カリソメ夜 1
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沖田が声をかけてすぐに開けたので、中に居た緋村は軽く驚いてそちらを向いた。水仕事をしていたのか、袖が若干濡れているように見えるのは、ついさっき朝稽古の時の皆の道着を洗濯機に入れ込んでいたからである。詳しく説明するならば、水道代節約という事で、わざわざ桶で大浴場のお湯をすくい洗濯機までの距離を満タンになるまで往復していた。それも洗濯機の数は一台ではない。朝から大役を果たした部下に、沖田は労いの言葉なく今日の仕事を伝える。自分と一緒に見回りだ、と言えば露骨に顔を歪める緋村に沖田は黒く笑った。
「さぁ行くぜィ糸」
「あぁもうヤダ。今日は休ませて欲しかった」
渋る部下を連れて、パトカーが止まっている車庫まで歩く。その間も沈んでいるように見える彼女は、運転席に乗ったとて表情が変わる訳は無かった。助手席から横目で見てみる沖田だが、それは沈んでいると言うよりも今朝のイライラを乗り越えた、一種の虚脱感にも似た表情であった。つまりは心ここに在らず、のような。屯所の門を出た所で席を少し後ろに倒し、また大きな欠伸を一つ。ミラーを確認しながらハンドルを切る緋村が「せめて手で口を隠してください」と注意した。
「欠伸ぐらい豪快にさせろってんでィ」
「大丈夫です沖田隊長。貴方のなさる事は全て豪快です。そらもう局長方が頭を悩ませるぐらいにね」
バズーカで町を破壊したり、破壊したり、破壊したりと何気にやんちゃを働かしている沖田だが、緋村が言った頭を悩ませるという言葉で何かを思い出したように手をポンと打った。丁度信号に引っ掛かった所なので、彼女は顔を沖田に向ける。
「?どうかしましたか?」
「いや、頭を悩ますといやァ…」
「…」
「どーにもおかしい」
「何がです?」
「今朝、土方さんが見回りの時に"怪盗ふんどし仮面"だか何だか知らねぇけど、下着泥棒を捕まえろっつってよー……んなもん役人の仕事であって、わざわざ真撰組の見回りの注意で言わなくてもいいものを……変に用心深く言われたような気がしてねィ…」
「怪盗ふんどし仮面………。いや、土方副長の言う事は正しいと思いますよ。私も奴を市中引き摺り回して血祭りにするべきだと思ってますから」
「いや誰もそんな事言ってねぇよ」
随分と物騒なことを言う緋村は、さっきまでの穏やかな運転とは180度変わって、車内を遠心力で振り回すような運転を始める。信号が青に変わるや否や急発進し赤になれば急ブレーキ。シートベルトをつけていなかったら、今頃沖田は窓に張り付いていた事だろう。
「いってー……!てめーコノヤロー肘思いっきりドアにぶつけちまったじゃねぇか」
運転手の胸倉を横からガシリと掴むが、当の本人は沖田よりも怒りが大きいのか「何か?」と喧嘩腰で挑んできた。その言葉と共に睨みもついてきて、迫力たるや反射的に「すみませんでした」と謝った沖田。
もう一度席に座りなおし運転してくれている部下を見れば、横顔は間違いなく怒っているように見える。
はたして何に怒っているのか…?
今の話の推察から行くと、彼女は"怪盗ふんどし仮面"の話に過敏に反応しているように思えた。仕事熱心な彼女だが、攘夷志士以上にこれまで犯人に熱くなった事は今まで上まず無かった。頭の後ろで手を組んで落ち着いて考えてみると、案外簡単な答えが浮かんできた。
「糸、お前そいつに下着盗まれたんですかィ?」
交差点の信号が赤に変わり緋村が急ブレーキをふめば、シートベルトが首と肩と腹に食い込んだ沖田が「う゛っ」と声を上げた。
「下着……盗まれ……」
亡霊のように呟く緋村は、頭をクラクションの上に乗せているので、絶えずやかましい音が響き渡っている。その音のせいで緋村の呟きも微かしか聞こえない。取り合えず音を止めさせる為に沖田はハンドルから彼女の頭を離した。力が抜けたようにダランとしている体を彼は何度も揺さぶった。
「寝るな糸」
「寝ーてーまーせーんー」
「何だお前、やっぱあれか、盗まれたんだろィ」
「………」
その質問を聞き、いじけたような顔で沖田を一度見て、それから「私とした事が……!」と悔やむように顔を背けた。つまり、今の言葉は彼女が下着を盗まれたという事になる。彼女の体から手を離した沖田は怪盗ふんどし仮面という男について思い返してみる。奴は一度捕まっていまいか、と。何よりそれに貢献したのが我等が局長である近藤の筈だったが、詳細はさして知らなかった。唯一思い出したのは、近藤と一緒に万事屋も関わっていた事である。従業員である新八の実家でおびきよせ作戦を実行させ、成功したのかどうか……は今となっちゃどうでも良い。結局の所脱獄したから、こうやって下着泥棒の事件が起こりだしてきているのだろう。
「……」
「うぅぅ……畜生…!」
しかし女と言えどまさか真撰組隊士の下着を盗むとは大胆な犯行だと褒めれるが、それ程屯所の警備が手薄だと感じ取れて頂けない部分もあった。
「……世界には…」
「はい?」
信号が青に変わろうとしている。緋村は体を起こし、発進すべく手はハンドルをしっかりと握るが顔は沖田へと向ける。彼はまだ頭の後ろで手を組んだまま、少し傾いている席にもたれて前を見ている。顔は至って真剣だった。
「世界には……」
「……」
「お前みてェな女の下着を盗む物好きな奴も居るんですねィ…」
直後、彼女が運転する車は急発進、アクション映画ばりのハンドルを見せた。直線の道に入って運転が比較的安定した頃、助手席には遠心力に振り回され窓ガラスに側頭部を強くぶつけた沖田の死体があった。
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