カリソメ夜 3
お名前変換こちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
何だかよく会いますね、と言って緋村が笑う先には確かに銀時の姿があって、パチンコの帰りなのか、それなりに物が入っている紙袋を一つ抱えて機嫌良さそうに歩いている。
「声かけますか?」
すっかり顔見知りになった銀時に慣れたのか、さっきまでとは違う晴れた顔で沖田を見やった。それをチラリと見た沖田だったのだが…。
「…いや、良いだろ」
「挨拶もしなくて良いんですか?」
「昨日会ったろ」
「そうですかー?」
「行くぜィ」
緋村の後頭部に手を置いて、スタスタと歩く自分の歩調に無理矢理合わさせた。数歩つまづいた彼女だったが何とか持ちこたえた。
「沖田隊長どうされたんです?」
「俺ァ腹が減ってんだよ。この先の食堂に行くか」
「あそこならまだ嫌味は言われませんかね」
「あそこの親父を信じろ」
「信じてますけどー…」
隊士もよく訪れているその食堂の主人なら、周りの人間よりかは真撰組の中身を知っているかもしれない。悪いようには言ってこないだろう、という2人の期待を見事裏切り、ご飯を食べてる間中、本当に頑張ってるのかニュースでこんなに叩かれてるがどうしたんだ、といった類のものを延々聞かされ続け、店を出た後、食べた心地がしなかった……というのがオチを、帰ってから土方に話す事になる。
「ほんと散々でした…」
「はいお疲れさん、これ新しい苦情書」
「土方副長の鬼」
「聞き飽きた」
緋村はまた苦情係りに回され、晩御飯前の今になってようやく解放されたのであった。忙しいのか、書類に囲まれっぱなしの土方の願いを聞き入れご飯を持ってきた彼女に対し、あまりに酷い仕打ちであった。つらつらと書かれてある文字に彼女は今日何度目か分からないため息をこぼす。
「鬱になって良いデスか」
「お前みてぇな図太い女が鬱になんかなるかよ」
「土方副長ひどい」
恨めがましい目で土方を見上げながらマヨネーズボトルを差し出すと、「悪ぃ悪ぃ」と軽く笑った。
「お前今日の仕事はこれで終いか?」
「えっとー……晩御飯食べた後に、見回りが、あと一回だけ」
「……お前も忙しいな」
「一週間のスケジュールを組んだのは貴方でしょうが!」
「そうだっけ?」
「白々しい」
緋村が食堂から持って来てくれたご飯にいつもの如くマヨネーズをぶっかけていく土方に「あ、そうだ」となにやら意味深な事を呟いた。何だ、と聞き返す土方に、立てた人差し指を頬の横に移動させて「一つだけ気になる事があるんです」と。
「気になる事…?」
「はい……あ、一つじゃなくて二つかな…」
「話せ」
「ご飯中によろしいんですか?」
「駄目だっつっても仕事の話ならお前はすんだろ」
「あはは」
どこか照れたように笑った彼女だが、土方の了承が得れたという事で目つきを少しだけ仕事モードへと変える。その一つは、先日沖田に話した怪盗ふんどし仮面の行動の行方。一晩を迎えた今、何もアクションが無いというのはいよいよオカシイ、と。それから二つ目。これは沖田に話す前に言いそびれた内容であった。そして見回りの時、緋村が彼に言いかけた事…。
「私、苦情の対応にまわってたじゃないですか」
「あぁ」
「その時とある事に気付いたんです」
「……」
沖田が犬のエサと称するマヨネーズご飯を土方は何ら躊躇いなく口にかけこみながら緋村を見る。
「苦情の矛先が、間違ってやないか、って」
「ほこさき?」
口元についた米粒を器用に舌で拭い取った土方は、改めて彼女に向き直り詳しく話を聞き始める。今日の午前、土方に命令されて苦情係りにまわった彼女は鳴り止まない電話と戦っていた。正しく言えば電話の相手と。いつもは滅多に鳴らない電話だと言うのに、今回は遠慮なしにひっきりなくかかってくる電話。まずその時点で緋村には引っ掛かるものがあった。
何も、真撰組が事件を担当したのは今回が初めてではない。そりゃ怪盗を相手にするのは対テロ部隊としては中々ない経験である。ぶっちゃけ役人のようにこういった類の事件には効率よく動けていないかもしれない。正直、面倒くさい事件である。真撰組としても昨日の段階ではまだヤル気も何もなかった。
――はい、え、その、ヤル気が無い訳じゃなくて…
電話対応の際、緋村は何度こう言って否定し続けただろう。一件の電話を終わらせればまた鳴る電話、終わらないループに緋村のイライラも募っていた。
……さて、それはどうして?
答えは簡単、苦情が多すぎる、それだけである。
しかしながらココまで苦情をもらった事がなかった屯所にとって、その対応に追われ根本的な事に気付いていない。何故にここまで苦情が多いという事についてである。まだ真撰組ですら詳しい情報が入ってきていない、という事は、幾ら家庭にニュースが流れるといっても知らされる内容はまだ薄っぺらい筈。大まかな事しか知らされていない筈なのに、民間人がこれまでして屯所に詰め寄ってくるというのは異例の事態であった。ずっと対応していた緋村だからこそ思ったのだ。そしてもう一つ、彼女が言う"矛先"の話だ。
「今回の事件の犯人は怪盗ふんどし仮面と言われてますよね」
「まだ決まった訳じゃねぇがな」
「私たちが、そいつを捕まえて無いのは事実です。街の人たちもそれぐらい知っています」
「不本意だけどな。…それがどうかしたか?」
「なら…なら、街の人たちが怒る先は、真撰組の手際の悪さに怒る筈ですよね」
真撰組が動いてないから奴が捕まらないのだ。苦情対応を請け負っていない土方は、そんな内容ばかりがきていると思っていたばかりに、少し拍子抜けのようであった。ならば一体どんな事を言われるのだ、と言いたげに。
「いや、中にはそういうのも数件あるんですよ?ヤル気あんのかコラー、みたいな……。でも大体は違うんです。何か……真撰組は幕府の犬だー、とか、江戸の街の恥さらしー、とか………具体的に定めてる矛先が、どうにも真撰組の曖昧な部分なんですよ。幕府の犬、とだけ言われたって、今回の事件とは全く関係ありません。街の恥さらし、なんて言われたって結局何が言いたいのか分かりませんしね」
「……遊びでかけてきてる奴等じゃねぇの?」
「最初はそう思ったんですけどね。ところがどっこい、電話の殆どがそんなのなんですよ」
「………ますます分かんねぇな」
「ですねー。早く何かしらの情報が入れば良いんですが……」
腕を組み、むむむ、と考え込む緋村だが、土方の部屋で呑気に構えている時間はなかった。見回りの時間が迫ってきているのだ。早く行かなければ、頭に変なアイマスクを装着して、眠そうな顔を引っ提げ門で待っている上司にしばかれてしまう。
「もうこんな時間……それじゃ土方副長、失礼します。私がいま言った事、参考程度に留めて置いて下さいね」
「ああ」
軽く礼をして出て行った緋村が足早と玄関に向かっている時、遠くなっていく足音を聞きながら土方は数枚の書類を取った。今回の被害者女性の大まかな調べ書である。ここまで巷で広がるニュースになったからには、これは役人の仕事だろ、なんて事は言い出せまい。真剣に取り組んでいる緋村を見習って、土方も本腰を入れ続けなければいけないのだ。まずは局長である近藤を、彼が通っているスナック"すまいる"から拾わなければいけない。腹ごしらえもしたお陰で土方は書類を置いて易々と立ち上がった。食べ終わった食器を持って食堂についた頃、沖田と緋村が門を出たのであった。
ほ、ほ、ほーたるこい、こっちのみーずはあーまいぞ。
夜の街にそんな歌声がにわかに響いている。
「やだ、沖田隊長。騒音だ、って訴えられますよ」
「てめぇコレのどこが騒音だ。俺の美声を隣で聞けるお前は幸せもんだぜィ」
「どう頑張ったら沖田隊長みたいな自信家になれるんでしょうね」
もちろん歌っていたのは沖田であり、それを止めれるのは緋村しか居ない。人通りのない道だからこそ彼の歌声は響いたものであった。本来彼等の仕事は攘夷志士を取り締まる仕事なのだから、今の声を察知して逃げられてしまえば面目がたたない。それこそ苦情がきても文句が言えようが無かった。幸いにも雲は薄く、地上には月の光がよく届いているとても明るい夜であった。呑気に歩いていてもそれなりに回りには目をやっている。
「沖田隊長ー」
「あー?」
「あの壊したテレビの請求先、屯所にしちゃってるんですけどね」
「別に良いじゃねぇか」
「いや、今回は私たちの給料から引かれるんじゃないかなぁって…」
「んなもん嫌でィ。何で俺の給料が減るんでさァ」
「だってこれが初めてな話じゃないですかー!沖田隊長前科何犯ですか……私まで巻き添えて楽しいですか」
「ああ楽しいね」
オヨヨと泣きまねをしてみた緋村だったのだが、笑顔できっぱりと「楽しい」と言いのけた上司に向かい、一瞬で顔をキッと歪ませた。
「もう沖田隊長と見回りに行くのは絶対に嫌です。山崎君とが良い!」
「へーへー、言ってろ」
土方副長に絶対頼むんだから!彼女の声が一際強く響いた時、何者かの影が一瞬落ちてきた。それは何かが月を横切ったという事であり、沖田と緋村は素早く夜空を見上げた。すると屋根から向かいの屋根に飛び移ろうとしていた一人の人物と目が合う。全裸に近い格好だが確かにブリーフをはいていて、口元には赤い褌…。その風貌に沖田は呆れ顔で絶句、代わりと言っちゃ何だが緋村が大声で叫んだ。
「怪盗ふんどし仮面!!!!!!!!!」
夜に響き渡るには丁度良い声であった。
「逃がすか!!!ここで会ったが百年目!!!」
実際緋村が怪盗ふんどし仮面と会ったのは初めてなのだが、自分の下着も盗まれた怒りか何なのか、彼女の行動は奴を分かりきっているかのように動く。まずはふんどし仮面が向かいの屋根に飛び移る前に、腰元に差していた短刀を鞘に収めたまま足元目掛けて投げる。
「甘いわ真撰組!!!」
しかし奴も怪盗、緋村の狙い定められた攻撃をひょいとジャンプし軽々と避けてみせた。
「あー……」
間抜な声を出しながら傍観していた沖田は、緋村の投げた短刀が地面に落ちた時の、ガシャン、という音が鳴った瞬間にふんどし仮面へと語りかけた。
「おっさん、後ろ後ろ」
「は?」
赤い褌で隠されている口元は満面の笑みを浮かべていたのだろうが、沖田が言う通りに後ろを振り返ってみれば、そこには下に居た筈の#緋村の姿が。短刀を投げたのは言わば囮、そちらに注意を向けさせていた間に素早く塀を駆け上がり背後を取っていたのだ。
「さあ、怪盗さん?」
握り拳を顔の横までもって来て微笑む彼女の姿は天使のようだし悪魔のようだし、沖田から見れば只の般若のようにも見えた。彼女の背後に見え隠れするその能面は、ふんどし仮面にも確かに見えてきたのか、数歩後退りを始める。
「今回は中々動きを見せませんでしたね。お陰で捜査が捗りませんでした。…まぁ色々恨みはありますが、今は幾分仕事中、私情を挟む訳にはいきません。って事で貴方を捕まえる事だけに専念します」
ゆったりとした足取でふんどし仮面に詰め寄る緋村。拳は既に準備万端。肘を軽く後ろへ引き、発射準備も整った。
「屯所まで連行します、ねっ!」
そして強烈なパンチをふんどし仮面はその頬をもって受け止める事となり、彼女の短刀同様に地面へと落ちる事となった。
「ふぅ、手ごわい相手でした」
「いや、お前一発で仕留めてたし」
まだ屋根に残っている緋村の立ち方は勇ましく、まだ握っている拳は勝者の証そのもの、ふんどし仮面がのびて動けない事を確認してから沖田はパチパチと拍手を送った。そんな二日目の夜、怪盗ふんどし仮面、女隊士緋村糸の手(パンチ)により捕獲される事となった。
2/2ページ