カリソメ夜 5
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沖田と緋村は今、"万事屋銀ちゃん"と大きく掲げられている看板を見上げていた。彼女の手には某有名菓子店の袋が握られてあった。
「………」
「俺達が用があんのはこのスナックだっつの」
「え?あ、そうなんですか?」
てっきり万事屋に天人の従業員が居るのかと思っていた緋村は、下にあるスナックお登瀬に足早と向かった沖田を追いかけた。昼間なのに入って良いのかな…、という彼女の心配を沖田が汲み取るわけも無く「誰か居やすかーィ?」と言って、開いていたドアに甘え遠慮なく侵入したのだった。
沖田たちがスナックお登瀬を訪れる前、彼等は土方の部屋で3人だけの話し合いを行っていた。話を進めていたのはその場に居る中では一番偉い土方ではなく、部下である緋村だった。ついさっき「犯人は複数かもしれません」という発言の根拠を述べようとしているのである。
「…で、何でそんな事が分かるんだ」
「それは」
「女の勘だそうです」
緋村の言葉を遮り沖田が答える。気持ち悪いぐらい爽やかな笑みを顔に貼り付けているのは、彼女をバカにしての表情だろう。それぐらい分かっている彼女は、無表情のまま短刀を取り出し、沖田の胸倉を掴んで引き寄せた首筋にそれをピタリとつけた。その無表情さが恐ろしい。そして体勢はそのまま、土方にだけ首を向けた。
「それはですね、」
「ちょっとちょっとォォォ!!??その体勢のまま話さないでくれる!!?何か今にも首を切り落としそうな雰囲気だから短刀を離してくれる!!??」
副長のお願いなら仕方ありませんね…、と渋々短刀を離した緋村は「沖田隊長は茶々をいれないで下さいね」と念を押してからようやく話始めた。
「まず簡潔に申しますと、私が思うに、犯人は被害者となっている女性達じゃないかな、と」
「……は?」
土方が心底不思議そうな声を上げたが、沖田は平然と彼女の横顔を見たままだった。仕事を頑張る緋村の横顔を、沖田は同じ隊に配属されてからずっと見てきていた。もちろん稽古に励む姿だって飽き飽きする程…。とても楽しそうに、時には考えに詰まり苦そうな顔をして書類と向き合ったりしている彼女だが、"生き甲斐"とまでは行かずとも、真撰組という仕事にそれなりに誇りを持っているらしい。だからこそ、事件が解決した時の彼女の顔は誰よりも晴れ晴れしていて、心の底から安息を求めている人間がする表情であった。その顔を知っているからこそ、沖田は仕事に息詰まる彼女の顔を見ても平然と出来る。きっと、最後には笑う事を知っているから。そう思えば、苦そうな顔だって、どことなく可愛らしく見えてしまうのが実態だった。表面上は面倒くさそうに書類を見ていたって、最後に笑う為の努力と思えば何のその…。しかし今、沖田が見ているその横顔は、苦しそうでもなく淡々と構えていた。それを、おかしいな、と思ったのは沖田だった。いつものように顔を歪ませる事もしなければ、面倒くさそうにもしないその横顔は、沖田から見た彼女としては、不思議そのものであった。もしかして本当に解決に向かっているとあれば、今、彼女は笑みを見え隠れさせる活き活きした表情で居る筈なのだ。それは沖田が一番よく知っている。
緋村は、笑みも歪みも見せない普通の顔でそこに座っている。仕事熱心である彼女が、言わば素の表情、非番の時ですら中々見せない顔をする時を、沖田はよく知っている。何がきっかけでそんな顔をするかさえ知っている。それはもう、忘れても良いんじゃないかと思ってしまうきっかけで、しかしそれに立ち寄れない自分がそんな事を思うのは場違いじゃないかと沖田は思う訳で…。
「…たい、ちょう!沖田隊長!」
「!」
パチンと音が鳴る。緋村が沖田の顔の目の前で手を合わせたのだ。心配そうな顔が自分を覗き込んでいるのが沖田にはよく見えた。さっきの淡々とした表情はもう無い。
「どうしました?ボーっとしちゃって…」
「や、何でもねェ。話続けろィ」
「はいはい。ってかさっきは沖田隊長のせいで話を続けられなかったんじゃないですかっ!」
人差し指を立てて、彼女は膝をずずいと進めて土方に詰め寄る。沖田が見る横顔は、いつもの仕事熱心な横顔に戻っていた。
「というか彼女達はきっと被害者なんかじゃないんです」
「被害者じゃない?」
「装ってるんですよ。自分達は被害者だ、って」
「何だソレ」
「本当は下着なんて盗まれて無いんです。怪盗ふんどし仮面もきっと関与してないんです。彼女達がこうまで騒ぎ立てたいのは、多分……幕府か真撰組に恨みが……あるんじゃないかなぁ、と…」
「恨み……?」
「仕方ない人達ですねぇ」
緋村は一度、呆れたように笑った。
「この事件は至って簡単なんですよ、多分。まず、彼女たちは幕府か真撰組に恨みを持っています。まあ、それなりの恨みでも持ってんじゃないですかね、何が理由かは知りませんが…。…で、その行き場のない恨みを持ち寄った者同士が、どうにかして直接本人達にぶつけれないか考えて、それで下着泥棒の件をでっち上げた」
「ちょい待て。苦情電話の事を考えんなら、恨みは間違いなく俺たちにだろ」
「土方が真面目に働かねぇからでさァ」
「お前マジでいっぺん死んで来い」
「沖田隊長は黙っててくださいってば。……でも、そうですね。恨みを持たれてるのは幕府ではなく真撰組という組織ですね…。……あ、そうだ、それでですね、その苦情電話でまずピンと来たんですよ」
それは苦情電話の処理に回された彼女だからこそ確信を持てた気持ち。鳴り続ける電話の対応を続けている中、彼女がまず気付いた事。それは既に土方達にも報告している事柄であった。
苦情の矛先が間違ってやないか、って…。緋村は確かにそう言っていた。事件が解決に向かわない現実を見て、具体的に苦情を言ってくるのなら極々一般論であるかもしれない。だが、彼女が受けた苦情は曖昧なものであり、よく考えてみれば事件に対しての苦情ではなく真撰組への苦情であるのならば、彼女達としては本意そのものであっただろう。だって、下着など盗まれてもいないのに世間を騒がす大嘘をたてたのは、恨みを爆発させたいが為。報道で、真撰組にたくさん苦情がまい込んでいるとうのが流れれば、面白がって便乗してくる人たちも居るだろう。それが極数人がくれた、的を射ている苦情だったのだ。
「じゃあ何か?苦情電話を寄越してきた奴等はほぼ全員がその偽造被害者だっつーのか?」
「はあ……まあ、そうなりますね」
「声とかはどうすんでィ」
「ああ、それなんですけどね、彼女達、声帯の遺伝子をいじくれるらしいですよ。もともと出身の星が声にまつわる方達ばかりらしくて………って言うのフツーに書類に書いてましたけどね?」
「…出身地とか関係ねぇと思ってた」
「私もです。でも、やっぱり考えられる線はこれしか無いんです。数十人の女性が集まると恐ろしいことが起こるもんですねー…」
腕を組みなにやら考え込んでいる緋村だが、なら、何故知り合いに天人の女性が居ないかなどと聞いてくる必要があったのか。土方はその意味が今一つ掴めないでいた。それを聞いてみると、「あ、その事忘れてました」と恥ずかしそうに微笑んだ緋村。改まって座り直し、とある事を提案したのだ。
「その天人の女性にも被害者を装ってもらって彼女達に接触してもらい、被害者の会を開いてもらうんです!!」
「…………何だそれ」
胸を張って言い切っている所を見るとよほど良い案だと思っているらしいが、土方の反応はイマイチであった。
「何ですか副長。乗り気じゃないですね。せっかく沖田隊長は知り合いに天人の女性がいらっしゃるって言ってくれたのに……」
「いや、その会を開かせて……結局何?」
「その会場に前もって盗聴器を隠しておくんですよ!んでもって彼女達の発言をよーく聞いといて、証拠になるような言葉が出てきたら即突入!逮捕!」
「証拠みたいなもんが掴めなかった挙句、盗聴器隠してたのがバレてみろ、叩かれるぞ」
「報道なんてもう慣れちゃいましたよ。というかまず考えてみて下さい。今回の件は本当におかしいんです。何でこんなに苦情が来るんですか。何でこんなに大っぴらに世間に晒されて捜査しなくちゃいけないんですか。と言うかまず真撰組が担当する事件の類じゃないじゃないですか。……全部、彼女達がこちらに喧嘩をけしかけてきたから、こうなったんですよ」
そう言われれば妙に納得する所があるのが不思議であった。緋村の目はもうすっかり「彼女達が犯人っス!」と言って仕方が無い様子だった。沖田もそろそろ頃合かと考え、重い腰を上げた。
「土方さん、ここまで来たら糸の言う事を信じれるんじゃないんですかィ?っつー事でコイツ連れて出かけやす」
「どこ行くんだよ」
「だからその天人に頼みに」
「んじゃ土方副長!行って来ます!」
「おい!ちょ、待て…っ!」
土方が止めようにも2人は聞く耳持たず、さっさと彼の部屋を出て玄関に向かい歩き出す。
「何かお菓子とか持っていった方が良いですよね?」
「あー…さっき食った饅頭の店で良いんじゃね?」
「あれ美味しかったですね」
そんな他愛もない話をしながら笑っているであろう緋村の後姿を見て、土方が思わず言葉をこぼしたのを誰も知らない。それは彼等の声にかき消されるように、そして吹いている風に飛んでいくようにして消えた声は、誰一人とて聞いていない。
「恨み、なんて言葉、一番言いたくねぇ言葉だろうな……」
投げかけられた言葉が、緋村にとってどんな意味を成しているかは分からない。ただ、土方の顔が少し沈んでいるように見えた。それは、ほんの少し、ほんの少し。
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