カリソメ夜 5
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一方こちらはパトカーの中。後部座席にキャサリンを乗せたのだからまさしく連行されているような姿である。もちろん運転している緋村は、どこかご機嫌に鼻歌を歌いながらハンドルを切っていく。何故なら、今まさに、抱えている事件を解決できるかもしれない人材を手に入れたのだ。彼女が直接被害に関係していたわけでは無かったが、事件が解決に向かうという兆しはやはり嬉しいらしい。楽しそうにミラー確認をしている緋村の横顔を見て、沖田は少し安心したように小さくため息をついてから振り返った。そこには先程の店内と同じように偉そうに座っているキャサリンが居て、緋村も同じように振り返った。
「キャサリンさん。早速ですが今から被害者女性に会って頂いてもよろしいですか?今日中にこの事件を終わらせたいんです」
「町役人まがいも今日で終わりでさァ。その為にはアンタの協力が必要でィ」
「金ガ入ルナラ仕方ナクシテヤルヨ。取敢エズ前金トシテコレダケ…」
と、言って3本指を立てたキャサリンに、沖田は「あぁ、そんなんで良いんですかィ」と余裕な発言をして、隣で運転してくれている緋村に向き直り、言った。
「30円で手をうってくれるそうですぜィ」
「30円ジャネェェエェ!!!フザケンナヨ真撰組!誰ガ30円で協力スルカヨ!!」
「ほんとですよ沖田隊長ー。幾らなんでも30円は有り得ませんって」
信号にさしかかった所で、ブレーキを踏んだ緋村がキャサリンに笑顔で振り返る。
「300円で良いんですよね」
「オ前等ハ餓鬼ニ、オ使イヲ頼ンダレベルカ!!!?」
「うまい棒が沢山買えやすねィ」
「良いなー。コーンポタージュ味が良いなー」
「馬鹿ダロ。オ前等馬鹿ダロ」
これから遊びに行く訳でも無いのに、真撰組2人はいつものペースで会話を進めていく。事件を微塵にも感じさせない雰囲気のまま車は安全運転を守っていたのだが、突如緋村が「あ!」と声を出して車を道の脇に止める。止めた後、しきりに反対車線の歩道を眺めていた。何か発見したのか、と沖田も運転座席に上半身を乗り込み彼女の視線の先を見てみるが、ただ普通に町の人たちが歩いているだけ。しかし彼女はその人たちの中に、キャサリンと同じく今回の作戦に絶対に必要である人物の一人を見つけたのだ。すなわち、被害者女性と名乗る天人の一人である。
「キャサリンさん!!あの天人!!あの天人と今すぐ接触してきて下さい!!」
「急ナ話ダナ」
「大丈夫ですって"私、下着泥棒の件で被害を受けている訳では無いんですが、今晩にでも真撰組に対する愚痴を言いませんか。私もあいつ等が大嫌いなんです"とか言ったら奴さんたちは必ず今晩中に動いてくれます、間違いなくね」
「ドコカラソンナ自信ガ」
「女の勘です!」
またもや爆笑しだした沖田の顔に、窓に顔を向けたまま笑顔で肘鉄をくらわせて、瀕死の上司をほっておきキャサリンを急いで外に出した。お金の事が絡むとどうにも断れないキャサリンは話しかけるのを余儀なくされ、横断歩道を渡ってその天人を追いかけた。車内でその様子を見守っていた緋村と沖田は知らないが、キャサリンは過去に窃盗犯として前科持ちのある泥棒である。今はちゃんと足を洗ってお登瀬の所で働いているが、人と話すのや騙しをもちかけるのはまだ体が覚えているのか、躊躇いもせず狙いの天人に話しかけているキャサリンを見て、彼女は「ほぉ…」と声をもらした。
「凄いですねネコ耳さん。何だか話も上手いこと進んでるようですし………。大方本当にウチの悪口言ってんでしょうね」
「天人ってーのはそんなもんでィ」
そして、数分という短い記録でキャサリンは車へと戻ってくる。あまりにも早い帰りに彼女は話を失敗を覚悟したが、その逆、キャサリンは上手いこと話をつけてきたのです。
「凄いですキャサリンさん!!!で、場所は!!?」
「料亭"国枚屋"。今晩8時カラ」
「随分細かい集合場所と時間ですねィ」
「……キャサリンさんが話しかけなくても、元々彼女たちの間でそういう会合が開かれてたんじゃないんでしょうか?あれだけ苦情電話をかけてくるぐらいの根気があるんです、考えられない線でもありません……って言ってもまだ彼女達が犯人と決まった訳じゃないんですけどねー」
それじゃ発進しまーす、と言って車を動かし始めた彼女の顔はどことなく自信に溢れていた。
「…まだ解決した訳じゃないぜィ」
「分かってますって。でも大丈夫です。絶対に今晩中に片付きます」
「何でそう言い切れるんでさァ」
「…………」
「女の勘、だろィ」
沖田のその言葉に、彼女は満足そうに目を細めて笑った。
そして時間は流れに流れて約束の8時を目前に控えている。真撰組一行は、料亭"国枚屋"の空き部屋を借りて、会場にしかけてある盗聴器に耳をすませていた。いやしかし、すませると言ってもまだ人数がまばらなだけあって、話されている会話はそこら辺でも聞ける世間話ばかりであった。因みにすっかり馴染んでいるキャサリンは酒に煽られて既に出来上がっているらしい。「何だあの使えないネコ耳は」と土方が冷ややかに突っ込んだ。音を聞き取るためのヘッドホンを取って緋村は思わず苦笑いを浮かべる。確かに酒につぶれるとは思ってもいないし無責任な行動だと思うが、この場に居られるのはキャサリンのお陰でもあるのだ。頼んだ身であるだけに易々批判をする事は出来なかった。
空き部屋で待機している真撰組は十数人。女相手に、しかもテロリストでもない相手に大人数を使う気はさらさら無いらしい。ここに指揮官である土方が居るだけでこの事件は解決したもの同然だ。彼女はそう余裕ぶってチューニングの調整をしていた。聞き取る声が徐々に増えてきたのだ。きっと会場の人数が集まってきたのだろう。
「…ったく……。近藤さんはまたあそこに行ってるしよー…」
「見つけたらしばき倒さなきゃいけませんね!」
「しば……っ、…それにしても緋村、お前よくここまで辿り着けたな」
それは、土地的にではなく、事件の本質にという意味だろうか?あー、まあ。と一旦曖昧に答えてから、自分が気付いた事を整理しながら話し出す。
「まず被害者が全員天人だ、って事が気になって…。それから苦情電話の声質が気になって、被害者の出身星が引っ掛かったんです。あ、あと書類も!」
「書類?」
「被害者女性の一切が書かれてあった書類です。私が土方副長から受け取った時点で、十数枚、被害を受けた人数も十数人…。その人数が書類に追いつきすぎてたんです。つまり、被害状況の分析や事情聴取が滞りなく進んだから早く書類が出来上がったという事でしょう?……、普通下着を盗まれた女性はそう簡単に自分の被害状況を言えるものでもありません。だから怪盗ふんどし仮面が起こした事件は長々と尾を引いてるんです。被害件数が膨大だ、という事もあるですけどね……。とにかく、テレビ出演とか有り得ない話です。………彼女達は、結局……真撰組に対する不満を世間にばらす形でぶつけたかったんですよ。町役人づてに、わざわざ真撰組に頼ませるようにしたぐらいなんですから。……この事件が解決しても、何をそんなに怒ってるのか調べなきゃいけませんけどね」
「(………一日の間によくもまあ頭が回転する奴だな……)」
緋村はそう笑いつつ足元に置いてあった刀を手に取った。
「さあ、声が増えてきました。案外すぐに証拠となる言葉が出てきたりして」
それは無いでしょー、と同じく音を拾っている山崎が相槌をうった。しかし、彼女の言う通り、集まった天人たちは酒を片手に愚痴や不満を順調にぶつけていく。その先には、やはり真撰組である。2つしかないヘッドホンにその場に居た全員が集中する。暑苦しい…、という彼女の小声の嘆きは無視の方向だった。
ヤッパリ真撰組ハ馬鹿バッカリナンダヨ!特ニ沖田ト緋村ナンカ私ノ足元ニモ及バナイワ!!
「……あのネコ耳への報酬金は3円に格下げですね沖田隊長」
「寧ろやらなくて良いだろィ」
何故かこちら側についているはずのキャサリンが一番悪口を言っているようにも思えるが、その空気が周りを侵食しだしたのか、具体的な真撰組の悪口が行き交うようになってきた。それはまさしく彼女が考えていたような、真撰組そのものの批判である。事件の発展性をいじっていない苦情の数々、本質がつかめなったそれらの言葉…。彼女たちが下着泥棒の被害者を装ってまで言いたかった言葉が、そこには溢れかえっていた。
「………総員、突入準備」
土方が低く呟いた。その時は、もうすぐそこまで来ている。他の部屋ももちろん普通に開放していて、何も知らない客たちは宴会やら食事を楽しんでいるのだから、賑やかな声はここに到着した2時間前から止みはしていなかった。が、そのお陰で耳がだいぶ慣れてきて、彼女たちの声に集中できる。そうしてようやく、待ちに待った言葉が飛び出した。
下着盗難事件をでっち上げた甲斐があったわ。
この一言だけで充分である。後は彼女たちを確保して、役人に仕事を返してやれば良い。今回土方は、会場の襖を思いっきり開けた時「御用改めである」とは言わなかった。
「真撰組だ。神妙にしな」
突如として現れた不満対象に、彼女達が顔を青くしたのは安易に想像出来るであろう。斬りあいになる事が無いのぐらいは分かっていたが、それでも自分たちの存在をアピールするには悔しいが刀しか無いといっても過言ではないので、彼等はそれぞれ自慢の刀を引き抜いて会場へと突入した。
勇ましい男集団の中で緋村が一人やけに女らしい笑みで彼女たちを見下ろしているのが印象的だった。可愛らしい笑みであるのに、どことなくバカにしているようなその微笑は、世間を巻き込み嘘をついてまで自分の居る場所を批判した彼女たちに向ける、せめてもの笑顔であった。
料亭から次々にお縄についた天人が出てくる。その中にキャサリンまでもが入っていたのは沖田と緋村の粋(?)な計らいである。そんな2人は、天人が役人に手渡されているその様をパトカーの中から眺めていた。車の時計を見てみればまだ9時であるのだが、大きな欠伸をした沖田に彼女は笑った。
「眠いんですか?」
「あぁ?……いやー…あっけなく終わったなぁと思って……」
「あっけなくて上等です。こんな事件、長引くだけ腹立ちますよ」
「まあねィ……」
「あの人たちと同じ女である事が恥ずかしいです…」
頬に片手をあてて、実に盛大なため息をついた部下を見て沖田は呆れ顔である。
「(同じ女だ……とかアンタが言えた義理かィ)…まあ無事に解決して良かったですねィ」
「これから彼女達の怒りの原因とかも調べなきゃいけませんけどね」
「それは明日からで良いだろィ」
「もちろん明日からです。今日は夜番じゃないからぐっすり眠れるんですー」
嬉しいー、と言ってハンドルに頭をあずける緋村。その顔はさっきの彼女達を見下ろしていた笑みとは違う、晴れ晴れとした笑顔…。そう、彼女が事件が解決した時に知らず知らず見せている顔である。それを見てようやく沖田も「解決したのか…」という気になってくる。
「総悟!!!緋村‼︎!お前等パトカーに引っ込んでばかりじゃなくてちったァ手伝え!!!!!」
車内に居てもよく聞こえる土方の声に、沖田は心底嫌そうに顔を歪め、彼女は面倒くさそうにハイハイと小さく返事を返した。そうして運転席から出る。
「はいは一回だけで良い!!」
「何で聞こえてんですか」
地獄耳だなー鬼なだけに、と軽くけなした彼女だったが、それでも土方の所に駆け寄って事後処理の手伝いを始めている。その姿は、本当に嬉しそうに…。
「……アンタはそうやって笑ってりゃー良いんでさァ」
ポツっと落ちた沖田の呟き。車内に居るのだから誰が聞き取るわけでも無かった。ただ、その顔が見守っているような眼差しであるのが珍しかった。さあ、時刻は9時だ。良い子は、寝る時間なのである…。
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