カリソメ夜 3
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お盆にのせた茶をこぼさぬように、緋村は静かな足取で土方の部屋を目指していた。つい先程、自分の上司が近藤に止めをさしたのを見届け、それからその上司の攻撃から逃げ、抱えていた膨大な書類を自室に置いてから食堂に向かったのだった。
目的はお茶を煎れる為。体に悪いと知っておきながら吸っている煙草を、また量も考えずに吸っているのだろう。案の定緋村が土方の部屋にさしかかる手前、開いているそこから白い煙が既に見えていた。
「副長、失礼しますよ」
「……」
目だけを彼女に一度向け、返事もせずにずっと報告書と睨めっこ。その態度にイラッときた緋村は、土方に見えないように一度生意気な顔を取ってから茶を置いた。どうも、とぶっきらぼうな返事を聞いて彼女はため息をこぼした。
「副長ー……そんなに頭を悩ませなくても良いじゃないですか」
「あぁ?」
「…沖田隊長が言う通り、この事件は私たちが担当するような事件じゃないですよね?」
「うっせぇ、お前も働いて来い」
「はいはい」
もはや何を言っても無駄だと思った緋村は立ち上がりさっさと出て行こうとしていた。土方がにらんでいる報告書は例の事件についてのものなのだが、それ以外にも目を通さなければいけないものがあった。それをフと見つけて、彼女は思わず手に取って見てしまう。
「うわー、結構酷い事書かれてありますねー…」
「適当に流せ流せ。面白半分で送ってきてるやつもあるんだからよ」
「はぁ……」
彼女が取った紙に書かれてる文字は、真撰組に対する批判、つまりはこの事件に対しての批判であった。対応が悪い、だとか、只のチンピラの集まり、だとか…。
「チンピラの集まり、とは中々合ってますね」
「んだとコラ」
手加減はいれてるものの、彼女の胸倉をガシリと掴んで顔を引き寄せた。緋村に至っては何事もなく平然としている。
「やだなぁ副長、そんなに怒らない下さいよ。大丈夫です、貴方はチンピラそのものですが、私は絶対に違います」
「それは自分のフォローじゃねぇかアァァアァ!!!!」
「冗談です冗談です、貴方はやはりチンピラそのものですが、近藤局長は違います。…さっき爆発してたけど」
「結局俺はチンピラかイィィ!!!しかも最後なんて言った!!?何て言いやがった!!!??」
しかし彼女は事実を言っただけの事、土方の手から逃げて今度こそ部屋を出ようとすれば、一人の隊士が飛び込んできた。土方が何事だと聞く。
「いやぁ…なんか電話がひっきりなしに鳴ってて……」
「電話?何か事件でも?」
「………」
この先の展開が分かってしまったのか、土方は何も言葉を発さずに疲れたように項垂れた。
「その………苦情電話が…」
「あらー……だそうです、どうします?土方副長」
「……緋村、お前見回りの時間までそれの対応しとけ」
「一人でさばけますかね」
「苦情電話に人員をつぎ込む訳にはいかねぇ」
「ですよね、じゃ、行きましょうか」
やって来た隊士と一緒に緋村が出て行こうとした時、妙に淡々としている彼女の態度を不思議に思い呼び止めた。
今回の件、怪盗ふんどし仮面に恨みがあるという事は沖田を介し少しだけ知っている。先日の気の落ちようはその恨みから来るものであって、逮捕に対する意欲は中々だという報告もひっそりと受けていた。しかしその雰囲気は少しも感じ取れない。まるでいつもの軽い事件のように動じる事なく動いているでは無いか。
「お前、あいつ捕まえる気あんのか?」
ひょんと土方が聞いたのがいけなかった。それを聞いて振り返った彼女の顔は笑っているものの、顔に陰がかかっていた。再び黒いオーラを出しながら「は?」と土方に聞き返す。あまりの黒さに隊士は悲鳴を上げながらその場を去っていく。
「捕まえる気……ですか?あるに決まってるじゃないですかガンガンありますよ絶対に私が捕まえて市中引き摺り回して血祭りにあげてコンクリートで固める前に一枚ずつ爪を剥が…」
「野暮な事聞いてすみませんでした」
「愚問でしたね」と捨て台詞を残して電話の対応へと赴いた緋村。そっと廊下に顔を出した土方が見たものは、縁側で呑気に駄弁っていた隊士達に「どけぃ!!」と一喝してその細い足で蹴散らす様であった。
「……アイツの方がよっぽどチンピラじゃねぇか…」
それから後ほど、黒こげになった近藤が土方の部屋を訪れたのだとか。
**********
「ああ、はい、すみません」
「………」
「いや、だからそれは」
「……」
「あ、ちょっと待って下さい」
「……」
「だからですね、それは誤解なんです」
「……」
「だから…」
「……」
「だーかーらー」
「……」
「だから誤解だっつってんでしょうがアァァ!!!!」
乱暴に受話器を置かれた黒電話がガチャンと悲鳴を上げた。荒々しくそれを置いたのは電話対応を命じられていた緋村であった。屯所に数台配置されている電話を空いていたこの部屋に集め、たった一人で対応していた。そろそろ見回りの時間だという事で、この一週間ペアとなっている沖田が昨日に続き珍しく迎えに来たのだが、彼女の荒れ様に何とも傍観するしか無い。沖田の視線に気付いた彼女は「ああ、見回りですか」と肩で息をしながら、半ば睨みつけるように見上げた。
「怖ェよ」
「あ、すみません。ちょっと対応にイライラしちゃって」
「聞いたぜィ、今回の苦情は凄まじいらしいな」
「そうなんですよー」
午前の一部分しかやっていないに関わらずその疲労は半端ないのか、緋村は肩を鳴らすついでに首も鳴らす。その様子を見て「女らしくねぇ」という沖田の呟きはまたかかってきた電話の音に掻き消された。この短時間でだいぶ経験を積んできた彼女は受話器を取るや否や、その対応の仕方を沖田に見せる事なく「喧嘩なら屯所まで来てみなさいよ!」と一言言いきり電話を切った。
「今の誰」
「知りません。きっと苦情でしょう」
「いや、苦情に喧嘩腰でいったらもっと苦情が増えるだろう」
「そん時はそん時です」
「責任はお前か」
「いや、責任はとっつァんでしょう」
「そりゃそうだ」
それから電話が一旦止んだ間に彼女は沖田と一緒に屯所を出た。今日は車ではなく歩きで市中見回りという事で、沖田も運転被害に合わされる事は無いだろう。思い出せば傷む首を撫でながら、何気なく沖田は苦情電話について聞き出した。
「苦情電話がどう…って、何がですか?」
「内容とか、どんな奴からかかってくんのとかだよ」
「あぁ……内容は"真撰組ヤル気あんのか"とか色々ですよ。年齢層は割と若いような気もするんですが……声だけじゃ判断できませんよね」
「真撰組ヤル気あんのか……ねぇ」
頭の後ろで手を組み歩く沖田は、ぼんやり空を見上げながら呟いた。そういう格好で見回りをしていると"ヤル気"がどうのこうのという苦情を出されても文句の言いようが無いのだが、沖田の隣を歩いている緋村は納得していないようであった。
苦情を諸に受けていた中、何となく思うような事が出来たのだ。まずは対応係りを命じてきた土方に報告するのが筋かもしれないが、触れ回っても損にはならない情報と見なし、沖田にも言ってみようと口を開いた瞬間、通りかかった電気屋の前で流れるテレビの音に思わず振り返ってしまった。聞きなれた単語が聞こえたからだ。
「沖田隊長…」
「ん?」
そのテレビの前で止まった彼女は、先に歩いていた沖田の制服の裾を掴んだ。彼女の隣に並んできた沖田もそのテレビを覗き込んだ。
「何でィ、何か面白ェもんやってんのか?」
「いや…このテレビ今"真撰組"って言いませんでした?」
「言ったか?」
テレビが流しているのは昼のワイドショーというやつで、「腹減ったなぁ…」と呑気に呟く沖田の頭を軽くはたいて、ニュースに注目する彼女。原稿用紙を読み上げているアナウンサーは、確かにもう一度"真撰組が"と言った。
アナウンサーが読み上げていた内容は、さっきまで緋村が行っていた仕事を説明しただけのようなものであった。中々解決に向けて発展しない様子に、真撰組への非難殺到。テロップとして流れているこの文字が夕刊を飾るのも分かりきったようなものであった。どこのどいつが言っているかは分からないが、あまりの苦情の多さに軽く口がひくつく緋村。
「沖田隊長、これは何でも酷い話じゃありません?言っても昨日の今日なのにこんな…」
上司に振り返りながら話そうと思っていたのだが、ひゅんと何かが目の前を通り口が開いたまんまとなった。ついでにバリンという音も聞こえる。その素早い何かが通った先を冷静に分析してみてみれば、今の今までニュースを流してくれていた画面に沖田の拳が突っ込んでいた。
「え、えぇぇぇぇぇええぇ!!!!??」
「チッ、五月蝿い奴等でィ」
「何やってるんですか沖田隊長!!店の物壊しちゃいけないじゃないですか!!!」
ズボッと抜いた手は無論無傷で、拳に微かについたガラスの破片を沖田は口で払う。
「直接俺に関係してねぇっつっても、真撰組の悪口を言うのは俺が許さんぜよ!」
「何キャラですか!?それにモロ貴方にも関係してる話ですけど!!!?」
「そうだ、真撰組の土方という男が居なくなればこの組織はもっと良くなるぜよ!」
「もう土佐に帰れよ」
突っ込む事に疲れてきた緋村は投げやりに言葉を返し、店の奥から出てきた店長に仕方なく怒られる事となる。弁償します、と最初に切り出したのが良かったのか、さほど怒られはしなかったものの、ニュースに便乗した店長が口走ったのは全く関係ない事であった。
「こんな事だから真撰組に苦情が増えるんだよ」
「「そーですね」」
「いや、はもらないでくれる?」
「「そーですね」」
「ちょ、これ、バカにしてるよね?」
「「そーですね」」
請求先を真撰組の屯所にしといて下さい、と最後につけたし、イライラが貯まった電気屋を出た二人。心なしか緋村はゲッソリとしている。
「はぁ……なんか街の人が全員私たちに苦情抱いてると思ったらヤル気なくなりますよねぇ」
「安心しろ糸」
若干顔を落として歩いていた彼女が、沖田の確信たる声に目を顔へと向ける。白い歯をのぞかせ笑っている沖田はこう言った。
「俺はいつでもヤル気が無いぜィ」
「かつてこれ程まで上司に殺意を抱いた瞬間があったでしょうか」
冗談冗談、と肩を竦めておどける沖田だが、彼女にとっては本気としか感じ取れない(いつもの様子を知っているから)。
「取り合えず糸ー、どっかで飯食おうぜィ、飯。腹減ってしょうがねぇ」
「ご飯ですかー…?またどっかで苦情聞かされるのは嫌だなぁ…」
「そんな女々しい事言うな。女かお前は!」
「嗚呼殺したい。今隣に居る上司を怪盗ふんどし仮面ごと殺したい」
刀を半身抜いては出し抜いては出しを繰り返しながら威嚇している緋村。それを見ながらケタケタ笑っている確信犯の沖田が、ちょうど角に差し掛かった時、街中で誰かを見つけたのか、ポケットに突っ込んでいた左手を抜いてからとある所を指差した。
「おい糸。あれ旦那じゃね?」
「あ、ホントですね」
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