カリソメ夜 5
お名前変換こちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…失礼しまーす……」
「ドア開いてんのに誰も居ねぇのか?」
薄暗いスナックの中はどこかひんやりしていて、夜に向けてのエネルギーを充電しているようにも見えた。漂う酒の残り香につられカウンターを見てみれば、何週類ものボトルが飾られてある。飲みてぇな、と呟いた沖田の頭を緋村が一度はたく。
「今回は頼みに来たんでしょうが。自分の仕事を思い出して下さい!……って言っても誰もいらっしゃいませんが?」
「おかしーな……確かここに天人が一人働いてる筈なんでさァ…」
「へぇー……」
緋村が持っていた紙袋をカウンターの上に置いて店内を見回し始めた時、急に電気がついて辺りを照らした。奥に居たお登瀬がつけて、2人の元へとやって来た。
「何だィ何だィ揃いも揃って。営業は夜しかやってないんだよ」
「あ、すみません!お話したい事があるんです」
まず緋村がお登瀬に話かけるのだが、上から下までマジマジと見られ思わず肩が強張っていた。それぐらいお登瀬の視線に貫禄が含まれているのか定かでは無いが、「何か…?」と彼女の声が静かなものになっていた。ただお登瀬とて敵対心を持って彼女を見ていた訳では無かった。二人の足音と声が聞こえて出てきたものの、まさか真撰組が居るとは思ってもいなかったのだ。一人の声は男でも、残りは確かに女だったからである。こうマジマジと女隊士を見たお登瀬は、ただ純粋に珍しい娘も居たもんだ、という軽い気持ちで見ていただけなのである。
「いや、何でもないよ。本当に隊士なんだね」
「?そうですけど…?…あの、これ、つまらないものですが…」
社交辞令であるが、律儀にも土産物を持ってきた彼女に対し、お登瀬は少なからず悪い気は持たなかったようである。一言礼を言ってもらってしまったは良いが、真撰組が自分の店を訪れた理由が全く分からなかった。それもその筈、自分は何もやましい事をした覚えが無いからだ。しかし、その"やましい"という単語で、一人思い浮かんだ男の名をお登瀬は口にした。
「もしかして銀時が何かやらかしたのかィ?」
「ぎんとき……?あぁ、坂田さんの事ですか?」
「違うんでさァ。旦那の事じゃなくて、今日はこの店に用があって…」
「ウチにかい?」
「ここで天人の女性が働いていらっしゃいますよね?その方に用があるのですが……今はまだ来ていらっしゃいませんか?」
まだ開店前ですもんねー、と言いつつも淡い期待を持っている緋村に光が射した。
「キャサリンの事かィ?キャサリンなら奥に居るよ」
「ホントですか!?」
「悪ィがそいつ呼んでくれィ。頼みたい事があるんでィ」
「…ちょっと待ってな」
お登瀬は奥に戻りキャサリンを呼んでいる。スムーズに事が運んで嬉しいのか、緋村は安心したようなため息を一度だけはいた。静かな店内にそれはよく響く。疲れたか、と聞いてきた沖田に「違いますよー」と照れながら彼女が首を振った直後、天井からドタバタと騒がしい音が響いてきた。心なしか埃までもが落ちてきている。沖田は上を見上げ、緋村は落ちてきた埃にくしゃみをした。
「旦那達は何やってんでィ…」
「あ、そか。上には坂田さんご一行が住んでいらっしゃるんですよね……。元気な方たちですねぇ……くしゅん!」
ちょうど彼女が2回目のくしゃみをした時お登瀬が姿を現した。その後ろに居たのは紛れも無いキャサリンなのだが、初めて彼女(?)を見た緋村は目をパチクリとさせて数回瞬きをした。大きな目に漆黒の瞳、ボブヘアーより少し短い髪型の上には可愛らしい猫耳が覗いている……。こう表現したら10人中10人の男はとんでもなく可愛い娘を想像するだろう。緋村もその一人であり、上記の文のような説明を沖田から受けただけあって、現実とのギャップについていけないでいた。勿論それは失礼千万なので彼女は出てきそうになる笑いを必死に堪えた。
「ああ、あんたがキャサリンか。ちょっと頼みたい事があるんでィ」
「何ダヨオ前!急ニ失礼ナ」
「ぶふっ!」
「何笑ってんでィ糸」
片言の喋りを聞いて緋村の我慢は限界なのか遂に噴出してしまう。けれど失礼に値するのでゴホンと咳払いをして顔を整えた。
「?…まぁ単刀直入に言いまさァ。アンタに頼みたいっつー話は、何かしらの事件に巻き込まれた被害者になってもらって、とある団体に潜入して欲しいんでさァ」
「あ、でも、無事は必ずこちらが確保します。危険な目に遭わせる事は一切いたしませ…………ぷぷぷ」
この件をどうしても呑んで貰いたい緋村は沖田の後ろから出しゃばるのだが、キャサリンを直視して、話の途中で抑え切れなかった笑いが出てきてしまっていた。別にキャサリンを馬鹿にして笑っている訳ではなくて、その珍しい(?)容姿が彼女のツボにはまってしまったのだろう。
「何ダヨコノ女!人ノ顔見テ笑イヤガッテ失礼ナ!」
「ですよねー本当に失礼ですよねー、あはははは!」
もう我慢するのも疲れたのか、キャサリンにぐいっと胸倉を掴まれた緋村だったが本人の目の前でも臆することなく笑い出す。
お前は事件を解決させたいのかさせたくないのかドッチだ、と珍しく沖田に突っ込まれて話は本題へと入っていく。
「アンタも知っての通りここ最近下着泥棒事件が起こってんのは知ってやすねィ?」
「アア、アレカ。私ノ下着ガ盗マレナイノガ全ク理解出来ナイケドナ」
「あっはははははは!!!!」
ソファーに座って話している沖田達から離れてカウンターに居た緋村なのだが、キャサリンの発言を聞いてまた笑い出す。しつこいようだが彼女はキャサリンを馬鹿にしている訳では無いのだ。ただ純粋にツボにはまったのである。
「ンダヨ、アノクソ女!イッチョ前ニ真撰組ノ制服着ヤガッテ!」
「だって私も一応真撰組隊士ですから。挨拶遅れましたね。初めまして緋村糸です」
「偉ソウニ水飲ミナガラ自己紹介シテンジャネーヨ!!!!」
「すいやせんね、なにぶん躾の行き届いてない部下でして。奴の存在は無視して下せェ」
声を押し殺し腹を抱えて、緋村は出された水を飲んで何とか落ち着く。仕事にならない彼女の代わりに沖田が話をしてくれている。本当に珍しい光景の最中、懸命に笑いを堪えようとしている彼女にカウンターの越しのお登瀬が話しかける。
「アンタ本当に真撰組隊士なのかィ?」
「えぇ?何でですか?」
「いや……」
「……女だからですか?あ、そんなに気になさったような顔をなさらないで下さい。全然気にしてませんよ?皆さん最初はそうやってお聞きになりますから」
「そりゃ答えるのは面倒くさいね」
「えぇ本当に」
そう言って笑った彼女の顔はどこか楽しそうに笑っていた。本当にいつもの事なので、気にする事も無くなったのだ。お登瀬が聞いてきた事に対し迷惑だとも思っていない。
「じゃあ女隊士の緋村さんに聞くがね」
「呼び捨てで構いません」
「潜入……?とか言ってたのは何なんだィ」
「……そうですね。説明しないのは筋が通っていませんね」
沖田が奥で話をしている間に緋村は緋村で話を進める。もらった水を一気に飲み干して喉を潤してから、姿勢を正してお登瀬に向き直った。そうして今回の事を事細かに説明していった。もちろん世間に公開していない"複数の犯人"という単語は上手いこと隠したが、彼女の説明はお登瀬を簡単に納得させる事が出来た。それは彼女の説明が上手いのかそれともお登瀬の物分りが早いか、どっちかは分からないが、取敢えず理解してくれたのに対し彼女は一つ息をこぼした。
しかしお登瀬からしてキャサリンは大事(?)な従業員の一人、理解してくれたとは言え、それを承諾という意味にとるにはまだ先走った行動である。最早彼女からしたらココからが本題…、という事で口を開いた。
「で、初対面の私が頼むのも何なんですが……私たち、天人の女性に知り合いがないもので…。けれど、あそこに居る沖田がこちらのキャサリンさんをご存知だという話を聞いて、ここまで来た所在なんですが……い、良いですか?安全は必ずこちらで確保します!それは保障します!!この作戦に多大な危険は伴いませんが、何かあったらすぐに私がキャサリンさんを守りますんで!!!」
勢いよく立ち上がり隊服をまくり上げ、日々鍛えている腕をお登瀬に見せた。それは「私に任せてください!」という意味が含まれているのだろうが、その細い腕には平均より筋肉がついていても、女の綺麗な腕と何ら変わらない。お登瀬はその様子を見て、少し噴出した。年と言ったら失礼だが、彼女よりは随分も世間を生きて女を磨いている人物であるお登瀬から見たら、緋村などまだまだ若い少女のように見えてしまう。そんな子が力瘤を見せ、自分に任せろ、と豪語するのだからこれ以上おかしな話は無い。
そんなお登瀬を見て緋村は不思議そうに眉を寄せる。バカにされている訳ではなく、全ては彼女が作り出す雰囲気にお登瀬はやられたのだ。
「面白い子だね、アンタ」
そう言ったお登瀬の言葉に間違いなどない。
「お、おもしろ……?」
その意味が全く分からない緋村が歩み寄ろうとした所「糸!」と沖田から声がかかった。
「はい?」
「話つきやしたぜィ」
「ホントですか!?」
駆け足で2人の所まで駆け寄った彼女は沖田の隣に座り、承諾してくれたキャサリンをまん前に見据えた。流石に笑うという事はしないが、表情は違った意味で笑顔であった。
「良いんですか!?」
「ソノ代ワリ、コレガ要ル話ダケドナ」
キャサリンは偉そうにふんぞり返っていて、右手の親指と人差し指で輪を作り、いやらしくこちらに見せ付けている。
「金で解決しようとするたァ最低な女でィ」
「…でも、このチャンスを逃したら……」
どこか腑に落ちないような沖田と緋村だったが、今すべき事と言えばこれしか無いのだ。彼女が渋々、分かりました、と言えば、キャサリンはその場に居た全員に分からぬように心の中で大きなガッツポーズをした。貰えるもんは貰っとけ精神が働いたのである。
「ふぅ……それじゃあ行きましょうか」
「あー、早く終わらせてェ…」
真撰組2人は交渉が完全に成立した瞬間にざっと立ち上がった。そうして緋村はキャサリンに微笑みかける。
「さあ立ってください団地妻さん」
「誰ガ団地妻ダヨ!!!ザケンジャネーゾコノ女!!」
「取敢えずさっき説明した作戦の詳細を確認しまさァ団地妻さん」
「ダカラ団地妻ジャネーヨ!!!!!!」
いいから行きましょう、と言ってキャサリンの腕を取ったのは彼女であった。そして片方の腕は沖田が取った。端から見ればその姿はまるで連行されているようで、お登瀬はどこか呆れ顔で3人の様子をうかがっていた。
「それじゃあお登瀬さん、今日一日だけ団地妻さんをお借りします」
「ドンダケ、ソノボケヲ使ウ気ダヨ!!!!」
「深夜までには帰しまさァ」
「今日一日……?」
お登瀬その疑問に緋村はニコリと笑って答えた。
「作戦は今日結構です。ウチは基本突っ走る組織なんで我慢は苦手なんですよ」
今日でこの事件を終わらせてみせますよ。そんな緋村の声はやはり女であるのに、ふざけた時とは全然違う、確信たる声音が隠れきれていなかった。その声を容易く信じれる自分がいるのが、お登瀬は今日一番の不思議であった。そう簡単に物事を信じてやれるような根性は持ち合わせていない筈であるのに、と少々皮肉ってみたが、微笑んでいる彼女に向けた笑みは人間らしい純粋に口角を上げた顔であった。
「そうかィ。そら御武運を」
「ありがとうございます」
さあ行くぜィ団地妻。ダカラシツコインダヨ!!そんな会話は外に出ても数秒続いていた。パトカーで来ていたのか、車が立ち去る音がして、ようやく店内はあるべき昼間の姿を取り戻していた。お登瀬は煙草を灰皿に押し潰し、中身がなくなったコップを取って流し台へとつけた。
丁度その時、昼は中々開かない店のドアがまた開いた。今日は時間を守らない客が多い事…、と半ば呆れてお登瀬がそちらに視線を向ければ、そこにはさっきまで上でバタバタと騒いでいた住人の一人が立っていた。だるそうに銀髪をかき、「ババァ水くれー」と言ってさも当たり前のように入ってくる。
「水なら自分のトコで飲みな。こちとら夜に向けて準備しないといけないんだよ」
「まあそうケチケチすんなよ」
決して遠慮する事なくカウンター席に座った銀時に対し、それでもお登瀬は水を出すのだから人の良さはよく分かる。さんきゅー、と言ってそれをどんどん喉へと通していった銀時は、飲み干した後にとある事に気がついた。自分が座っているイスがやんわりと温かいという事だ。それもその筈、そのイスはさっきまで緋村が座っていた場所である。誰か来たのか、という銀時の質問にお登瀬は簡潔に「客人だよ」とだけ言っておいた。
「客人?」
「誰か気になるのかィ?」
「別に」
「真撰組だよ」
「へえ……………へぇえ?」
一度は軽く聞き流してみたものの、スルーしてはいけない単語だと認識したのか、驚きの声は銀時の口から不意に飛び出していた。
「真撰組の誰だよ」
「有名な一番隊隊長さね」
「あのサドボーイか…」
「それと……緋村とか言う強気な女隊士」
「緋村も来てたのか!?」
「何だィ。そんなに驚くような事じゃないだろう?」
「まあ……。で、何用で?」
「キャサリンに頼みたい事があったらしくてねー」
説明するのが面倒くさそうに、お登瀬はどこか投げやりに言った。銀時も大して興味が無いのか「ふーん」と返しただけであった。しかし興味が無い、と言っても、それはキャサリンに頼んだ用件の内容だけである。
「それ飲んだら帰りなよ。どうせ餓鬼共と喧嘩して家を閉め出されたんだろう?情けないね」
「うるせ。言われなくても帰ってやらぁ」
憎まれ口を叩いてからお登瀬は奥へと戻って行った。ご丁寧に店内の電気を消して。
「ババァこらふざけんなよオォォォ!!!!」
銀時はそう叫んだが何の効果もなく、取敢えずカウンターに身を乗り出して使っていたコップを流し台へと置いておいた。そこにはもう一つ洗われていないコップが置いてあって、銀時の動きも思わず止まる。
「(緋村が来てたのか……。昨日会ったばっかだけどな……)」
上手いことすれ違ったもんだ、と思い、銀時はまた身を起こした。そして妙に温かかったイスに軽く触れてみる。何の話をしに来たのかは興味は無い。だが、彼女自身がここに居たという事にだけは興味はあった。そんなもの、気恥ずかしくて認められない気持ちの代名詞とでも言うべき心情だという事に気付き、銀時は空いている口元を手に当てて視線を横に流したのであった。