カリソメ夜 4
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「ご苦労様です」
そんな威勢の良い声が玄関口から聞こえて、緋村は顔だけを部屋から出した。きっと役人がふんどし仮面を引き取りにきたのだろう。そう思った彼女はまた部屋に戻り、渡された書類を眺めていた。もちろんそれは苦情書であるのだが、奴さんを言葉を聞いた今、彼女は確かめなければいけない事がある。思ったらすぐ行動なのか、彼女が訪れた部屋は土方の所だった。
「副長、失礼します!」
軽く開いていた障子を全開にして緋村は畳へと一歩入った。
「あー、刀なら本棚の横だー」
書類から目を離さないまま、煙草を銜え器用に話す土方に「違います、刀の事じゃありません」と彼女は言った。
「あ、刀を取りにきたってものあるんですけど……。…書類を貰いに…」
「何の書類だ」
「今回の被害者についての書類です」
「お前は今回苦情処理係だろうがー」
「そんな正式な名前をつけないで下さい!ってかまだ苦情係なんですかぁー…?」
あからさまに口を尖らせながら詰め寄ってくる緋村に土方は観念して、泥棒被害にあった女性陣の書類を手渡した。それを手に持ち、ほくほくしながら彼女が自室に戻ろうとした所、奥からスキップでやってくる近藤の姿が見受けられた。はぁ…、とため息を一つ零す。
「あ、糸じゃないか!ふんどし仮面逮捕お疲れ!!」
部下に労いの言葉を忘れない近藤が自分の横を通り過ぎる瞬間、彼女は近藤の弁慶の泣き所に容赦なく足蹴りをくらわした。
「いだあぁぁぁぁああぁ!!!!」
「局長ー…いい加減に仕事に戻って下さい。あの沖田隊長だってこの頃ちゃんと見回りに行ってるんですよー?」
「ぐぉぉ……!さすが糸…!局長の俺を一発で仕留めるとわ……!!」
うずくまる近藤にもう一度ため息をついてから彼女もしゃがんだ。
「また、例の女性の下に行かれてたんですね」
「………」
「そんなイジケタ顔したって全く可愛くとも何ともないです。良いから仕事して下さい、きょ く ちょ う」
心に大ダメージを受けた近藤をさっさと置いて自室に戻っていった緋村は、廊下から入ってくる午後の風に短くなった髪を遊ばせながら慣れた手つきで書類をめくる。まずは大まかに。失礼ながら"美人""可愛い"とは取れない顔写真を見て緋村は苦笑いをもらすが、ここで一つの事に気が付く。今日の時点で被害者数は数十人にものぼり、書類も全員とは言わないがそれなりに揃っている。
「ふむ……」
寝転びながら緋村はまた書類を確認。
「糸ちゃーん、お茶いるー?」
その時山崎がお茶と茶菓子を持って現れ、失礼ながらも彼女は寝転んだまま「いります!」と声をかけた。その格好に山崎は笑いながら、一応「お邪魔します」と言ってから部屋に上がった。
「珍しいですね。山崎君がお茶入れてくれるなんて」
「局長が入れてやれ、って…」
「近藤局長が?あ、山崎君も食べて食べて」
「ありがとう。……で、糸が何十枚か書類持って行ってたから今頃読みふけってるだろうし気晴らしに茶でも持っていってやれ、って…」
「………さっき悪い事しちゃったな…」
「え?何て?」
「な、何でも無いです!いただきますね!」
饅頭を口に放り込み、美味しそうに咀嚼する彼女につられて山崎も数個食べた。
「書類って何の書類を借りたの?」
「んー?被害者の方々のですー」
「へぇ……何か分かった?」
ちょっとだけ…、と言って緋村はまず茶に口をつけた。
「まず被害者は全員女性です」
「だろうね」
「で、江戸住まいの方々です」
「うん」
「そんでもって全員天人ですね」
「………ウソ」
「ホントですよ。ほら」
束ねてあった書類に全て目を通した山崎は、ホントだ…、と呟いた。まだ犯人が誰かは分かっていないが、被害が受けた全員は勿論女性で、それであって天人であった。天人がこういった事件に巻き込まれたのは初耳である。
「こんな事言っちゃ失礼極まりないですけど……天人の下着盗んで嬉しいのかな……」
「と言うか奴が言った通りそんな美人じゃないよね…」
「うん………額からのびてるこれ何かな……触覚…?」
悪い事を話しているという自覚はあるのか、2人は声を潜めて話し出す。
「あ……でも…」
「んん?」
気になるような発言を残し、山崎は急に席を立ち彼女の部屋を飛び出した。ちょっと山崎君、と緋村も後を追いかけ廊下を走る。途中、すれ違った沖田に「おいおい、屯所で追いかけあうたァお熱いねィお二人さん」と茶化され、ボディーブローを一発かましてからまた彼の後を追った。
辿り着いた先は監察方の部屋だった。資料室の次ぐらいに資料の多いこの部屋に何があるのかと思えば、山崎は迷わずに一冊のノートを取り出しページを素早く捲っていく。緋村が山崎の肩越しにそれを覗くと、あったあった、と彼が言ってそのノートを手渡した。そこに書かれてあったのは今日の記録だった。
「これ……さっき奴と話してた時の記録?」
「うん」
頷いた山崎は笑顔だ。
「え……でも山崎君…私抑えるのばっかで全然イスに座ってなかったんじゃ…」
「内容をちゃんと覚えて、数分でも座る時間があれば書きとめられるよ」
「お…御見それしました……」
「まあそれは良いとして、ほら、ここ見てみて」
山崎が指をさす場所には、ふんどし仮面が発言した言葉が書いてあった。それは、被害者女性に対しての不適切な発言についてである。
「不思議じゃない?ふんどし仮面が何で被害者の人相を知ってるのか」
「確かに…。どうしてだろ……」
「ニュースで見てたりしてたのかな」
「プライバシーの問題で、テレビは被害者の顔は出さない筈なんだけど………違うのかな?」
「何にせよ確認した方が早い」
「誰に」
「そりゃ奴さんにですよ」
ふんどし仮面を町役人に引き渡したのは山崎であったから、奴が居る場所も電話番号も簡単に分かった。しかし、未だに苦情電話がかかってきているのか回線が混雑していて、コール音が聞こえるには少しばかり時間がかかり、彼女は監察の部屋にあった電話をかりてあちらの対応を待った。ほどなくして繋がり、真撰組です、と名乗ってから彼女は本題に入った。それは言うまでも無く、ふんどし仮面に会わせてくれという事である。
「はあ…ふんどし仮面に。お名前は」
「真撰組一番隊の緋村糸です」
「緋村さん…ですか…」
何やら渋るような相手の声に緋村は少し嫌な顔をして山崎を見上げた。気になる彼も受話器に耳を近づける。
「内容は分かりました。しかし、電話で奴と話をさせる事は…」
「出来ないんですか?私が奴を捕まえた張本人なんですけども…」
「声だけじゃ本人と確認できません。…面倒だと思いますがコチラまで来てもらってもよろしいでしょうか?」
場所を見る限り、歩いていける場所にはある。相手の言いたい事はよく分かるので、分かりました今からそちらに向かいます、と言って彼女は電話を切った。電話ではやっぱり無理だったの?優しげな声で山崎が聞いてきたのに対して、少し落ち込んだような顔で彼女は頷いた。
「声だけじゃ真撰組隊士とは判別できないって…」
「そりゃそうだよね。仲間からの連絡、と思われる場合もあるからね」
「奴と仲間だなんて思われたくないっ!」
「あはは」
「でも判別出来ないって言っても真撰組からの連絡なんだから……、………あれ?」
行き支度を始めようと立ち上がった彼女が不意に腕を組んで悩みだした。額に人差し指をあてて、トントンとリズムを刻んでいる。
「どうしたの」
「声で判別出来ない……って言葉が妙に引っ掛かるんですよねぇ……」
「どういう風に」
「……先日受けた沢山の苦情電話………なぁんか今思えば声が似たり寄ったりが多かったような……?」
「声が似てた?」
「うーん……女の人の声って電話越しに聞くと全員そうなのかな……」
「あー……そうなのかな。分かんないなぁ…」
「山崎君、女性から電話もらうなんて事全然ありませんもんねっ」
「ほっとけ!」
肩を竦ませて笑った緋村はごめんごめん、と軽く言って監察の部屋を出た。
「行ってらっしゃーい」
「はーい」
遠ざかっていく後ろ姿が角を曲がれば、入れ違うようにして沖田がやってきた。
「あいつどこ行ったんでィ?」
「ふんどし仮面と話に」
「何でまた」
「気になる事を聞く為ですよ」
「はぁ……アイツは仕事の事ばっかか……可愛げもねェ」
「………」
どこか哀れむような目つきで緋村が消えた先を見つめる沖田に対し、山崎は何となく今日の彼女の事を思い出す。まずは事情聴取でふんどし仮面が言っていた"色気のない下着"発言。改めて思い出すと恥ずかしいやら納得出来てしまうやらで、複雑な気持ちのままさっきまでの緋村を思い浮かべる。自分の肩越しに資料を覗いていたその格好…。それから…。
"山崎君、女性から電話もらうなんて事全然ありませんもんねっ"
"ほっとけ!"
そんな遣り取りの後、竦んで笑った彼女は仕事中とは言え、非番の時に不意に見せる笑顔と似ていて、あくまでその場に居た山崎から言わせたら、成人女性とは言え可愛いなと単純に思える笑みであった。
「…いや、可愛げはありますよ」
「は?」
ポツリと言い残した山崎は、疑問符を頭に浮かべる沖田を部屋に促し、隊長も饅頭食べますか、と笑顔で聞いたのだった。