つまずいた時間の過ごし方
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しまった、と思う他なかった。
最近の異常気象のせいで昼間の猛暑の後は、必ずといって良い程台風並の大雨が降るようになっていた。こんなにきつく降られては、一応持っている折り畳みの傘なんてなんの役にも立たないだろう。
駅前は同じくして足止めをくらっている人で溢れていて、油断していると波に押されてすぐに外へ突き飛ばされそうなぐらいだ。
タクシーの数も間に合っていないし、迎えに来ている車のせいで道路は大渋滞。バスはそれに巻き込まれてロータリーに入れずに困っていた。
まぁ私の場合、自転車なんで、濡れるという事を諦めれれば帰れる訳なんです。
でも濡れたくない!!
「(だって鞄に書類入ってるし?いつもの事ながらスーツだし?クリーニング出すのめんどくさいし?っていうか既に他のスーツは出しててこれが最後の一着だし?明日何着て良いか分かんないし?)」
社会人からしたら何ともぐぅたらな理由ではありますが、こんな大雨の中自転車に乗ったら、まず100%の確率で滑る。滑ってこけて怪我するに決まってる。それを見越して待っているのですから、流石社会人、と褒めてほしい所です。…でも褒めてくれる人が居ないので、自分で褒めておいた。
電車がホームに着く度に人の数が増えていって、危うく私は大雨降る外へと押し出されそうになる。そんな時、ぐいっと腕を後ろに引かれたお陰で肩が少し濡れたぐらいで済んだ。
その強い引き方には身に覚えがある。
いつもボーッとしてて、情けない私を現実に強く引っ張ってくれる力だ。不覚にも胸が高まったというのは条件反射なのです。仕方ないです。不可抗力です。
"まさか"という期待の下、思いっきり振り返る。
そこには、私が今まで出会った事のない、それこそ「未確認生命体」という名がふさわしいペンギンオバケが大きな目で私を見ていた。数秒見詰め合って、私は数回瞬きをする。
「……」
「……」
「え……えぇぇぇぇええええぇえええ!!!!??」
どう反応すれば良いかも分からず、口からは驚愕の叫びしか出なかった。もしかしたらあの人が居るかもしれない、と恥ずかしげもなく淡い期待を抱いていたものですから、このペンギンさんと出会った衝撃はそら大きいですよ。
それでもおかしい。
私の腕を引いてくれたのは確かに人の手形の感触だった。指も何もないペンギンさんが引っ張ってくれたとは思えない。
よくよく見てみれば、ペンギンさんの後ろに1人の人が立っていた。
「え、あ……ありがとう…ございます?」
「何故疑問系なのだ」
「えっと……貴方が腕を引いてくれたんです…よね?」
「……」
肯定も否定もない。となると、肯定として取っていいのでしょうか?
その人は大雨が鬱陶しいのか、気難しそうな顔をして腕を組んで立っていた。女の私が羨むぐらいキューティクルな長髪美人だ。……でも声からして男の人なんだろうけど……。
「あの……」
「……」
「ありがとうございました」
「礼には及ばん」
恩着せがましくないその人は、私の言葉だけで満足してくれたのか、やっと眉間の皺を解いて口元に軽く弧を描いてくれた。おぉ、男前。
それにしても、さっきから私を凝視してくるこのペンギンさんの正体が分からない。気のせいじゃなかったら大きな黄色いくちばしの奥で、人間の目のようなものがギラリと光ったような気がする。うん、気のせいだと思いたい。
「………ペットですか?」
雨の音と人混みのせいで私の声はとても小さいものだったと思うけど、その人は見事に声を聞き取ってくれた。そして言う。ペットではないエリザベスだ、と。
「(答えになってるようななってないような……)」
ひとまず名前だけは分かった。この未確認生命体はエリザベスというらしい。……え?外国人?
この容姿と名前にある意味惹かれ、私も負けじとエリザベスを凝視した。お、またくちばしの奥でなんか光ったぞ。
「そんなに見てくれるな。エリザベスはシャイなのだ」
「え?どこが?」
も、おもっくそ私の事見てるんですけど?恥ずかしがり屋の雰囲気とか一切なさげなんですけど。
「……あの…」
「何だ」
「……お2人は私と同じく雨宿り中ですか?」
「うむ、逃げていた途中でこの雨にでくわしてな。仕方なく人の多いここに逃げ込んだまでだ」
「逃げ…?」
鬼ごっこでもしていたんでしょうか。なんとも個性的な人との出会いです。
雨の湿気でその人の髪は艶々に輝いていて、もう何て言うか鬘として売ったら相当の値打ちがありそうだ。なんて事を思わず口から出してしまうと、鬘ではないカツラだ、と言い返された。
……え?もう既に鬘って意味ですか?ん?私もしかして凄く個人的な傷を抉ってしまった感じですか?
「す……すみません…」
「何を急に謝る」
「すみません」
「…それに謝る時は相手の目を見んか」
「いや、目を見たら、その……髪も目に入っちゃって申し訳ないっていうか…」
「?」
「なんかデリカシーのない事聞いちゃって、すみませ…」
ん、の部分でようやくチラリと相手の顔を見る。その時、腰についていた物にようやく気がついた私は目が点になってしまった。このご時世、そんな物ぶら下げちゃ駄目でしょう、と世の母ちゃんは口を揃えて言うでしょう。
「……か、刀ですか…!?」
「只の護身用だ」
「護身用って……真撰組にしょっぴかれちゃいますよ?」
「奴等には過去何度もしょっぴかれそうになっている。もう慣れた事だ」
「いやいやそこは慣れちゃ駄目ですって!」
逃げるが勝ち、と書かれたプレートをエリザベスが素早く見せてくる。そりゃ逃げるが勝ちでも、逃げた経験があるなら刀をはずしましょうよ!なんて物騒な!
「真撰組に追いかけられてちゃ命が幾つあっても足りないでしょう?」
まだ江戸を覆っている分厚い雨雲をソッと見上げながら言った。
だって真撰組って言ったら、沖田少年とか土方さんとか、厄介という字を具現化したような人間ばかりの集まりだ。
一般人である筈の私が何度彼等のおふざけに巻き込まれたか分からない。特にあの子!沖田!自転車のサドルを不幸にも盗まれたあの夜の事は忘れまいぞ沖田少年!
「……お前真撰組を知ったクチだな…?」
「え?えぇ、まあ……」
「……幕府の者か?」
「あはは!面白い事おっしゃいますねぇ。幕府の人間が、こんな所で足止めされてる訳がないでしょう。あ、でも仮に攘夷志士でも無いですよ?私は刀とは一切かけ離れた所で暮らしている一般人です」
クスクス笑ってみれば、彼は「それもそうだな」と呟いた。なんだか納得してなさそうな顔。あれ、もしかして私信用されてないのかな?
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