カリソメ夜 1
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すやすやと眠っている沖田の耳に緋村の絶叫が届いたのは、彼女が土方の部屋を出て数分後の事であった。目覚ましならまだしも、自分の部下の絶叫で起こされたとあっちゃ沖田の機嫌は最高に悪くなった。瞼が完全に開かないまま起き上がり、寝癖のついた髪を何度かかいた。
まだ緋村の叫びは聞こえる。しかしよくよく聞いてみれば叫びと言うよりも驚きを多く含んだ大声であった。沖田の部屋から緋村が使っている小部屋までそんなに遠い距離では無いので大声が聞こえるのは仕方ない。問題なのは、状況である。朝、しかも低血圧の沖田を、叫び声で起こした罪は重い。
「やっぱしだァァアァアア!!!!」
「(この期に及んでまだ叫ぶたぁ良い度胸でィ……)」
覚束ない足のまま自身の刀に歩み寄り、緩くなった帯を無視して腰にさした。着崩れた寝間着だけを見ると格好がつかないが、それをカバー出来るだけ沖田の殺気があった。
「あ、沖田隊長おはようございまー……ひぃっ!!?」
角から曲がってきた隊士たちが挨拶も出来ないような、ましてや声を上ずらせて退き気味に道を譲るのだからそのオーラは半端ない。緋村が居ると思われる部屋の前までふらりふらりとやって来た沖田。目が開いた時点で首元までずれていたアイマスクが邪魔にならぬ様に懐にしまう。
邪魔、というのは今から沖田が刀を振るう事に対してである。カチャリと鍔元を鳴らし完全獲物狙ってます的な目をしている沖田が、背筋を伸ばし刀身を見せた瞬間、少し先の廊下から彼を呼ぶ声がした。半ば睨むようにそちらを向けば、寝癖だらけの剛毛を頭にのせている近藤が、脇に枕を抱えたまま沖田に手を振っていた。言わずもがな着替えていない。
「朝から刀持ち出して元気な奴だなー!」
「ちょっと(殺る)用がありやして……」
「1日の始まりに刀なんか持つもんじゃ無いぞー」
用事が用事なだけに近藤の言い分はごもっともである。大将に言われちゃ仕方ねェ、と刀をおさめた沖田だが、それはあくまで先延ばしという意味である。知らずに緋村の命を守った近藤は笑顔で飯に行こうと言っている。彼に弱い沖田が従わない筈が無い。
「あぁ、眠ィ」
「何だ?寝不足か?」
「バカな部下のせいでねィ、せっかくの睡眠と目覚めが台無しでさァ」
年がら年中お前の目覚めは悪いだろ、という土方の突っ込みを一度流しておこう。しまりのない幹部二人が食堂に向け去っていく。隊士たちも食堂に集まりつつあるので、彼女の部屋の周りがやけに静かになりだした。明かりもついてないその小部屋では、緋村だけが項垂れ動こうとしていなかった。気のせいで無ければさっきの沖田のような禍々しいオーラが滲み出ていて暗い小部屋を埋めつくしつつある。
「どうして………また……!」
恨みのこもった声で唱えるように呟く緋村。
「奴め………殺す……!!」
その時たまたま廊下を歩いていた山崎は、少し開いていた障子から何か黒い煙が出ているのに気付く。何事かと覗いてみれば、黒い煙というかモヤモヤした塊の中心である殺気だった緋村と目が合い、その視線の鋭さに「ヒィィィッ!!!」と叫びをもらして尻をついた。
すぐに障子が全開して、中から出てきた彼女は「おはようございます山崎君」と誰よりも低い声で挨拶をした。刀を右に持ち、足を引き摺るようにして歩く姿は金棒を携えた鬼の様。まだ鬼の方が怖くないかも……と、冷や汗をたらし、屯所に居る鬼の副長を思い浮かべてから恐る恐る彼女の後を追った。