空気を掴む手
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沖田は立ち上がって数メートル先のゴミ箱にビンを入れようとしたが、何かを考えてか、また座った。そりゃビンは普通のゴミ箱には捨てらんねぇけど、今はそんな事はどうだって良い。仮に俺と緋村が、新八達みたく万事屋のような関係だとしたら”関わるな”と言われても無理な話だ。
けれど俺達は何の接点も持っていなければ、断トツに仲が良い友達でもない。思えば悲しくなるような気もするが、急にあんな事を言われて少しムカムカしてきた。
何だ、コイツは。
緋村の事が好きなのか?
それならそうで、上司なのだから、ぼんやりアイツを思っている俺より優位な立場に立っているだろう。どんな嫌味を言ってくるんだ。真撰組は相当暇らしい。
「沖田君は部下思いだねぇ」
精々俺みたいな変な輩……いや、自分で言うと認めたみたいで嫌だけども、取り合えず男が引っ付かないように見張っとけば良い。こうやって、ちゃんと緋村を屯所の中に閉じ込めておけばいい。
「……旦那が思ってるような事では無いんですぜィ?」
「あー、はいはい」
「……数週間前、屯所の中で花火をしたんでさァ。糸はやるのは“3回目”だっつって喜んでて……」
「……(“3回目”…?)」
「最後に皆で線香花火をやったんですけどねィ、アイツは、もう自分はやったから、って言ってやらなかったんでさァ。それを聞いたのは俺だけなんですけどすぐにピンときやした。…一緒にやったのは旦那とだろう、って」
「………」
「当たってやしたねィ」
さっきのようなガキのような顔はどうした。困ったように笑いやがって。
「アイツと…」
「……」
「アイツと今後会うなって言ってる訳じゃねぇんです。きっとドコかでまた会うだろうし、それは全然良いんでさァ。ただ」
「……」
「ただ、糸の中に踏み込んで行くのは勘弁してもらえやせんか」
「踏み込む……?」
「アイツの感情を揺るがすような事は、もうしねぇんで欲しいんでさァ」
残念ながら俺はアイツを揺るがせる程進んだ仲では無いよ。……なんか悔しかったのでこうは言わなかった。
「あぁ、それなら安心しな。銀さん別に緋村の事なぁんも思ってねぇしな」
「旦那は嘘つきですねィ」
沖田はそう言って、背をベンチに預けてから空を見上げた。やはりラムネのビンが少し光っている。
「俺達だって、頑張ってんでさァ」
旦那とは違う意味ですけどね、と最後に付け加えて立ち上がった。俺は相変わらず座ったまんま、懸命に意味を解こうとするが、如何せんコイツは何も言わなさ過ぎだ。答えばかりを先に言われて、何のヒントも無しにそれを理解するのは無理であって、小難しい事が苦手な俺にとっては尚更だ。
「出来る事なら、ずっと守ってやりてぇけど、そういう問題じゃないんでさァ」
沖田は、走り回って遊ぶ子供を真っ直ぐ見つめたまま、俺にそう言った。
いや、俺に言っているのだろうか?
どこか遠い人物に言っているようなその言い方は、俺を場違いにさせてるような気がした。呼び止めてココまで連れてきたのは沖田だと言うのに。意味の分からない俺が駄目なのか、簡潔に話しすぎる沖田が駄目なのか、この場に話の中心人物が居ないのが駄目なのか…。
しかしその中心人物に聞き出すにしても、俺達の距離は短いものでもない。ゴミ箱に置き換えるのは悪い気もするが、それでもココからあのゴミ箱までの距離なら、すぐにでも歩き出せて用事を果たせるのに。結局俺が沖田に深く聞けなかったのは、俺と緋村の距離を自分が一番よく分かっていて、踏み込む所か知る勇気も無かっただけだ。
沖田は、時間取らせてすいやせんでした、と小さく頭を下げて何事も無かったかのように去っていく。まだ手に持たれているビンは、陰から出るとより一層光を反射して光っていた。あぁ、そうか。控えめなあの光は、この前した線香花火によく似ている。あんな小さな光でも、あの女は花火だと思ったのだろう。“3回目”とは、きっと俺のを含めて“3回目”。
沖田が関わるなと俺に言ってくる程、アイツは俺の事を信頼してくれているのか?
たった数回しか会った事のない俺を、果たしてアイツはどう思っているのか?
きっと今頃、沖田が言った通りに墓参りを済ませているのだろう。何を考えて参っているかは知らないが、お前がのうのうと非番を過ごしているこの間にも、着実にお前は俺の思考を奪ってるんだぞ。それがどんな形であれ、どういう場面であれ、現にこうやってお前は俺に自分の事しか考えるようにさせてるじゃないか。益々ムカムカしてくる。仕返しに、今度は線香花火じゃなくて何を使って踏み込んでやろうか。そうすれば、また沖田のあの何とも言いがたい笑みが俺を制止させようとするのだろう。この公園を走り回っている子どものように、顔に満面の笑みを貼り付けてボールを追いかけてる方がよっぽど可愛らしく、それから単純で分かりやすい。
「(……それでも…)」
それでも、さっき沖田が立ち上がって言った言葉は俺の知らない誰かに向けられていて、そしてその誰かを追いかけているようで…。緋村の笑顔も、俺が今まで見た感じ全てが純粋な子どものようにも見えて、やはり俺だけが場違いなのか…。関わるな、とはどういう意味を持っているのか、沖田たちがあの元気に走る子どもだったなら分かりやすく教えてくれるだろうか。
「あ、そこの銀髪のおじさーん!ボール取って下さーい!!!」
「おじ…!」
おじさんじゃ無ェよ、と先に断って、足元に転がってきたボールを拾ってやった。早く渡してくれと言わんばかりに子どもが手を大きく上げている。……しかし、どう見ても重なりはしなかった。この傷だらけのボールが、あの線香花火の光や、沖田が握っていたビンに入っていたビー玉とは、少しも重なりはしなかった。
「投げんぞー」
俺が軽く腕を振り上げてボールを投げれば、子どもはそれを体全体で受け止めて、全員からありがとうと声が返ってきた。そしてまた遊びだす。俺がさっき、勇気を出して沖田に深く聞いてみたら、今の子どものように全身で受け止めて声を返してはくれただろうか。考えたってもう遅い事である。何も持つものが無くなった俺の手は何となく髪をかいて、また上を見上げた。葉から洩れるこの木漏れ日の方が、よっぽど彼等と重なった。
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