カリソメ夜 2
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彼女の言う通り、奴は下着を掻っ攫ってはモテナイ男性陣に振りまき、一部からなまじ人気がある厄介なこそ泥。下着が盗まれたという段階こそ経ているものの、それがまた表沙汰に出てきたという情報は入っていない。
「まあ夜になれば出てくるのかもしれませんが………。沖田隊長そこら辺どう思いますか?」
顎にあてていた手をそろそろハンドルに戻し、横に居る上司をちらりと見る緋村。その途端、眉尻が上がってきて、口は笑っているのだがどことなく引き攣っているようにも見える。
すーすー、と規則正しい寝息を立てている沖田。それに対する怒りは常日頃のものだが、今回彼女がこの事件の力の入れ様を思えば一層増すもの、敢えて怒鳴らずに心を落ち着かせ前を向いてハンドルをぎゅっと握る。そうして信号が青になった瞬間にアクセル踏みつけるように足の裏で押し出し、またもや急発進したパトカーには強力な慣性の法則が働き、突如シートベルトに締め付けられた沖田の首にはその後が残ったんだとか…。
翌日、キスマークだキスマークだ変わった形のキスマークだ首締めプレイでもしたんだ、と隊士たちに囃したてられ、そこに向けて沖田はバズーカを一発。また屯所の一部を破壊し勘定方を泣かせる事となる。奥から聞こえた爆音と隊士達の悲鳴、それと空に立ち上がった黒い煙を縁側から確認できた緋村は抱えていた書類を持ち直しため息を一つ…。すると廊下の角から小走りでやってくる近藤の姿が。
「あ、局長。おはようございます。朝から元気な方ですね」
「お!おはよう糸!」
緋村の前に立っても駆け足を止めず、分かっていながらでも「お出かけですか?」と聞いた。
「あぁ!いざ愛しのお妙さんの下へ!!!!」
「へぇー……」
それじゃ行ってきます、と大きな声で言い緋村の横を通り過ぎようとしたが、それを許さなかったのは彼女であった。両手に抱えている書類を崩さぬよう腰を落とし体勢を低くして、その左足を地面すれすれに半円を描くようにして近藤の両足に引っ掛けた。もちろん近藤は「ぶっ!!!」と言いながら豪快にこけた。ふぅ、と息を吐きながら緋村は静かに立ち上がる。
「いけませんよ局長。昨日から屯所が忙しいのはご存知でしょう?その、愛しのお妙さん、って方に会いたい気持ちを汲み取ってあげたいのですが、今日は居て下さい」
鼻血をも豪快に出しながら泣き泣き彼女を見上げる近藤。
「でもな糸!!」
「はい?」
「一日一回は会いにいかないと駄目なんだ!!!」
「今日の仕事が落ち着いたら会いに行ってさしあげたらどうです」
「それじゃ駄目なんだ!!!」
「へぇ、寂しがりやな彼女さんですね」
「俺が生きていけない!!!!」
「アンタの事かい」
でも駄目なものは駄目です、と言い切る緋村に(やっと)自分の立場を思い出した近藤はのっそりと立ち上がる。と思えばまた脱走を謀った。
「あ」
「すまん糸!!!!俺は、俺は……!!!お妙さんに会いに行……ぎゃぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!」
「あ」
縁側から庭へ降り立ち猛ダッシュを決め込もうとした近藤の背中に、何とバズーカが命中。爆音と共に竜巻のような風と煙も巻き起こり、緋村は片目を閉じながらでも書類が飛ばぬように腕や片手でそれを押さえた。
「ふぃー……ゴリラ一匹抹殺★」
「あ…沖田隊長ー」
バズーカを発射した人物は庭から現れた沖田しか居ない訳で、弾無しになったバズーカを廊下の屋根を支えている木にもたれかけさせている。
「おはようございます。今日も良い天気ですね」
「良い気分じゃねぇけどな」
「まぁ?どうなさったのかしら?」
やけに上品っぽく言って来る部下を怪訝そうに見上げる沖田。
「こんなに良い朝なのに気分がよろしくない?あらまぁ、どうしてでしょう?」
「………何でィ糸」
「私には貴方様がどうしても良い気分なように思えて仕方が無いのですが…」
「…………」
片手を口元にあて、ホホホ、と笑っている緋村。怪訝な表情を崩さず、沖田はただ何となく鞘から刀身を抜いた。
「沖田様ってば、幸せ一杯じゃございません事?」
「……どういう意味でィ」
「ホホホ、自分からお聞きになるなんて」
流暢なお上品言葉のまま、「ちょいと失敬」と言ったと思えば人差し指で沖田の鼻先を指差した。
「……指を指すんじゃねぇ」
「ホホホ、だって、ほら、ここに……」
スーっと移動した指先が指しているのは、まさしき昨日のシートベルト跡。
「首締めプレイのあとを引っ提げて出勤とは沖田隊長も中々ですねエェェエェ!!!!!」
「死ねや緋村糸!!!!!!!!」
流石一番隊隊士とでも言うべきか、素早く踵を返し、ダダダダダと廊下を走りぬけ角を曲がり去っていった。しかし沖田も隊長という格であるのだから、まず鞘を力一杯緋村に目掛けて投げた。が、瞬時に上品キャラを壊し逃げに徹した緋村の方が一枚上手か、鞘は彼女ではなく柱に当たり、それが見事に跳ね返った先は倒れている近藤の後頭部であった。刀身を投げなくて本当に良かった。だが「う゛っ!!!!」と呻き声が上がり、近藤は遂に天へと召されていく。
「チッ、逃げ足の速ぇ女でィ」
近藤を野放しにしたまま縁側へ上がると、落ちている一枚の紙に目がいった。きっと緋村が落としてしまったものだろう。あ゛ーめんどくせェ、と悪態をつきながらもそれをちゃっかし拾った沖田。
「オイ糸ー!書類が一枚落ちてんぞー!」
そう言いながら廊下をスタスタと歩いていく。いよいよ沈黙が訪れるこの場で、まだ倒れている近藤だけが「お、お妙さ、ん……」と途切れ途切れに名を呟いていた。下着泥棒の事件が起きて、二日目の屯所の朝であった。
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