、あいつは一人の天人の前に立っていた。俺が見た感じ声をかけて近寄ったのは緋村からで、大層迷惑そうな天人の顔が遠くからでもよく分かった。その分、柔らかく微笑んでいるあいつの顔だって分かった。
しかし笑ってると言えど、その顔は仕事用の笑みに思えた。2人は何を詳しく話しているかは分からない。いや、2人と言うよりも、天人が一方的にあいつに文句を言っているように思えた。それで察しがついたのは、きっと今回の被害者なんだろう、って事。
お世辞にも別嬪な顔つきじゃないが、被害にあってしまったのはあってしまったんだろう。俺なら緋村の下着盗むけど、とその時の俺は訳の分からない事を考えながら2人の様子を眺めたままだった。人は歩いていっているのにその2人と俺だけが立ち止まっているのが何だか不思議だった。
緋村は天人の文句を受けながら、時には申し分けなさそうに苦笑いをもらした。けれどその笑みさえ自然なものではなく作ったように感じてしまったのだから、女隊士はやはり性別は俺と違えど真撰組である。あんな笑みや仕事、俺にはきっと出来ない。小さな肩幅や小柄に見えてしまう体型は、少しでも寄りかかったら崩れてしまいそうなぐらい脆そうなのに。
何を言われているのだろう?少しばかし気になって、一歩また一歩と近づいてみる。仕事の邪魔になるか、と考えたものの、気付かれた時は挨拶を残して大人しく帰っておこう。話すネタも無いのだから、俺が今緋村に近づいているのが本当に不思議だ。やっと往来に馴染んだ俺だったが、天人の大きな一声ひ俺どころか通り過ぎていった人々でさえ顔を向ける事が起こった。
"ちょっと!!聞いてんの!!??"
この言葉はつまり緋村が天人の文句を流していたから起こった言葉なのか。自分から話をしに行ったのに相手の怒りを煽ってどうするんだあの女。所詮真撰組か、苦情の対処には慣れていないのだろう。一瞬顔を向けていた人達も何やかんやで流れに戻っていく。俺だけが残っていた。だから俺だけが見れた緋村のあの笑み。
"はい、ちゃぁんと聞いてます"
その言い方が、とてつもなく落ち着いていて、だからこそ気持ち悪いとも感じ取れた。あいつにしてはどこか低い声で言った後に、平然と笑っていた。ピンクの唇を横に伸ばし、それから口角は上に上げていく。目は若干薄まったように感じ、相手を見定めているような視線は敵に向けるものなどではなく、まるで見下ろしているような視線。全ての事を分かりきっているような視線に妙に凄味があった。やはり真撰組などではなく、あいつは只の女らしい。じゃないとあんな笑い方は出来ないし、人に向ける事だって出来ないのだろう。
それから、緋村は何事も無かったかのように振る舞い去って行った。あいつは、人の怒りをああやって受け止めるのだろうか?それから、すぐに忘れてしまう性質なのだろうか?そんな受け方は、せめて怒りだけに止めて欲しいと願っている俺は何なのか。
例えば俺があいつに怒りを向けるような日が来たとして、さっきの天人のようにぶつけてみる。そしたら動じずに上手く受け流すに違いない。それはそれで良い対処法だと思う。けれど、仮に好意や信頼などを向ける日がきた時、あいつはああやって受け流していくのだろうか。そんな途方も無い考えなんか、沖田や近藤達ならすぐに答えを出せる事が出来るだろう。俺とあいつ等との違いは、緋村と接した時間によってこうも簡単に浮き出てしまう。
あいつ等のように俺と緋村が一緒に働いていたりしたら、きっとこんな考えなんて浮かんだとしてもすぐに解決してしまう。別に悔しくはない。ただ、その疑問の答えはどことなく欲しいな、と考えてしまう所、俺はやはり緋村に対し好意を向ける日がくるらしい。バカみてぇ。思わず口から出た言葉をその場に残し、俺は用事を果たす為にまた歩き出していた。そしてそれが終わった後万事屋に帰ってみれば、新八にガツンと怒られた。
"銀さんまたパチンコですか!"
母親のように怒る新八につられ、神楽までもがふざけて怒ってくるのだから俺の居場所なんてありゃしない。せっかく景品取ってきたっつーのによ!こっちは緋村のあの表情を忘れるにはパチンコが最適だったんだよ!…なんて言える訳も無く、この熱が冷めるまで下のババァの所に避難していようと考え万事屋を出た。ドアはいつもの事ながら開いていたが、カウンターにババァが居たのには驚いた。奥に引っ込んでいると思ったばっかりに、その人影を見た時本当にオバケかと思って内心ビビリまくっていた。
"ババァ水くれー"
"水なら自分のトコで飲みな。こちとら夜に向けて準備しないといけないんだよ"
"まあそうケチケチすんなよ"
悪態をつきながらでも出してくれた水を有難く飲んでいた時、俺が座っているイスが妙に温かいのに気がついた。どうやら客人が来ていたらしい。しかもそれが真撰組だと言うのだから、俺は軽く驚いてしまった。あいつ等がここに来る意味が分からないのだ。しかも誰が来たかと問えば沖田と緋村だと言った。それからババァは「早く帰りな」とか何とか言いながら店内の電気を消して奥に引っ込みやがった。暗くなったここに居ても気持ち悪いだけだしさっさと引き上げようと思いコップを流し台に置けば、そこにもう一つ置いてあったコップにふと手が止まった。
緋村が水でも飲んでいったのだろう。何の根拠も無いが何となくそう思った自分が恥ずかしい。ババァは、キャサリンに用事があって来たらしい、と言っていた。そんな事を言われても益々来た意味が分からない。そうだ、そんな分からない事なら考えない方が良い。
どことなくイスに触れれば温かい。まあ俺が座ってたってのもあるんだけど、また変に恥ずかしくなってくるのにはたまんなかった。あいつがココに来た事など別にどうでも良いが、ここに居た意味はどことなく気になるのだから、俺は緋村に受け流されないような努力をしなければならないようだ。いや、あいつが全てを受け流す人間かどうかは知らないが、それを見定めるには接する時間が必要で、となるとやはり俺があの時、天人と話し終えた緋村を引き止めるべきだったのか。
……まあ今となって考えちゃ仕方ないが、今度からそうすれば良い。その時まで俺は、少なくとも受け流されないような人間になっておけば良い。しかしながら恥ずかしい。照れ隠しのつもりで視線を流した先には少し開いているドアがあった。差し込んでいる光は、イスの熱のように温かそうに見えた。
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