カリソメ夜 1
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効果音をつけるのなら、ずもももももも、といった具合である。何がって?朝から出てる緋村の殺気の事である。寝間着で食堂にやって来た近藤と沖田に、土方が「しゃきっとしろ!」と怒鳴っていた矢先、食堂にのそりとやって来たのが彼女であった。朝に似合わぬ禍々しい雰囲気を醸したまま席につく。その場に居た全員が彼女の様子に気付き、何とも言えぬ空気に肩をすくませた。怖っ!と思う他無かった時、勇者沖田がずずいと彼女の横まで歩み寄り見下ろした。
「糸テメーさっきはよくも絶叫で起こしてくれたな」
「……叫ぶ程の事態が起きてしまったので……それが何か?」
沖田の冷ややかな視線に対抗出来るぐらい緋村の視線も冷たく、鋭い。二人の間にブリザードが吹き抜けているように見えるのだから周りとしてはたまったもんじゃない。逃げ出したくて仕方ないのか、各々自分の食器を持ち食堂から脱出を試みようとしていた。
「…何スか沖田隊長。言いたい事でも?」
「ほー………良い度胸してんじゃねェかテメー……」
まさに一触即発。イライラした者同士が食事の場で激突しようとしていた時、勇敢にもそれを止めたのは後を追ってやってきた山崎。「ストップストップストップストーップ!!!!」と言いながら二人の間に割って出るその勇気、食後の一服をかまし見学に徹していた土方はパチパチと拍手を送った。
「ちょっと待って下さい!!朝から何もそんなピリピリした空気を出さないで下さいよ!!」
頑張れ山崎、とは周りで見守っている隊士たちの心の声である。
「「誰がピリピリしてるって?」」
声が重なれば迫力は一層増し、ましてや投げ掛けあっていた視線が一気に山崎に向けられる。小さく悲鳴を上げたのも無理はない。そんな可哀想な山崎に更なる悲劇。
「あ、ヤンバルクイナ」と緋村が突然真顔で山崎の向こう側を指さした。彼女の流れにのってしまい山崎が振り返った瞬間、それはすなわち緋村と沖田から目を離したという事だ。それが山崎にとっての運命の分かれ道であった。ヤンバルクイナなど彼の人生にさほど重要ではないのに、その素直さで反応してしまった為、左頬に沖田の強烈右ストレートを喰らい吹っ飛んでしまった……。まぁ簡単に言えば八つ当たりされた訳です。食堂の椅子にぶち当たりながら吹っ飛んだ瀕死の山崎に、隊士たちが駆け寄る。何でヤンバルクイナで振り返ったんだ、と。
「目線を外すなんて山崎君もまだまだ甘い…」
「俺の右ストレートぐらい避けれねぇとなァ…」
反省の色が全く見られない二人はピリピリしたまま食堂を後にした。
「な…なぁトシ」
「あ?」
「あの二人、今日機嫌悪いのか?」
今分かったんかい、と言いたげな視線を近藤に送り、その素晴らしい鈍感さにまた拍手を送る土方。その背後を、担架にのせられている山崎が通っていった。
朝食後、幹部だけを集め今日一日の動きを確認する。見回りはこの隊がするだとか、ルートはこうで行くだとか、実は事細かに決められているのである。しかし沖田はいつものように右から左へと聞き流し、大きな欠伸を一つかまして出された茶を飲んだ。近藤の代わりに仕切っている土方がそれを見て一睨み。
「オイ総悟。お前今の話聞いてたか?」
「聞いてやしたよ。今日の糸イライラしてやすねィ………あの日か」
「死ねよお前。誰も緋村の話なんかしてねぇっつの」
持っていた書類を机に置いて、土方は煙草に火につけた。煙くなります副長ー、という隊長方の意見は一切無視だった。吸った煙を吐いて、土方は確かめるように沖田に言う。
「今日の外の見回りはお前等一番隊に任せたっつたんだよ」
「はぁ、俺ん所の隊が?」
「昼に変な輩が出るたァ思えねぇが、用心して歩けよ。んでもって、怪盗ふんどし仮面だか何だか知らねぇがさっさと捕まえて来い」
最後の言葉に沖田は軽く考えた。彼とて新聞は細かく読まなくともテレビのニュースぐらいは見る。土方が言う怪盗ふんどし仮面とは、下着泥棒を働き、もてない男達に下着を振りまく奴の事を言っていて、それが巷で騒ぎになっている連続下着泥棒の犯人と思っているのだろう。仮にそうだとしても、犯人に目星がついているならそれはそれで良い。だがしかし沖田が疑問に思うべき所はそこでは無かった。
「んじゃ今日もよろしく頼むぜ」
あっさりとした挨拶を残し、鬼の副長は部屋を後にした。彼が出て行けば他の隊長もぞろぞろと出て行き、今日言われた事を部下に伝え、それぞれの持ち場につくのだ。ただ1人その部屋で沖田が座っていると、監察が茶飲みを片付けるべく部屋に入って来た。いつもは山崎が来るのだが、今日は違った人間が片付けていた。
「沖田隊長も早く持ち場に行かないと」
「俺は良いんでィ」
「そんなんじゃまた副長に怒鳴られますよ?」
「いつものこった」
よっこらせ、とジジ臭い事を言ってやっと立ち上がった沖田は、分かりきっている事だが監察に尋ねた。
「山崎は?」
「身に覚えがあるでしょう!?」
まぁ…、と曖昧な言葉を返し、沖田は最後に部屋を出た。向かうは朝からイライラしていた部下の元。沖田のイライラは山崎という勇者によって払拭されてしまい、今となってはいつもの調子が戻りつつあった。取り合えず他の隊士達にも簡単に今日の流れを教えて、彼女の部屋を目指す。一応、女、という事で別部屋になっており、屯所内でも少し離れた部屋が彼女には与えられていた。入るぞコラー、と声をかけて、沖田は彼女の部屋の障子を開けた。